殺人試験(後)
「ではでは、争っても仕方ありませんし……一緒に戦いましょう!」
「……手の内を見せていいのか?」
「問題ありませんよー。それに、そちらだって手の内を見せるわけでしょう?お相子です」
「なるほど、ではよろしく頼む」
戦力が増えるのは好都合。
ましてや直接戦闘なら暗殺者を上回るという忍者ならなおさらだ。
「目的は」
「私はですね、あの教団員がつかっている薬の出所です」
「なにやら特殊な薬だったが。魔女に関連しているのか?」
「あは、それを確かめに行くんですよー。ハシンはさっき入っていった男ですね?」
「ああ。……尤も、あれらが脅威になりそうなら討滅するが」
おそらくは脅威になるだろうがな。
あの男が仮にも暗殺者の端くれであるというのなら、得た情報は上のものに伝えるだろう。
俺やハーサなら問題ないだろうが、リナのことまで伝わるのはまずい。
その前にあの男を殺し――遅かったのならあの中の敵をすべて殺す必要もあるだろう。
「やつらの戦力情報は?」
「組織の名前は”フェアガーゼン・キングス”。元組織はこことは別の国にありますが、そこからいくつか技術を持ってきているようで」
「薬品製造技術か。つまり、その元組織が魔女に関連している疑惑があるということだな」
「あら、理解が速いですね。……おばあちゃんはこの地域出身の魔女ですが、キャラバンをもって大陸を移動しているため様々な国をわたります。そのためいろいろと話が舞い込んでくるわけですが……。このあたりで奇妙な、魔術的な効能をもたらす薬品が出回っているという噂があるので、それの調査ということです」
「なるほど、だから商売敵か」
魔女というものを俺はよく知らないが、中世の伝承でよく聞くようなものであるのなら様々な薬品を作り出したり、特殊な植物を使ったりということが多いはずだ。
薬などは他者へ販売するのも容易である。
魔女ということは効能も信頼されているのだろう。
しかし、それを上回る効能をもたらす薬が販売地域で幅を利かせているとなると、その効能や製造法を知ろうと思うのも当たり前のことだな。
「どう分担する。俺は直接戦闘は不得手だ」
「私は隠密がちょっと……。では、正面からは私が、背後からはハシンでお願いします。あ、あと潜入も……」
「了解した。俺の動きをトレースしろ」
「あは、ありがとうございます」
忍者でありながら忍ぶのが苦手とはどういうことか、と思いつつも、やはり人の性格次第だろうしどうしても得意不得意は出てくる。
それらをできるものが補えばいい。
俺も正面戦闘の方は任せるとしよう。
――さて、どう侵入するか。
***
「―――ほぉ、これは予想外」
「どうしたんですか?」
暗殺者が持つ、夜でもよく見える目で、ハシンが透波を味方に引き入れたことに感嘆する。
……面白い偶然だ。
私が全く持って予期しない方向へとハシンの行動は転がりだそうとしている。
「うう……私には何も見えません……」
「ふ、まあこの距離では並の人間では見えないさね」
私の気配で覆い隠しているため、リナの気配はハシンには分からないようになっているが、殺しに入って感覚が鋭敏になれば察知されてしまうだろう。
それを避けるためにあえて遠いところに連れてきたわけだが、その意図はこの娘に理解しろというのも酷な話だ。
あくまでこの娘は一般人なのだから。
少しばかり、こちら側とかかわりすぎていても、な。
「ふむ、内通者には撤退といっておくか。自分だけの正解を手に取ったなら、もういらんさね」
あれも、いい経験になっただろう。
不本意にもこの”無芸”が他の”長老たち”の弟子の修行を手伝ってしまったが、それも我が弟子の身になるだろうし、割り切るとしよう。
「ふ……”毒蛇”め、急に弟子をとったのは私への当てつけか?くだらないことするね」
”長老たち”の中でも毒等の薬品に関しての技術に精通している、”毒蛇”。
暗殺者の中でもかなりの古参に位置する彼だが、そんな彼から私はかなり目の敵にされているのだ。
