下階侵入
一階まで戻ってくると、さっそく教壇の下をあさる。
教壇の下の床は、不自然にくぼんでいるのだ。
石畳であるにしても、この一部分だけくぼむということは珍しいこと。
ましてや、素材がこの場所だけ異なるとすれば、勘ぐるのは当たり前のことである。
「いやー、これ見よがしに怪しい出入り口ですねぇ……」
「石造りだ。もともと地下がなかったのだとしたら、構造上多少入り口が目立ってしまっても仕方あるまい」
とはいっても、入り口は教壇の下。
正面から入ってきている限りは、見つからないだろう。
まさか入り口から見える、神父の立つ場所に秘密の扉があるなど誰も思うまい。
……尤も、すでに封鎖されている教会。立ち入るものもいないが。
「ふむ……おそらく開けたらすぐに梯子だろう。上を見ていてくれ。俺は中を確かめる」
「りょうかいでーす」
こう言うものは、衛利より俺の方が向いている。
軽く隠し扉をたたき、構造を把握する。
響き方から察するに、スライドさせるのだろう。
不自然に下にくぼんでいるのは、スライドさせたときのスペース確保のためか。
埃のかぶり方から、おそらくはこの窪みにぴったり合った石を上からさらに被せてカモフラージュさせていたということを察することができるが……最後に通ったものの怠慢からか、そのカモフラージュを怠ってしまったようだ。
本人は見つかるはずもないと踏んでいたようだが……残念だ、運がなかったな。
「さて」
隙間に手を突っ込んで、少し扉の板を持ち上げる。
そのままスライドさせると、音が発生してしまうためだ。
石と石の擦れる音は、思いのほか振動を起こし、気付かれやすい。
片側だけでも持ち上げれば、下の石との接点が少なくなるため、音も抑えられるというわけである。
……こんな当たり前のことに理由の説明もいらないか。
それでも少しだけ発生する、カリカリ……という音を聞きながら、扉を開けきる。
中はやはり梯子だった。
当然か、地下へ行くというのに、わざわざ階段を作るのは手間がかかりすぎる。
もちろん楽になり、効率的になるのは事実だとしても、大規模な工事が必要になってしまうため……秘密の扉である今回のような場合には、梯子にせざるを得ないということだ。
俺のような潜入者にとっては好都合だが。
一見、一本道になるのは暗殺者にとって不利ではないかと思うが、今回のような場合においてそれは真逆である。
大の大人、あるいは薬を製造しているとなると、機械……またはその部品を運ぶために、梯子にもある程度の広さが求められる。
――そう、広いのだ。小柄なものであれば、壁に張り付いていれば梯子を上ってくるものを阻害しない程度には。
「それに、人間は真上に対しての警戒心が薄いものだからな」
物が頭上から落下するとき、影がなくては人は気づけない。
それほど、頂点に対しての気が向いていないのだ。
さて、そろそろ行くとしよう。
耳を澄まし、人の気配を探る。
人がいないことを確認して、内部へと侵入した。
***
「ほう、なかなか深い」
下につくまで、十メートルは下っただろうか。
これほどの穴を掘るとは、相当隠したいものがあるのだろうか。
「よっと」
下に警備が居ては困ると、最後の方は壁に張り付いて下っていた。
だが、居なさそうなので、天井から地面へと降り立つ。
――雰囲気は坑道だろうか。
この梯子を入り口に張り巡らされた通路。まるで巨大なアリの巣だ。
こんな坑道を作り上げるのには、かなりの土を排出しなければいけないはずだが……。
「なるほど、酸か。……いやに強力な酸で、土ごと溶かしたのか」
……否、それはきっとただの酸ではないのだろう。
地面を触ると、やや硬質化していた。
特殊な薬を作っているという話……俺も詳しく調べさせてもらおう。
それはともかくとして、衛利を呼ばなければいけない。
指に巻き付けた細い糸を、たるんだ分を巻き取ってから、二度引く。
これは衛利の小指へとつながっていて、二度引くことで降りてきていいというぞ、という合図にしている。
ちなみに、一度の引きは間違いで、三度は逃げろだ。
こういう原始的なものこそが最も信頼性が高い。
俺の小指にも、了承の合図が伝わってきたので、周囲を警戒しながら、衛利の到着を待つ。
「――お待たせしましたー……。おお、暗いですね」
「ああ。……ふむ、ランプのような物で明かりをとっているらしいな」
「発光石ですね。隣国原産の冷たい光を発する石です」
冷たい光……そう言われて、坑道に設置されたランプに手を伸ばす。
たしかに、青と緑の中間といったその光は、ひんやりとした感触を手に与える。
……冷光、とかいったか。
ホタルが発する光のことだ。
化学反応による発光だそうだが……なるほど、このセカイでは石がその冷光を生み出すことができるのだな。
これもまたいろいろと使えそうである。
一つ拝借し、懐に収める。
「ふむ。では部屋に向かおうか」
「――あは、言い得て妙ですね」
この坑道をアリの巣とするならば、至る所に部屋……大広間があるはずだ。
相場としては一番深くに、女王アリの部屋があると決まっているわけだが、薬品製造とうの部屋は別の場所にあるだろう。
問題はすべてが一本道の場合があるということか。
敵が何人いるか分からない以上、無駄な遭遇は避けたいが、もし一本道だった場合それに対応しなければならない。
まあ、手がないこともないが……体力を使うので、あまり使いたくない。
この体は体力に乏しい。接敵した場合、体力不足では動きが鈍る。
その負担は衛利に行ってしまうから、体力は温存していきたいのだ。
「……まぁ、調べてみるか」
「そうですねー」
曲道が多ければいくらでも対応は可能だが……ふむ、まあ。
歩きながら考えればいいか。
洞窟の歩き方は、左手、あるいは右手を付けて壁伝いに。
……洞窟ではなくこれは迷路だったか。
どちらにしても、暗くて道の先がよくわからないことに変わりはない。
「ん……分かれ道か」
「一本道でなくて助かりましたねー」
「いや……より厄介だ」
この坑道をアリの巣と表記したが……立地的な問題か、上や下へと伸びていく通路はなさそうである。
――少々目立つが、リスクを侵してでもこの通路の全容を知りたい。
そう思い、強めに石を投げ、反響音から内部の構造を把握してみたのだが……。
「曲がり角が存在しないぞ、これは」
「隠れ忍ぶのは難しそうですね……。正面突破ですかっ?」
「何故嬉しそうにする……」
衛利を見ていると、忍者はもしかしたら脳筋が多いのかもしれないと錯覚しそうになる。
「だが、その手しかないのも事実か。……見つかるまでは俺がやる」
「おお、流石暗殺者ですね。頼りにしてますよ」
「……はぁ……」
すっかり”お友達”という感じの衛利の返答に思わず溜息を零すと、ナイフを構え、坑道内を静かに走り始めた。
ほぼ一本道、隠れるような場所はなく、身を隠せる角もない。
だが、問題ない。
何故なら――俺は、すでにその場合の対処法を知っているのだから。
やべぇなげぇ……。
いつまでこの潜入が続くか私にもわかりませんが、どうぞよろしく。
それはともかくとして……総合評価が皆様のご愛顧のおかげでとうとう500PTまで到達しました!
いやー、まだまだ未熟ですが……今後ともよろしくお願いいたします!