短刀戦闘
ほぼ地面に伏せているようになるまで、身体を低くする。
上体を起こしていては、ハーサの短剣捌きに対応などできない。
なるべく相手から狙われる範囲を小さくするのだ。
「…………ッ!」
「短剣で私に勝てると思うか!」
三度、剣戟の音が響く。
俺のこの身体の低さでも対応するか。とんだ怪物……という、その認識をさらに強くする。
軽く踏み込んでからの、刺突。地の底につくかのような低さの攻撃。
草に視界の大部分を遮られているはずだが、迷うことなくハーサは刀身を踏みつけようとしてくる。
このままやられては確実に折られるか。武器の喪失は、この先のことを考えるとまずいな。
途中で行動をキャンセルする。
左手のナイフを逆手に持ちにし、身体へ引き戻す。そして、空いた右腕を地面に置く。
そのまま片腕での倒立、身体を半回転させ、蹴りを見舞うが―――腕で受け流されたか。
だが、まだだ。
今の俺の立ち位置はハーサの左側にいる。自然、対応するには右腕が遠いはずだ。
足を引き戻し、着地。全身を丸め、弾丸のように飛び出す。
ナイフを右手に持ち替え、高速で刺し貫く!
「ナイフを上にあげたな」
「――クソ」
ああ、その通り。
自身の飛び出した速度に対しての対応が甘かったようだ。
結果、角度が微弱ながら上方に反れた。そのわずかな隙間に干渉される。
ハーサのナイフが俺のナイフの下に潜り込む。
「ほら死ぬぞ?」
甲高い音を立てて、一瞬でハーサによってナイフは跳ね上げられ、俺の右腕とともに上へ反る。
ナイフ同士が接触するコンマ一秒にも満たない間に、とんでもない力を掛けられたのだ。
俗に、寸打と呼ばれる技だろう。
このままでは完全に体勢を崩されるか。だが、まだ終わらない。
俺のナイフを弾いた後も、継続的に直線に突き進むハーサのナイフ。
それが眼前に迫る―――対処するなら……ここだッ!
交錯の一瞬のタイミング。右腕からナイフを手放す。
「俺はお前の腕の筋力を信用するとしよう」
「なるほどな!」
弾かれた衝撃と得物から自由になった右腕で、眼前の腕をつかみ取り、ハーサの腕を利用して身体の進む軌道を変える。
そして空中に浮かぶナイフを左腕で掴み、回転しながら振るう。
近づくハーサの顔がぶれた。
直後、背中に強い衝撃を受け飛ばされる。
―――蹴られたか……!
二度、三度転がり、ようやく受け身をとる。
「ッチ……速い」
「当然さね。前よりも本気だ」
おそらくは膝蹴だったのだろうが、ハーサはすでに身体をもとに戻している。
それだけ体幹に優れているということか。
「目の付け所はいいさね。だが、技術の巧さが足りん」
「…………」
無言で再び構えをとる。
「いい殺気だ。実に静かさね」
ほざけ。お前の殺気の方が余程恐ろしい。
そもそも、殺気と実際の位置が違うなど、戦士としての在り方が歪んでいる。
……尤も、俺たちは戦士ではなく暗殺者なのだが。
さて、何度か攻めたが――正面からの撃破は不可能と判断する。
右手に持つナイフを見る……既に罅が入っていた。
あいつのナイフ捌きは鋼鉄をすら切り裂く。
俺の腕では何度も打ち合うことはできないということだ。
「ネタ切れか?」
「さあな。教える必要はない」
正面から殺り合うことができないのなら、全方位からやるだけである。
さあ、始めるぞ。
―――今。俺はハーサの腕を視た。技術を視た。体の動かし方を。戦闘のやり方を。
なら、模倣しよう。
悔しいが……俺にとって最も効率的、効果的な暗殺術の見本は目の前にいるこいつである。
始まる時、俺は喰らい付くといったが………撤回だ。
こいつの持つすべての技巧を、奪ってやる。
「来ないなら、私から行くさね――!!」
「いいだろう。……受けるは後の先制だ」
後手に回ることが必ずしも悪手ではない。
それは、ハーサを見ているからこそ実感できる。
……的確に対応を。
……動きを最適に。
―――――見極めるッ……!
