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カタカタと馬車が揺れること数十分。

俺は、フロルから背中が大きく開き、胸などが本当にギリギリ隠れるかなという程度の、非常に露出が高い服を渡された。

これでは服を着ていないのとそうかわらないが、それでもいまの全裸よりはましなので、何も言わずに受け取り、袖を通した。

前掛けである、スリングショットの胸部分みたいなものを胸の前に持ってきて、肩を通し、背中へ回す。そして、腰あたりにある紐と結んで完成だ。

もちろん、パンツなどの下着はない。

馬車から吹く風がやや冷たいな。

このあたりは砂漠が広がっているが、いまはいったいどの季節なのだろう。


「降りろ」

「……わかった」


言われたとおりに馬車を降りようとしたら、蹴飛ばされた。

俺の力と態勢ではとても抵抗などできず、結構な勢いで転落した。


「…痛いな」

「おい奴隷。お前に許可されている行動許可範囲は、この市場一帯だけだ。それ以上はいけないと知れ。そして、逃げても無駄だということを知れ。貴様の足についているその錠は閣下の紋章が入っている。それを付けている限り、逃げることなどできない」

「だから逃げないといってるだろうが」

「ふん、どうだかな。口でなら何とでも言える」


貴様など信じていない、案にそう言っている。

まあ、その観察眼は正しい。

俺はいずれ逃げるつもりなのだから。ただ、それは今ではない。何度も言っているが。


「何を買って戻ってくればいい?」

「ふん、これでも持っていけ。これにすべて書いてあるからな」

「几帳面なことだ」


フロルから渡された羊皮紙には、何をいくつ買うのか、それが事細かに書いてある。

この男の性格がにじみ出ている。


「集合は陽の刻六とする」

「……すまない、わからない」


時間のことだろうが……あいにく俺にはさっぱりだ。

フロルは、俺のわからないという言葉が気に入らないらしく舌打ちを打つと、苛立たしげに教えた。


「一般常識くらい知っておけ、間抜けが……。一日は、”初・陽・陰・根”の四つの時に分かれている。一つの時はさらに六つに分かれている。いまは陽の刻一だ。貴様はあと六つの刻の間ここにいるのだ」

「それって早く来ても?」

「私は多忙だ。貴様のような奴隷にかける時間はない」

「そうか」


……時間についてわかったのはうれしいな。

俺がよく知っている二十四時間でまとめてみると、深夜一時から六時までが”初”の刻で、七時から十二時までが”陽”。

”陰””根”は、前二つと同じということか。


「一つでも買い忘れがあったら、すぐさま拷問にかけてやる。わかったな」

「ああ」


そう言い残すと、フロルは馬の鞭をたたき、今まで馬車が通ってきた道をそのまま引き返していった。

俺はそれを目を細めて見て――背を向けて、買い物を始めた。





***




「……トマト、とうもろこし、キュウリ、ジャガイモ、鳥の生肉、酪絡草……?」


ほとんどが俺にも聞き覚え、見覚えのある食品だったが、その中にいくつか俺の知らない植物なども混ざっていた。

その一つが、酪絡草である。

植物自体の形は、ゼンマイの新芽の渦巻き部が大きくなり、茎の部分が異常に小さくなっている……という感じ。

ただ、取り扱っているのが砂色のローブを着て、黒色のターバンを目以外にぐるぐる巻きに……体まで……した商人というより魔術師と言った方が正しいような奴だったため、確実にろくでもない用途に使用するのだろうということは容易に察すれた。

