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TS転生奴隷の異世界暗殺者生活  作者: 黒姫双葉
第二章 A steel and a will for a merder
140/146

泥濘戦線 中




***




「指示されていた糧食の手配、完了致しました」

「ああ、助かる………ふぅ」


戦闘の継続日数は既に十日を超えた。相変わらず両陣営は不毛な削りあいを続け、戦況には一切の進展が見られない。

どの時代でも基本的に防御有利の原則は崩れないものだ。ここまで堅牢に固めた陣地に侵入し、これを破壊しようとするには相当の下準備か、或いは見るもの全員の思考を裏切るような奇策が必要になる。

どちらも決して容易なものではない。攻め手にあぐねるのは当然の状態といえた。


「最近、リマーハリシア中央で新たな戦闘糧食が作られだしたようでして………こちらを」

「これは、なんだ?パン、か?」

「ビスキュイというそうです。保存が利き、栄養もある程度確保できる、と。それはサンプルとして渡されたものです」

「ほう………悪くない」


そして、十日を過ぎれば近隣の商人もある程度の売り物に手配を済ませられる。元々行商人というやつらは動きが速い生き物だ、売れると分かれば即座に売り込みに来る。

急速に展開し、長期化し始めた戦況では双方の街の備蓄などあっという間に食い尽くす。よって、どちらの街も金に糸目を付けず商人から品物を買い漁るのだ。商機を掴めた商人たちにとっては大儲けだろう。

これらの状況を整えた俺達もまた、膨大な資金を手に入れている。ビスキュイの製造工場も今回の戦争をきっかけにして利益を上げ続けることになるだろう。まあ、俺の手元に入るわけではないが。そもそも、表では奴隷身分であり、裏では暗殺者をやっている以上は金を手に入れたところで自由に使う術はない。


「だが、リマーハリシア中央からのものか………相手方にも出回ってそうだな」

「騎士の旦那、俺達にも一枚くれよ。腹減ってしょうがねぇ」

「後で配布するから待て。先に前線に物資を投入する」

「へいへい」


さて。朝方の涼しい風が通り抜ける現在、俺たちは一旦前線より離れ、後衛に控えていた。何のことはない、ただの人員交代だ。

交代を繰り返すたびに見た顔が消え、見ない顔が増えているのは泥沼の戦争が仕上がっている証拠である。それと同時に、指揮を執る作戦基地の人員もまた青天井に増えていた。

人的資源も物資も金も後を考えずに投入した結果、既に一つの街程度が抱えられる上限を超えている。それでも、ここまで肥大した戦争に敗北すれば賠償する方法などないに等しい。

故に、勝とうとするのだ。膨大な負債をすべて相手に押し付けるために。


「相手の防衛線を一点突破するのはどうだ」

「駄目だ、何門か設置されている大砲に狙い撃ちにされる!」

「じゃあ軍を大外に回らせ、防衛陣地を横っ面を叩くのは?」

「それは俺達も警戒していることだろうが!何のために馬匹と騎兵を偵察に使い潰していると思っている!相手も同じ考えをしているだろう!!」

「そもそも軍隊を外に回せば陣地中央の守りが薄くなる。軍の物量自体は相手の方が上なのだぞ、戦力を分散させればそれだけ危険が―――」

「………」


昼夜止むことなく、作戦基地からは常に現状打破のための会議の声が聞こえてくる。軍の中核を担う騎士団は貴族街の方から早く戦争を終わらせろとせっつかれてもいるのだろう。だが、急いてことを進めればあっという間に戦局をひっくり返される。手持ちの戦力と物資をどう使うか、恐らく答えは出ないだろう。

日よけのための毛布を頭に被りつつ、後衛陣地の補給所に設置されている樽の中に手を突っ込んだ。

木製の杯に中の液体を満たすと、それを持って黒髪の青年傭兵の元に行く。


「お、助かるぜ。………林檎酒(シードル)?んだよ、麦酒(ビール)じゃねぇのか」

「………」

「分かってるよ、酒が支給されているだけマシってんだろ?泥水飲むよりゃいいわな」


戦場に気付け薬として酒を持ち運ぶことは近世まで続いていたことではあるが、それとて殆どの場合、水で薄めた酒であることが多かった。特に頻繁に使われていたのはワインである。