まあ、やつの秘術である毒の業を奪ったからだろうが、私から言わせれば技術を秘せない奴が悪い。
とはいえ、やつは古参で意地汚くはあるが、誰よりも暗殺者らしい。
当てつけとはいえ弟子をとったのなら、自身の技術をすべて教え上げ、一人前にさせるまでは不用意に殺すこともないし、たとえ私の弟子であっても、不当な手段で殺すことはあり得ない。
やるなら死合で、暗殺者らしく、正々堂々とだろう。
どちらの弟子が優れているか――この私も少しばかり楽しみになってきたぞ。
するりと小さな弓を取り出し、文を付けて矢を放つ。
音もなく放たれた矢ははるか遠方へと夜の闇を裂きながら進み、遠く離れたスラムの屋上へと落下した。
「――――」
その屋上の陰から現れたのは、ローブを深くかぶり、蛇の頭蓋を模した髑髏面を付けた男だった。
男は文を懐にしまうと、足に付けられた布から小さな石ほどの塊を取り出し、ハシンたちが侵入しようとしている教会に向かって放り投げた。
「”毒蛇”の道に通じるものしか嗅ぎ分けられない匂い玉か。時間で消える便利なものさね」
そして、匂いは小さな隙間があれば通り抜けられる。
中にいる奴の弟子には、匂いが伝わり撤退命令が下ったことだろう。
なるほど便利だ、今度ハシンに覚えさせよう。
さて、しばらくたったが……あいつはどう侵入するかな――?
***
「そういえば巨大なステンドグラスがあったな」
「ああー、ありますね。それが?」
「そこから入る」
「……えっ」
人のがいないことを確認して、地面へと降りる。
そのままステンドグラスへへ近づくと、その構造を調べた。
「やはりレディドグラス……の劣化版か」
「れでぃ……えなんですか……」
「嵌め絵のようなものだ。本来はセメントで固めるはずだが……まあスラムにそのようなものがあるはずもないな」
もともと貧困層が集まるところだ。
住民の心のよりどころである教会も、金はかけられない。
セメントはこの時代一流の大工でなければ、扱えないものだろうしな。
となると――。
「やはり簡単に取り外せる。外部から来た教会に疎いものは、この欠陥には気づけない」
さらに、都合にいいことにこちら側から押し出せば外れる形式だった。
おそらくだが、建築する際に内側から嵌め込んだのだろう。
このあたりの気候だと深く押し込めば外れることもない。
「ここから入るぞ」
「なんと……こんな出入口があったとは!」
無理矢理作った出入口だがな。
元のセカイで無駄にため込んだ無駄な知識が役にたつときが来るとは、人生分からないものだ。
――もっとも、異世界で女の身になっている時点で今更な感情な気もするが。
「まず上から確かめるぞ。正面からは任せる」
「あは、忍者の本領見せてあげますよ!」
「……見せてはいけないだろうが……」
本当に調子が狂う。
教壇の下にある、不自然な窪みを見ながら、俺たちは教会の二階へと続く階段を昇って行った。
***
「まあ、外観からわかってはいたが、かなり広いな」
「まースラムに一つしかない教会ですし。今では閉鎖されていますが、当時はたくさんの人がきていたそうですよ」
「何故廃れた?」
「奴隷狩りで、スラムの住民もかなり減ってしまいました。スラムも街なので、運営のためには人がいりますし……」
教会に人を回す余力がなくなったということだな。
そして閉鎖したところを、外部の連中が再利用したと。
なかなか外部連中も経済的じゃないか。
それにしても奴隷狩りか……マキシムの豚野郎の仕業だろうな。
いくらこのあたりの領主であるとしても、自身の民を無条件に奴隷にしていたのでは問題になる。
故に、問題が発覚し辛いスラムを狙ったのだろう。
「ふん。いろいろ残しているものがあるな、あいつも」
「え?」
「独りごとだ」
どちらにしても、もう終わったことだ。
今はこの暗殺に集中する。
ナイフを構え、二階へ続く階段へと足をかけた。
「行くぞ、衛利」
「はいー」