坑道探索
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「ジリアのやつ、久しぶりに外出れたのにすぐ戻ってきたなぁ」
「何か問題あったんだろ。一応仕事で外出たわけだしな」
「いいな~。俺もう五か月も地下だぜ?そろそろ外出たいわ」
「言うな。見つかりづらいこの基地とはいえ、警備は必須だぜ」
「でも一本道だからどうとでもなるけどな。地下はあれを除いて、全員二人以上で警備してるし」
銃を持った二人組の男が坑道の中を歩く。
話を聞くに、地下の警備はほとんどが二人以上らしい。
上の階でも二人組はいたが、一人もいた。それだけ地下の方が重要度が高いということか。
ふむ、一人というものは、率先して行動するならともかく、警備という決められた場所を守るには適さない。
何かを守護する以上、それを意識すれば死角をカバーしきることはどうしてもできないからだ。
それに対し二人ならば脅威に対する反応はもっと迅速に、多様となる。
今回のように一本道ならばもっと容易に対処できるだろう。
―――尤も。
それは対処という対応手段をとることができれば、の話なのだが。
「――――ッコ」
全く意図していない上。
コキリという小さな音で、一人の命が絶たれた。
「あ?おい、どうし――――」
もう片方の男が、小さな音に気が付いて、視線を向ける。
先ほどまで生きていた男の、あらぬ方向を向いた頭を見た瞬間――――。
「こう……だな」
刃のごとく振り下ろされた手刀により、首を折られて即死した。
……今俺がつかったのは衛利の技だ。
だが、まだ入りが甘い。
ほんのわずかではあるが、手の先から肘にかけてまで痺れがある。
完全に力を流し切れていないためか。
もう何度か打つ必要があるな。
忍者の技……小技とはいえ、一度見ただけで完全に習得するのは難しいか。
―――さて。
周りに人がいないことを確認して、天井から降りる。
「……少々肩がこるな」
重力に抗っているのはやはり疲れる。
あの時のハーサとは違い、そこまでの時間も掛けておらず、距離もかかっていないのにこれだけの疲労感だ。
一流の暗殺者の体力と技術がどれだけのものか……恐ろしいものだ。
「衛利」
「はいはーい!……あれ、私の技盗みました?」
「ああ。問題あるか?」
「んー……あは、まあそれくらいなら」
付近に忍んでいた衛利を呼ぶ。
死体二つを見つからないようにさっさと片付け、音を反響させる。
本当は解体出来ればよかったが、地下は臭気も籠もる。
せいぜい土などでカモフラージュさせるくらいか。
さて、還ってきた音ではまだまだ相手がいるようだな。
「片付ける。隠れていろ」
匂いが出る以上、無暗に血を出すわけにはいかない。
つまり、ナイフは使えない。
同じようにするしかないか。
……やれやれ、少々疲れそうだな。
***
「…………多いな、まったく」
「厳重ですね……なんか、申し訳なくなってきました」
「敵の数は気にするな。直接戦闘は任せるわけだしな……さて」
敵の首を絞めていた細い糸を手放し、こと切れた者を片付ける。
そこまで技を見せる気はないため、手段はそこまで多彩ではない。
それでも暗殺に限ればどうとでもなる。
……それも、ここまでのようだが。
「扉ですね……」
「ああ。しかもなかなかに重厚だな」
壁に耳をあて、中の様子を覗う。
…………む?
誰もいない……だと。
念のため音だけではなく、足音などの振動を聞いてみるも、本当に誰もいないようだ。
鍵はあるが、例によって南京錠。
髪に潜ませているピッキングの道具を使ってさっさと開錠してしまった。
―――そして、思いっきり蹴破る。
「あらま!」
「なぜ人がいないか……まあ。見ればわかるだろ」
もしいたとしたら――俺の手には負えないレベルの怪物だということだ。
しかし、俺にはこれ以上進まなければいけない理由がある。
ならば怪物と当たったのなら――運がなかったというだけのことだ。
人と争うという職業柄、運がないと成り立たない。
今回は……どうやら運は俺に傾いたようだが。
――いや……運が向いたのかは分からない、か。
「……なんですか、これ」
「人の体だな」
青色の液体が満ちたガラスの容器に、様々な人の臓器やら、肉体の一部やら――体そのものが残った状態で入っているものすらいた。
女、男、老人、子供――関係なく、全てだ。
腐敗していないことから、おそらくこの液体はホルマリンのような物なのだろう。
「この坑道を作った液体……さては融解液か」
―――錬金術において、賢者の石によって生成される、金を取り出すための液体。
また。ありとあらゆるものを溶かしつくすという液体。
あれがあれば膨大な土を溶かすこともできるだろう。
薬品製造……たしかにそう言ったものを生み出すような魔術となれば、ありとあらゆる科学の素となり、多数の化学薬品を生み出した錬金術がもっとも可能性が高い。
……となれば、人間の肉体が素体となっている可能性も高いということか。
ホムンクルスだって、人の精液から生まれるといわれていたくらいだ。
そしておそらくだが――このガラスの中の人たちはスラム街の人たち……だろうな。
ならば見つかりづらいという以外の利点も確保できる。
何故このスラム街にこれほどの大規模な拠点があるのか。その理由づけになる。
「衛利。おまえの婆さんの魔術というのは、こう言うものを使うのか」
「いいえ。薬品というものは自然に存在するもの、あるいはおばあちゃんが自分で作りだした植物を配合ささせて特殊な効力を持たせたもの。けっして人を材料にするようなものではないです」
「だろうな」
そもそもキャラバンで移動しているものが人を材料にするだけの設備を持てるとは思えないしな。
それに……衛利を育てたものがこれほど悍ましい物を作るだろうかと考えた時に、それはないと首を横に振れる。
育てたものとその子は似るのだ。厄介なことにな。
「ついでに、ここに人がいない理由もわかったな」
「あー……まあ、人の臓器とか死体であふれてる場所に居たくはないですねぇ……」
精神安定のために、一般人ならば離れるのが普通。
非合法なものに関わっているとしても、気が狂っているのでなければここにはいないだろう。
特に、ここにいる限りいくらでも手に入る資源である以上わざわざこの部屋に気を向ける必要もないわけだしな。
「それも警備がしっかりと機能していればの話だが」
「あはぁ……全滅してますしね」
後ろから挟まれる可能性はない。
潜入の情報が伝わっている可能性もない。
これで安心して仕留められる。
「さて、衛利。薬の製造技術は知れたわけだが、去らないのか」
「ハシンの用事がまだでしょう?」
「俺の用事は俺のものだ。手伝う必要はないはずだが」
「もう、ここまで来たら同じことですよー」
「…………まったく」
これは本格的に気に入られたか。
まあ、直接的な戦闘において心強いのは確か。
存分に手伝ってもらうとしよう。
この先から、少々危険な気配が漂ってきていることだしな。
ここからは戦闘の規模が大きくなるだろう。
俺は、そっとナイフを抜き放った。