泥濘戦線 結
「お~、派手に暴れてんなぁ………よーし、俺らはリックスを援護する形で動こう、うん」
「練度は低いにしても単身で乗り込んで勝てる量ではないだろ!?」
「いやー、どうっすかねぇ。一人で四十人殺しそうな勢いしてますぜ?」
………背後の声はとりあえず無視する。仕事が楽になるのであれば手伝いに来てもらいたいものだが、まあどちらでもよいのも事実だった。
錆びた曲刀で肉を削る。切れ味の鈍った刃は半分は鈍器だが、一応刃があるため切れるには切れる。打撲と裂傷が混じったような、まさに裂けた傷跡が刻まれ、名も知れない男が膝をついた。
「よくも―――ァ、ッ!?」
激高し、叫んで突っ込んでくる阿呆がいればボーナスポイント。赤い色の布で興奮する牡牛の如く、視野狭窄に陥っていれば単調な攻撃をいなして反撃するだけで終わりだ。
俺の胴体めがけて突き出された槍を曲刀で跳ね飛ばすと、躓いたように倒れようとしている男の顔面に膝を入れる。
鈍い音と、生暖かい血液の感触を認識する。それと同時に逆手に持ち替えた曲刀の柄の部分を藻掻く男の眼球に突きこめば、暫く呻いた後に物言わぬ肉袋になる。
「………」
さて、今ので半数は死んだだろうか。相手の陣地に忍び込み、奇襲を掛ける役割を持ってやってきた兵士たちだ、死ぬこと自体は覚悟の上だろうが此処まで何も出来ずに終わることは予想外であると思われる。
まあ備蓄庫を破壊して早々に撤退するという可能性もあっただろうが、確実に交戦になり最小の犠牲で押さえても数人は死ぬ。軍隊の激突とは結局、人間すら資源と見なした消耗戦だ。
どうしても自前の兵士で秘密裏に潜入、工作、そしてバレずに撤退といったことを行いたいのであれば、現代国家のように軍隊の中に特殊部隊を設立するしかない。
だが、この世界………というよりは時代か………では、リマーハリシアやパライアス王国のように常駐軍を用意していても、その規模や育成は現代国家には遠く及ばないことが多い。特に兵種という概念は武装の少なさから乏しいものになりがちだ。
傭兵という職業が盛んであるということは、国家や都市が常に抱えている兵士の数が巨大ではないという裏返しでもある。だからと言って、軍備増強の結果、王国時代のフランスのように国を傾かせるほどの軍隊を持つのも、決して良い事ではないが。
そもそもだ。潜入工作であれば、結局のところ俺たちのような暗殺者や忍びの者を使えという話だ。暗殺者は平時に活躍することが多いため除外するにしても、忍びは戦場で輝く秘密工作の達人である。一種の傭兵でもある彼らは、現状の軍隊が抱えることのできない特殊部隊の代わりと為りうるのだから。
………因みに、今回の戦で彼らや暗殺者の出番がないのは、規模が大きいとはいえ所詮は都市同士の争いであることと、隠密行動で戦局を決定的に変えることが難しい、泥沼の戦局だからである。それと、俺たちを雇うには高額な金を払う必要がある。軍隊規模が増し続けている状態で、決定打になりえない兵士を雇う余裕がないのだ。
「よっと。うわっと、ほいっと」
「………」
「いや、真面目に戦ってるって!!」
考え事をしつつ曲刀を振るっていると、結局手伝いに来た青年傭兵が珍妙な動きで敵兵と戦っているのが見えた。
いや。珍妙というのは少々違うか。見た目のそれで言えば、そう―――フラダンスによく似た構えを取っているというのが正しい。
まともに戦い方を見たのが初めてであるため、思わず視線を止めてしまったが、青年傭兵が修めた武術はカプ・クイアルアか。
元の世界のハワイで興った伝統武術。カメハメハ大王がその武術の達人であったとされ、様々な武器を用い、更には武器をなくした場合のため、格闘術も教えの中に含まれているという。
その武術の中には勿論、短槍を扱う武器術も存在している。成程、武器と体術を巧みに使いこなし、更には砲といった兵器にも理解があるその武術は、雑多な武装が入り混じるこの時代の戦場にはとても合っているだろう。
「………、………」
指を使ってサインを出す。裏側から追い込め、というものだ。
出来上がった死体の山、三十余り。だが、もう少し死体が欲しい。敗走の体勢に入っている残党もきっちりと肉の塊に変えなければな。
「へいへい、お前マジでえげつねぇ~」
さっさと行け。
顰め面を浮かべつつ、手で追い払う動作をする。手をひらひら振った青年傭兵が数名の騎士を連れて素早く後方に移動し、退路を断った。
全体を確認しながら適度に動き回り、敗走兵全体の動きを停滞させているあたり、青年と呼ばれる年齢でありながらなかなかに戦いなれていることが伺えた。まあ、精神年齢は兎も角として俺の肉体も所謂少女のそれだ。
傭兵や暗殺者のように、普通ではない職業についているのであれば年齢は実力に比例しないのは、理解しているつもりである。
「………」
「ふぅ、お終いだな?疲れた疲れた!!」
奇襲を仕掛けてきた敵兵の死体が最初に認識した人数と一致しているかを確かめる。首はないものもあるので、胴体で確認………ふむ。数えた死体は四十余名。
宜しい、俺たちは全滅に成功したわけだ。こちらの犠牲は隊長が一人死亡したのと、大事には至らない負傷をした連中が数名。戦力差二倍以上にしてこれは防衛成功と言えるだろう。
さて、ではここからどうするか、だ―――橋は、まだ架かっているだろうか。いや、恐らく落ちているだろう。今は見ない振りをした方が後々、効率がいい。
思考に没頭していると、備蓄庫の方角から騎士二名がやってきた。鎧に傷はなく、交戦はしていないのが見て取れる。
「………お、騎士の旦那方、備蓄庫の方はどうです?」
「いや、僕たちの方は何も問題なかった。情報が間違っていたのか………それとも、まだ伏兵がいるのか」
「………」
「む?なんだ、リックス」
警戒を続けている騎士の前に立つと、素早く木板に字を書いて渡す。
とても、簡潔に。そして簡単に………この泥濘を打破するための方法を、記して見せた。
材料は足りている。あとはタイミング次第だ。そして、そのタイミングはただ待てばいずれやってくる。あとは判断と決断だけ。現状の身分では俺にはそれが出来ないため、騎士に任せた訳だが、まあ勝てる可能性が生まれたとなれば間違いなく作戦基地の連中は飛びつくだろう。
「………僕では判断できないが、騎士団長達に進言してみよう。どちらにしても、この備蓄庫の配置変更は予定に組み込む必要がある。これだけ頻繁に狙われてしまってはな」
「何々?ほうほう、そういうことか。備蓄庫最後の大仕事ってやつかぁ?」
「人員整理もしなければ………ああ、忙しい………」
かくして、この敵兵のハラスメント・アタックを機にして、突破口が開かれることとなる。
物資が足りないのであれば、相手のものも利用すればいいだけの事。相手の作戦も、兵士も、その装備も………そして、情報も。
リックスという傭兵の仮面の内側に、本来の暗殺者としての在り方を重ねる時が来た。少しばかり、本来の仕事に戻るとしようか。