ハーサの爆発的な疾走。そして、左側からの大薙ぎの斬撃。
俺とは違う完成されたその動きには、介入できる余地はない。
ハーサの持つナイフは用意に地面を裂きながら、脚を狙ってきた。
最初の俺と同じ動き。だが、決定的に違う速度と威力。
同じ対応は不可能……もとより、そのつもりなどないがな。
俺の動きは至極単純だ。一歩踏み出し、ナイフを突き出す。
ナイフはハーサの眼前へ。
俺の思考を理解したのだろう、舌打ちをすると、ハーサは直前で攻撃をやめた。
「骨を切らせて肉を断つ、だ」
俺の方が致命傷だとしても、一撃入れれば俺の勝ち。
そのルールは前回と同じなのだ。
故にハーサは防御の方にやや力を入れている……前回の決着要因である、単純な一撃を警戒して。
「随分いやらしい手だな、ハシン!」
「全てを利用しろといったのはお前だ」
「ッハ、その通りだ!」
「ところでハーサよ。俺のナイフは知らないか?」
「―――ッ!」
ハーサの眼前に、何も握っていない両腕を晒す。
さて―――俺のナイフは何処へ行ったのだろうな……?
「糸か……!」
「もう遅い」
全力で腕を引く。
極小さな風切り音を立てて、ハーサの背後からナイフが接近してきた。
―――俺の持つ、残り少ない暗器の一つ。自由自在、様々なことに使える糸を一部消費した。
ハーサが攻撃をやめた、あの一瞬のうちに糸を括り付けたナイフを飛ばしておいたのだ。
ナイフ自体もワイヤー並みの強度があるため、引いているこれに素手で触れば怪我は免れない。
そして、切断しても、ナイフはその勢いは失わずに突っ込んでくる。
「…………ハ!なんだ、面白いじゃないか!!」
ハーサがナイフに対応するその一瞬。俺は針を取り出し投げつける。
横目でそれを認識したハーサもまた針を取り出し―――全く同射線になるように投げた……!
鏡合わせのように針同士がぶつかり、威力に劣る俺の針が砕け散る。
―――異常なコントロールに思わず呆れた。
「これは囮さね」
正解だ。針は陽動に過ぎない。
糸を持ったまま、ハーサの周囲を高速で回る。
このまま縛れれば上々だが……甘くはない。
剣閃が、纏わりつこうとした糸を全て斬り落とした。
だが問題ない。すでに目的の場所には到達できた。
即ちハーサの右側。ナイフより九十度の角度。
「二方向からの攻撃だ」
「っは、体術か」
鼻で笑われるか。まあ、そうだな。
体術においてもハーサは俺の何十歩も先にいる。普通ならば挑むだけ無駄だ。
……だが、忘れてはいけない。地の利は俺にあるということを。
「まずはナイフ―――ほう」
「流石に感がいいな」
糸に繋がっているとはいえ俺の全力の引き戻し。ナイフもそれなりの速度と威力があり、下手な対処はできないだろう。
特に別方向に俺がいる以上はな。
故に全力対処をするだろうということは予測している。
そして、全力ならば―――その動作のどこかに必ず踏み込みの要素が追加されるであろうことも、理解できている。
「スネアトラップ!影が薄くて意識の外だったさね!」
「だろうな」
「ハシン、お前……。私の思考を誘導したな?」
「――――ふ」
その質問には微笑で答える。
そうだ、単調で単純な草を結んだだけのスネアトラップを最も有効に活用するならば、意識の外からの決定的な一手に限る。
ならば―――その思考を密かに。そして遅々として誘導を繰り返すしかない。
まあ……これは俺と思考が似ているハーサだからこそ、一度のみ掛けることができるトラップだったのだが。
もう二度とハーサが同じミスをすることはないだろう。この戦いだけではなく、一生だ。
しかしこの刹那こそに、この罠が必要であった。ならば、迷うことはない。
「だが、体術でナイフのある私をどうにかできると思ってるのか?」
「ああ。どうにかするのさ」
得物を持つ相手に丸腰で挑むなど、愚の骨頂と謗られてもおかしくはないこと。
俺も通常ならば絶対にやらない。そもそも武器を遠くへ手放す時点で頭がおかしいことである。
全ての武器、暗器の類を喪失した時点で俺の敗北に間違いなく、すなわち俺の死と同義だ。
――だが。今回だけは別である。
戦闘描写全然だめだー。
もっと文才磨きたいですね……。