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TS転生奴隷の異世界暗殺者生活  作者: 黒姫双葉
第二章 A steel and a will for a merder
144/146

泥濘打破 中




***




義勇軍工作部隊及び特殊潜入部隊。

そう定義された、少しばかり訓練を受けた烏合の衆を取りまとめる中隊長が、指示を出す。


「よし、大分川の水量も増えてきたな………準備開始!!!」

「は、はい………!!」


そう、烏合の衆だ。年齢層も軍歴もばらばら。それどころか性別だって固定化されていない。

傭兵が入り混じり、徴兵された貧困層の住人が混じり、義勇軍古参兵士が紛れ込む。そんな雑多な集団だ。とても軍隊と胸を張って言えるような組織ではなかった。

それも当然だ、義勇軍側の兵士というやつは基本的には専門訓練など受けていない一般人である。数こそ多いが、騎士に比べればその戦力は遥かに劣る。実際、この長い戦いに陥ってからも単純な数の犠牲はこちらの陣営の方が多い。持ちうる物量が膨大であるため、犠牲が目に映りにくいだけだ。


「目くらましの攻城兵器は設置したのか?」

「雨が降り出す前に設置完了しています!」

「そうか。敵の動きは?」

「備蓄庫周辺に騎士が警備についているそうです」

「数は」

「数名だそうで」


報告が遅い、そしてこちらが聞かねば返ってこない。なんともやり難いものだ。

優秀な連中は前回の妨害作戦において殆どが戦死してしまった。帰り道を確保していたというのに、それも無駄になってしまった。

その上、作戦の失敗も義勇軍隊長に責任を問われるわ、前回はまさに散々だった。

今回は是が非でも奴らの食料備蓄庫を破壊し、成果を上げる。そしてこの無駄に続いている無駄な戦争を終わらせるのだ。


「投入する人員は百と五名。奴らの補給線を断絶し、ゆっくりと締め上げてやる―――よし、()展開!!!くれぐれも支える奴らは手を離すなよ、作戦が無駄になるぞ!!」

「りょ、了解!!!」


(はしけ)。河川を繋ぐ荷役にして、河川交通手段。

形状としては平底の船であり、それ故に船でありながら水深の浅い川でも使用が可能。本来は船の荷物を沖に渡すための船であるが、今回は材木を利用して筏に近い形の艀を作成、荷物ではなく兵士を乗せ、対岸に渡るための道を作った。

とはいえ雨によって増水した急流の川でなくては、さしもの艀も意味をなさない。そもそもこのような雨でなくては奇襲そのものに成功できない。

工夫無く川を越えられる程度の増水量では両軍ともに河川周辺に強力な警戒網を敷いているためだ。渡れるはずのない川を渡ったという事実が必要なのである。


「一応だが艀の縄を樹木に結び付けておけ!!道が崩れる程度であれば可愛いものだ!!」


川に直線に艀を並べられれば良いが、増水下ではそれは不可能である。故に長さの違う縄と大きさの異なる艀を用意し、流れに沿って斜めに艀の道を作る。その上を通る兵士たちもなるべく軽装で進ませる。実に厄介極まりないことだが、信じられないほどに固められた双方の防衛線を突破するにはこのような不意を突いた奇策しか取れないのだ。

………本当に今回の戦は異常だ。より大規模な大国同士の全面戦争ですら、このような双方一切駒を進められない緊張状態、戦争の硬直化は類を見たことがない。

戦の始まりはそこまで以上ではなかった筈だ。なぜ、どうしてこうなった?


「………いや。それは戦争が終わった後に作戦室で談義すればいいだけの事。作戦遂行を優先せねばな」


兵士たちに指示を飛ばす。名も顔も把握しきれていない烏合の衆を、死地へと送り出す。

それが、破滅の一手であると気が付きもせず。





***





「………」

「お、来たな。俺たちは暫く待機だけどよ」


短槍を構えた臨戦態勢の青年傭兵が小声でそうぼやく。俺たちは備蓄庫から大分離れた茂みの中で息を殺し、じっと静かに待機していた。

ここに集ったのは傭兵と騎士の混合部隊だ。だが、協調性と頭の回転を持ち合わせている連中が集められており、狙撃兵のようにこうして静かに待機することも難なくやって見せている。

じっと息を殺し続けるというのは存外に難しいのだ。その忍耐こそが狙撃手が偉大である証拠であり、暗殺者が厄介である理由である。


「警戒網には触れてないな………!?!よ、よし!!!突撃!!!」

「………触れてんよ、間抜けさん」


目の前(・・・)を義勇軍の武装に身を包んだ兵士たちが横切っていく。彼らがやってきた方角に視線を移し、脳内に描いた地図と参照。

進行ルートから敵がどこから侵入してきたかを把握した。


「なぁ。あんたらの同僚、死んじまうぜ」

「ある種の特権階級にある騎士とて、死ぬときは死ぬ。戦場だからな。皆、覚悟の上だ。命を張るのは傭兵だけではない」

「そうかい。俺たちゃ死にたくねぇって思って戦ってるぜ。アンタらの方がすげぇよ」


背後で他の傭兵と騎士の話し声が聞こえる。

声を発すること自体が良い事ではないが、まあ雨音でその音も掻き消されるだろう。胸の裡に溜まった言葉を今のうちに発散しておいた方がいいと判断した。

仕事とはいえ、仲間が死ぬのだ。思うところがない筈が無い。人間の感情は無視することのできない要因だ。人は機械ではない、心を加味したうえで戦は行うべきである。


「嫌だねぇ、人が死ぬのわかってて放置すんの。防衛隊の騎士さん方、知り合いだぜ?」

「………」


自費で酒を、娯楽品を購入し、振舞ってくれた騎士。武具の手入れをしてくれた騎士。横に座り他愛のない雑談をした騎士。戦場の主役であり、華である彼らは戦場の環境を整える役割も担っていた。

現実の騎士は決して騎士道精神に溢れたものばかりではない。だが、少なくとも俺たちの隣に座っていた彼らは良い騎士だった。

この世界では珍しい、良い人間だった。もしも戦場に生きるのでなければ、俺たち暗殺者の庇護対象になっていたであろう人間だ。

だが。ここは戦場、人を殺し、人が死ぬ場所だ。やれ、本当に戦争というのは面倒なものである。


「―――リックス。火が上がった。合図だ」


青年傭兵が声を出す。背後を振り替えり、手を挙げる。

そして、全員が自身の装備に泥に付け、散開した。





***





「やった………やった!!!備蓄庫を、とうとう備蓄庫を破壊できた………!!!」

「早く撤退するぞ!!??ぞ、増援が着たらもう対処できない!!!」


彼らは浮足立っていた。

敵の備蓄庫を焼き払うという偉業を達成したことに。数が劣っていたとはいえ、騎士を平民、或いは貧困街出身の彼らが殺せたことに。

数が多すぎて、寄せ集められたせいで互いの顔も性別も分からない、今何人生き残っているかも分からない、そんな状況でも。この戦果を、彼らは喜んでいた。


「増援を確認!!さっさと下がろうぜ!!」

「よ、よしそうだな!!!」


青年の兵士に促され、そして義勇軍の鎧を纏った少女兵士が手で合図をする。それに従い、奇襲に成功した彼らは備蓄庫を後にする。百と五名いた彼らは騎士との戦いで四十名ほどにまで数を減らし、そして再び川を渡るときには七十名強に増えていた。






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― 新着の感想 ―
[一言] 残存数がわからないから(敵が)増えて帰還していてもわからないと。
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