調べるために複数買って隠し持っていたいが、残念ながらぴったりの金しか持たされていないため、買っていくことはできない。

……いや、正確にはぴったりですらない。やや足りてない。

そこまで広くないこの市場の全部の店を回って、最も安いものを買ったとしても、必ず商品一個分ほどは足りなくなる。

その分は、俺が自分の体を触らせたりすることで金をもらった。

……まったく、気持ちが悪い奴ばかりだ……とは思ったが、俺に触っても通行人などは気にも留めないので、おそらく奴隷だからなのだろうと結論付ける。

自分がこの境遇に甘んじてしまっているような感じで癪に障るが、今は仕方ない。


「……この鎖も、切れないしな」


手錠足枷はかなり強固に作ってあるようだ。

何かにぶつけたぐらいではびくともしない。

市場を歩いていると、どこの奴隷が逃げた、錠を外されたとか聞こえてくるときがあるので、あの豚は俺が逃げないように強固に作ったのだろう。

さらには、とても重い。すごく、重い。

錠の負担がかかる足首はひりひりとしていて、真っ赤に腫れていた。

また、つらいのは目線だ。

錠に書かれた紋を見て、俺を見る。そして通行人は値踏みするように俺を見て、去っていくのだ。


「お膝元ってことで、紋章もよく知られているということか……まずます逃げづらい」


ここはいわば城下町とでもいえるところなのだろう。

ここに住んでいる者たちならもちろん、マキシムのことを知っているだろうし、その紋章も知っている。

さらに、ここに住んでいなくても来ているものはマキシムに薄くとも何かしらの縁があってきているもののはず。

つまり、この街のほぼすべては敵だということだ。


「……そろそろ時間か」


そんなことを考えていたら時間が来ていた。

この場所の時間がだいたい日本と同じで助かった。

俺は時間を図るのが得意なのだ。

だいたいどのくらいの時間かがわかるので、時計いらずだ。

誤差はだいたい前後三分くらいで、ストップウォッチみたいに今から何分か、という風にすれば、誤差は一秒未満である。

俺の数少ない特技の一つだ。

ここからこの重い鉄球を引き摺って歩けば、十五分前くらいには集合場所につくだろう。

手に抱えた大量の荷物をうまく持ち直し、帰り道を確認して、歩き出したその時。


「や、そこの御嬢さん。うちの店によっていかないかい?」


”誰か”に呼び止められた。

その”誰か”は俺のにらみつけるような視線に、慌てたような演技(・・)をすると、


「よせよせ、私はお前と事を構えるつもりはないよ」


そんなことを言った。

真意を探ろうとするも、印象のつかめない笑顔でふらふらと躱される。

その”誰か”は、本当に誰かとしか言えなかったのだ。

なぜなら、印象も特徴も存在していないから――である。

一言で言ってしまえば、「地味」ただそれだけだが……それを極めると、認識しても特徴をつかみにくくし、細かい人物像を捉えられなくすることが可能になるのか……。

何の特徴もない帽子、何の特徴もない服、何の特徴もない声に、何の特徴もない体つき。わかることは女であることと、それなりに背があるということだけだ。

おそらく、この無特徴は変装や仕草で作ったものだろう。

特徴が捉えられないなりに、顔は整っているように見受けられる。

俺から見てそういう感想を持った以上は、天性の無特徴ではないということだ。

――しかし、それはむしろ侮れないということでもある。

目立つ顔立ちをしているのにもかかわらず、無特徴であると錯覚させるほどの技術を持った人間………いったい何者なんだ……?


