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TS転生奴隷の異世界暗殺者生活  作者: 黒姫双葉
第一章 Who are kill……?
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争終次視



***



「火、か」

「なにがだ」

「いや。この結末をいつから想定していたか気になってな」


胡坐をかいたまま、ハーサは、地面に転がっていたナイフを回収してから、目の前に槌へと突き刺した。

もう戦闘は終わり、という合図だろう。


「想定などと言うものはない。結局これに辿り着いただけだ」


こんなギリギリの戦いで完全に計算通りに行うことなどできる物か。

俺は一撃を与えるだけでこれだけ死にかけているというのに。

とはいえ。


「……まあ、終わらせる手段の一つ。最も可能性高い有力手ではあった」

「は、一つか。手自体はほかにもあったということさね」

「……」


手はあっても、それが実現可能かといわれれば否だった。

結局現実的なこの手段に落ち着いたわけだ。

―――そもそもの話。


「俺がこの戦いの中でどれだけ成長して見せようが、どんな奇想天外な妙手を想い付こうが―――あと一手、お前には必ず届かないということは分かっていた」

「あ?自分が弱いと認めるのか?」


もはやハーサの素となっている、俺を煽る言葉を無視して。


「ああ、弱い。そしてお前は強い。それは覆らない事実だ」


そうでなければ、俺が不愉快でありながらハーサと一緒にいるわけがないのだから。

間違いなくハーサという暗殺者は超一流で。俺が今まで出会ってきたどんな人間よりも”強い”存在だ。

そんなものに、まだ半人前である俺が、どんな手を尽くしたところで……勝つことは不可能。

正面から打ち倒すなど尚更だ。

傷ひとつ。それすらまともに戦ったのでは与えられない。


「だが、決着の瞬間。その一瞬ならば―――付け入る隙がある」


弱者相手にも気を抜かないハーサでも、確実に終わるという瞬間であれば、磨きに磨いた一刺しを打ち込む隙もできる。

それが微かな、針一本ですら通らない隙間であったとしても、それだけを狙って戦闘を組み上げ続けているのであれば、確実に芯を穿つ一撃と成りうるのだ。

逆にいえば、本気のハーサ相手に一撃入れるのは、俺が絶体絶命の瞬間に陥ったギリギリのタイミングしかないともいえるのだが。

詰み(チェックメイト)”、といったがあれは正確ではないな。

正しくは痛み分け(ステイルメイト)か。


「油断、慢心か。いやはや、私もまだまだ若いさね。そんなものはかつて置いてきたはずだったが」

「……若い……」

「あ?」

「別に」


どこが、とは思ったが。

……あんな、最初から最後の慢心のみを狙わなければ勝ち目のない戦い。

そんな戦いを演じられるこいつは、どんな少女時代を送ったのやら。

俺には想像もつかないな。

尤も、想像したくもないが。


「……さて」

「帰るか」

「む」


……続けようとした言葉を先に言われた。

まあいい。胡坐を崩し、立ち上がろうとするが……。

ぐ、立てない……。

体力がまだ回復していないのか。

膝が震えている……クソ。

諦めてもう一度座る。


「先に行っていろ。あとで戻る」

「まるで小鹿さね、お前」

「放っておけ」

「女みたいな座り方してよく威勢よく吠える気力があるねぇ」

「…………放って、おけ」


二回目の放っておけには、殺意を籠めておいた。

――通称アヒル座り……ペタン座りともいう。

よく女児がやってしまう座り方。

最悪だ、身体がうまく動かないとしても、素の状態でこんな格好をしてしまうとは……!

ニヤニヤ笑っているハーサが憎たらしい。


「ほら」

「何だその手は」

「あ?私が珍しく手を貸してやろうって言ってるさね。ほら、速く手を取れ」

「。……。―――。な…」


んだと……?