この戦場では何故シードルが配給されているのか、それは泥沼戦線と化した初期に喉を潤せるものならば何でもいいと買い漁った結果である。まあ本来アルコールは人体から水分と熱量を奪うのだが、この時代では水よりも酒の方が身体に良いと考える人間も多かった。そもそも水の質が悪かったというのもあるがな。

折角の水源である川も、陣営の間に挟まれた結果、泥と血肉が混じり清らかなものであるとは言えない。暫くの間、飲み水としては使えないだろう。常識として人の血というのは汚いのだ。


「………」


鳥の鳴く声が聞こえる。上空を見れば、鳶が輪を描きながら飛翔しているのが見えた。その旋回の様子を見守りながら、思考を整える。

………ビスキュイという新時代の戦闘糧食の伝達は達成できた。この戦争をきっかけにして、一斉に広まりだすだろう。騎士の、傭兵、そして商人の声と、それと同時に動く金の量が無視せざるを得ない品物としての印象を決定づける。そして、その流れは俺たちの本来の目的、標的にまで届くだろう。そう長い時を置かずに。

泥の中に幾つもの死体を積み重ね、得られるものは情報一つの伝播とはな。必要なこととはいえ、時間も人という資源も膨大に使わなければならない状況には流石に溜息が出る。


「報告!!!右翼側陣地にて敵勢力、小規模攻勢の兆候あり!!」

「ああ糞、また(・・)か!!!!」

「嫌がらせの延長だろう?放っておけばいい!!」

「そうはいかん!!あの付近にはこちらの備蓄倉庫があるのだ、火矢でも打ち込まれてみろ、飢餓者で戦線が崩壊するぞ!!」


徐々にハラスメント・アタックもカタパルトを打つだけのものから、実際に川を越えて攻勢に出るというものが現れ始めていた。これには単純に閉塞感から来る特攻といった心理的要因のほかに、カタパルトの砲弾が双方、尽き始めてきたという点が大きい。

そもそもカタパルトの弾は巨大な岩石だ。付近の山から削りだされたそれを効果的に活用するため、さらに球状に加工する。存外に手間がかかる代物なのである。

次点で砂利を詰めるという手段も取られるが、これもどこからでも調達できるわけではない。

攻城兵器を打ち合うという事態そのものが異常であるために発生した不測の事態というやつであった。

これのせいでさらに泥沼化が進行しているのは、状況を整えた俺達からすれば幸運なことではあるが。

………カタパルトの砲弾が尽きかけているとはいえ、防衛に行う最低量は確保されているため、不用意に陣地の奥地に攻め込むことは出来ないのだ。嫌がらせの攻勢は、嫌がらせ程度しかできないという状況の裏返しでもある。


「仕方あるまい。傭兵隊、出てくれるか」

「うへぇ、マジか………俺たち休憩中なんだけどなぁ」

「………」


頭の毛布を放り投げると、剣を腰に携える。すっかり泥にまみれになった裸足の指先を伸ばすと、杯の中身を飲み干して青年傭兵へと押し付けた。


「おっとと………待てって、準備速すぎだ………っと」


青年傭兵もシードルを飲み干し、二つの杯を樽の近くに戻す。口元を拭うと、自身の得物である短槍を手に持った。


「で、相手さんの数は?」

「報告の限り、五十余名を超えると!!!」

「………戦力差を見てもこっちも三十人以上は欲しいんだけど、騎士の旦那方?」

「人手が足りん―――絞り出せて十八人」

「わぁお!!撃退する代わりに俺たち死ぬかもな?」


冗談めかして笑う青年傭兵に脇を小突かれる。向う脛を蹴り、離れろという意思表示をしておいた。

さて。この戦争、双方の出血も十分に進んだ頃だろう。物資を食い尽くし、人という資源も枯渇を始めている。そろそろ、この泥濘にも片を付けよう。









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