「なに、私からちょっとしたプレゼントだよ」

「……奴隷にプレゼントとは、奇異なことをする。目立つのではないか?」

「問題ないよ。どうせだれも私について説明することなんてできはしない」


確信犯か。

無特徴を装っているのも、俺に会ったのも。

そして、そのための準備までしてきていると。

俺はこいつに向けていた警戒を解いた。

”誰か”が、これほどの技術を持ち、俺の行動を把握できるような存在である以上は、警戒など無意味だ。

”誰か”は、警戒を解くさまを見て笑みを深めると、


「いい子だ。状況判断も、思考能力も高いね。……ふふ、気が変わったよ……ハシン、おまえは――主を変えてみる気はあるかね?」


すっと林檎を差し出しながら、そう尋ねた。




***




陽の刻六の、十分前。

”誰か”と話していたら、予定より五分ほど遅れてしまった。

まあ、問題ない。どうせまだいないだろう――と思ったら、フロルがおもいっきりまっていた。


「……遅い…!」

「だいたいぴったりに来たはずだが――ッ?!」


問答無用とばかりに腹を殴られた。

顔を殴られなかったのは、マキシムの言葉を守っているからか。

全く、ブラック企業も真っ青な扱いだ。


「ふん、速く乗れ」

「…………あぁ」


この男はどれだけ奴隷が嫌いなのか。

理不尽に殴られることが多すぎる。

しかし、フロルに建てつけば、今の俺ではすぐに殺されて終わりだろう。

今は、何も言わずに従う。


ガタンっと扉が閉まり、馬車が走り出す。

外はすでに夕日が傾いていた。

しばらくの間、馬車は進み、太陽も沈み切ったかというときにようやく屋敷へと到着した。


「フロル様、閣下がお待ちです」

「アルディか。ご苦労だ、下がれ」


屋敷の前には、メイドが一人。

名前はアルディというらしい。

服は、朝見た派手なメイド服だが、少し違う箇所があった。

それは、小さい剣を腰の後ろに付けているということと、金製のネックレスがかかっていることだ。

見えた限り、剣は装飾の少ないダガーのようなもの。威力よりは振りの速さによる速度重視だろう。

ネックレスは、赤い石がはまっており、高価そうである。

髪は暗い色で、肩まである。肌色は真っ白だ。

背は小さく、子供で通る――というより、大人にみられることはないだろうというほどに若い。

それが本当に若いのか、若く見せてるのはか不明だ。

アルディは一つ礼をすると、豆腐ハウスに帰って行った。


「今のは?」

「黙っていろ」


質問には答えてくれないようである。

俺の持っていた荷物をほかのメイドに渡すと、フロルはマキシムのところへと俺を引き摺って行った。



「ハシンちゃん!お、おかえり!」

「ただいまです」


マキシムのいる扉を開けると、姿に見合った鈍重な動きで俺に飛びついてきた。

脂ぎったからだと、煙草臭い息が吹き付けられ、とても気持ち悪い。

さらに飛びついた後に、さらにべたべた触ってくる。

大きく空いた背中や、腰あたり、しまいには胸の中までだ。

遠慮というものがない。


「ぐふ、フロル君……ハシンちゃんの評判はどうだったんだい…?」

「は、過去最高であります」

「だろう、だろう!ぼ、ぼくの目に狂いはないんだよ!」


マキシムの自己賛美と、フロルの賞賛を冷たい瞳で見ていると、

後ろから先ほどのメイド、アルディが扉を開けて入ってきた。

手には、三段にもなる巨大なサービスワゴン――料理を運ぶ台――があり、出来たてと思われる大量の料理が乗っていた。


「アルディ…?なぜメイド長のお前自ら運んできたのだ?」

「今日は大掃除の日と重なっておりまして。みな働いているのです」

「それにしたって雑用くらいいるだろう」

「おや、フロル様?わたくしがいては何か困るのでしょうか。これでもメイド長としてよく働いていると思っていましたが……お障りになることがあるのでしたらお申し付けください」

「……いや、確かに障りはないが……。……もういい、勝手にしろ」


アルディはフロルの追及をのらりくらりと交わすと、マキシムの前に料理を置いた。

メイド長なのか、アルディは。


「フロル様もお召し上がりになりますか?」

「いや、私はあとでとろう」

「今日はメイドもみな疲れております。夜はとても動ける者はいませんよ?」

「大掃除か……。わかった、今取る。閣下、私めは食事をしてまいります」

「わ、わかったよぉ。あ、そうだ、ハシンちゃんにはあれを食べさせてね、アルディ」

「かしこまりました」

「アルディ。こいつをついでに、奴隷舎まで連れていけ」

「ええ、わかりましたわ。ついでに奴隷食も作ってまいりましょう。さあ、行きますよ、ハシンさん」

「はい」


アルディにつれられ、マキシムの部屋を後にする。

そのまま、ついて行った先は、厨房だ。


「買ってきた食材はここにしまうのです。そして、私たちメイドはここでマキシム様の食事の準備をします。私たちメイドは、使用人宿舎にある厨房にて朝昼夜の御飯を作ります。奴隷用の食料もしかりです」

「……時間とかは決まっているのか?」

「ええ。陽の刻、陰の刻、根の刻のそれぞれ二の時に食べ始めます。また、調理時間などもあるので、半刻前にはメイドたちはほとんどいなくなり、二の時から三十分の間は外の警護騎士たちも食事の時間なので、いなくなります」

「……そうか」

「ええ、そうです。では、あなたには、これを」


今日の夕飯を俺に手渡しながら、アルディは薄く笑った。




***



奴隷舎の中で俺は手元に置いた二つのものを見ていた。

林檎である。二つともだ。

一つは、”誰か”からのプレゼントであり、もう一つはアルディから渡された今日の夕飯である。

アルディからは、


「芯まで食べてはいけませんよ。明日の朝フロル様は回収しにまいります。その時に、芯がなかったらいらぬ暴行を受けることになりますから。……それと、無いとは思いますが、二つ目(・・・)を所持していないように」


そう言われている。

買い物の時に見、そして言われた”誰か”の言葉を反芻する。


”おまえは――主を変えてみる気はあるかね?”


……俺は、ここから逃げる。

そのためには、なんだってしてやる。

改めて決意を決めて。


―――そして、片方の林檎を掴み、噛みついた。








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