戦闘中ですら感じたことのないほどのとてつもなく巨大な恐怖を感じた。

……なんだ、何を企んでいる……。

じっと目の奥をのぞき込む。


「…………真意が読み取れない」

「は、ただの善意さね」

「お前に善意などあるものか……!」

「―――ほう?」


右手で首根っこを掴み取られると、そのまま肩に担がれた。

やめろ、俺は猫ではない。

というか、右手を火傷しているはずだが……。何の問題もなく動かしている。


「放、せ」

「なんだ、また女みたいな姿勢を見せてくれるのか」

「誰が……」

「威勢を張るのは強くなってからにするさね」

「……………む、ぅ」


一言も返せなかった。

……仕方ない。これは弱い俺への罰としてこの状態を享受するとしよう。

体に力を入れるのをやめて、素直に担がれる。

その肩はとんでもない戦闘能力の割には随分と女性らしかった。クソッ垂れな師匠のくせに。

――ああ。今、後から思い出したら死にたくなるような恰好をしているのだろうな、俺は。

この記憶は奥底に厳重に封印して、出てこないようにしておこう。

そう決意した。




***




「……ふふ。お帰りなさい、ハーサ」

「――げ」


屋敷に戻ると、ミリィが立っていた。

笑顔に裏にとてつもない怒りを含んで。

見た目は朗らかな笑みなのに、周りの空気が凍てついていた。

つまりは―――物凄く恐ろしい。


「ミリィ、随分と帰るのが速かったじゃないか」


そんなハーサの言葉をガン無視して。


「ハーサ。説教が全く懲りていなかったようですね?」

「ははは、ただの特訓さね」

「――――」


背中でひっそりと、ミリィがナイフを引き抜いていた。

それに感づいたのか、ハーサは担いだままの俺の腋辺りに両手を入れ、壁のようにミリィとの間に設置した。

……分かりやすく言うと、ハーサに持ち上げられ、ミリィの前にぶら下げられた。

おい俺を壁にするな。漂ってくる殺気がすごい。


「まあ待て。落ち着け。先に仕事の話をしようじゃないか」

「ええ、いい判断ですね、ハーサ」


にっこりとさらに笑みを深くして。


「怒られる時間をわざわざ増やすとは、いいことです」

「クソッ!判断をミスったさね!」

「……ざまあみろ」


ぽいっと家の中に放り込まれた。

痛いな。

まあいい。這いながら衣料品の置いてある棚に移動する。

手を伸ばして包帯を……む。

届かなかった。


「はい、ハシン」

「ああ、すまない」


ミリィが取ってくれた。

ありがたい。

先の戦いでいろいろと切り傷が多い。

この身体は比較的傷が治るのが速いにしても、包帯等で手当てすることは必要だ。

どんな状態でも完全な動きをするのは暗殺者の基本だが、体調が崩れないようにすることも暗殺者の義務である。

医薬品による消毒など……医療知識は様々な場所で必要となるからな。

自信を救うためにも、そして敵を排除するためにも。

瓶のコルクを抜き、液体に浸かったリネン製の包帯を傷部分に巻き付ける。

これで明日には大部分良くなっているだろう。

切り傷以外にも打ち身も多数ある。服を全部脱ぎ捨て、その部分には別の瓶から取り出した湿布を貼り付けておく。


「……沁みる」

「良薬は口に苦しさね」


お前のせいだ、お前の。

言葉を発した口を半眼で睨む。


「ふふ、ハーサ?」

「おう……」


ミリィの一睨みで黙ったハーサ。

怖いな、ミリィ……。

なるべくは怒らせないようにしよう。


「―――まあ、この話は後でです。まずは任務の話を始めますよ」

「あいよ」

「分かった」


包帯を巻くのもそこそこに、机に周りに座る。

三人で地図の乗った机を取り囲む。

その上に、ミリィがすっと胸元から取り出した書類を置いた。


「”長老たち”であつまり、今回の件のすり合わせを行ってきました」

「その結果の書類ということか、これは」

「ええ。大規模な任務になりますから。暗殺教団に属する他の暗殺者たちにも連絡をしなければなりませんし、任務自体の達成方法も考えなければいけません」

「随分早く打ち合わせが終わったさね。いつももっとかかるだろ?」

「それは!貴方が!いるから!です!」

「……ハーサ。お前何をしでかしているんだ」

「あん?無能を嗤っているだけさね」


……はぁ。

ダメだこいつ、生き方自体で人をおちょくっている。

ミリィもよく一緒にいるものだ。


「ま、私は暗殺教団の”長老たち”とは仲が悪いからな」

「誇るな。阿呆」


何かをしたんだろうな。それだけは分かった。

ろくでもないことだというのもついでに理解できた。


「ハーサがいると話が進まないので、今回は置いていったということです。……まあ、その結果弟子を殺しかける事態になっているわけですけどね?」

「……はっは。まあその話はいいだろ。さあ仕事だ仕事」


ミリィの書類を掴み、文章を読み始めるハーサであった。

歩く不和発生機か、おまえは。

思わず呆れて、阿呆すぎる師匠のことを眺めたのだった。



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[気になる点] 誤字:の 包帯を巻くのもそこそこに、机に周りに座る。
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