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TS転生奴隷の異世界暗殺者生活  作者: 黒姫双葉
第二章 A steel and a will for a merder
139/146

泥濘戦線 序



***



「前衛!!交代の時間だ、敵の動きに注視しつつ背後に下がれ!!」

「副団長、報告事項が」

「後にしろ!!!今は人員整理の方が重要だ!!」


夜の涼しい風を掻き消すように飛び交う怒号を前に一つ、軽く欠伸をする。

足の指を動かせば、砕けた石ころが一つ転がっていくのが見えた。


「傭兵隊も随時交代するように!!」

「だとよ、リックス~。俺達も下がるか?」


一緒の場所に配属された黒髪をした傭兵の青年の言葉に首を振る。


「………」

「ま、昨日交代したばかりだしな。まだ早いか」


さて。開戦より既に五日が経過していた。

現在まで一切の戦闘状況は発生していない―――しかし。両軍は常に緊張状態を強いられていた。

その理由は単純だ。戦闘が発生していないだけで、戦場の中という事実は変わっていないからである。

瞬きをしつつ周りを見れば、睨み合いをしている最中であっても両軍が構築した陣地にさらなる改良を加えているのが見て取れる。

例えば堀の深さを更に増し、最早塹壕といえるほどになったそれ。掘り上げた土は運搬し、後方で弓兵たちの壁として再利用されている。次々と運ばれ続ける攻城兵器の類に、増員される兵士………いや、騎士たち。

最後方には作戦基地があり、更にその周辺には食糧を備蓄するための簡易倉庫も設けられていた。

戦場を構成する軍の規模は日を追うごとに増えており、それに伴って川を挟んで構築された両軍の防衛線を横に膨らませる事態に発展していた。


「増員された傭兵部隊は左翼に回れ!!相手も陣地を横に伸ばしている!!」


街そのものが持つ戦力というのはたかが知れているものだ。要衝という訳でもなければ、騎士たちは精々百人もいればいい方である。兵の量では優っている義勇軍でも、予備兵力を総動員しても五百人を超えることはないだろう。まあ、彼ら有象無象の義勇軍部隊では十人で囲んで騎士一人と対等か、という程度なので実質戦力はもっと下がるが。

そういった状況ではあるが、当然のことながら戦が起これば傭兵がやってくる。一攫千金を、或いは血の舞い散る様を。そして勝利の美酒と一夜の夢を期待して。

中世という時代に於いて、戦における傭兵の比率というのは非常に高い。戦が長引けばそれだけ彼らはやってくる。そして、大したことのない戦がより泥沼に、大規模になっていくのだ。

陣地の肥大化はその経過そのものである。


「………ッ!!」


耳に小さく空気の避ける音が届く。それと同時に隣の傭兵の頭を掴んで、堀の中に押し込んだ。


「―――退避ィィィィ!!!!!!!!」


副団長の叫び声とほぼ同時、喧しいとしか言いようのない衝突音と破砕音、そして血の匂いが漂った。

傭兵の髪を掴んでいる右腕からもぞもぞとした感触が伝わってくるが、放置する。どうせ、すぐに二射目がやってくるのだから。


「堀の中に入れ!!!潰されるぞ!!!!」


再び、衝撃。

足元に飛び散ったのは岩石と人間の内臓だった。堀の中に退避が間に合ったのか、指揮権を持つ騎士団の副団長は無事のようだが、側近の騎士と傭兵が数人、ひしゃげた肉塊になっているのが見える。


「………いや、いい加減離せって!!助かったけどよ!!」


黒髪の傭兵は、髪を手櫛でならすと肉片となった人間だったものを見て、顔を顰めた。


「嫌な戦争だなぁ、今回は。夜も昼もひっきりなしにカタパルトが飛んできやがる。嫌がらせにもほどがあるだろ」

「………」


中世版ハラスメント・アタック。

この時代の戦争も一瞬で終わる訳ではないというのは当然のことであるにしても、昼夜問わずひっきりなしに投石器で狙撃される戦争というのはあまり類を見ないだろう。

そもそも、普段から数年単位の長期化する戦争を戦術として組み込んでいるのは国家対国家、或いは大都市による戦争だけだ。小さな街同士の戦争ではそのような事態は想定されていない。よって、この街の戦に参加した騎士や傭兵は皆、普段とは勝手の違う戦い方に辟易していた。

否。辟易程度で済むものか。人によっては心を壊しているものも出始めている。たった五日だというのに、だ。


「おいおい、騎士の旦那!!放っておいたら俺たち挽肉だぜ?応射してもらわねぇと!!!」

「待て、三射目が来る!!顔を出せば潰されるぞ!!」

「うへぇ!!?」


今度のカタパルトの弾は、俺たちが隠れる堀………いや、塹壕のその更に向こう側に着弾した。傭兵たちがせっせと掘った土と道が抉れているのが確認できる。その中からは千切れた腕が飛び出ていた。

空を見上げれば薄曇り。なんだ、存外にいい腕を持つ者もいるではないか。光源など基本的に松明しかない戦場で、月明かりや星の灯に照らされずに有効射を放つとは。

………カタパルトの最大射程は記録に残っている限り、巨石を約四百メートル先まで放り投げたという。当然、角度を付けたり台座を盛ればさらに距離は伸びるだろう。今回の戦は、この無数に設置されたカタパルトが両陣営にとって最大の脅威になっていた。


「よし、止んだな―――応射開始!!!適当にぶち込め!!どうせ見えはしないのだ!!」


伝令兵が駆け、その後に陣営の奥にあるカタパルトの紐が大人数で引かれるのが見える。

そして巨大な質量が放り投げられ、義勇軍側の陣地から悲鳴が上がる。さらに数度、投射が行われた。

戦果報告は不可能。暗闇の中で陣営の奥地に放り込んだ巨岩の行方など分かるものか。カタパルトに押しつぶされた人間の顔も人数も理解できないまま、ハラスメントへの応射は終了する。


「満足に寝ることもできんな………金も嵩む………敵兵の動きはどうだ。突撃する様子はあるか?」

「いやー、なさそうだなぁ。臨戦態勢なのは変わってないっすけどね」

「それに関してはこちら側も同じだ。やれやれ、気が抜けん」


立ち上がり、鎧に着いた泥を叩き落とす副団長。その表情にはやはり疲れが張り付いていた。


「そろそろ報告、よろしいでしょうか………?」

「む………ああ。頼む」

「食料についてですが、既に前線に行き届いていない場所があります。備蓄の方はどうなっていますか?」

「なに、もうか?!いや、戦線が肥大化しすぎている故、当然か。既に早馬を出し、近隣の街の商人たちをかき集めている。だが暫くはかかるだろう………それまでは市民から貰い受けるしかあるまい。馬の飼い葉はどうだ」

「そちらもあまり………偵察のために馬をひっきりなしに走らせてますので、消費が速いようです」

「………手配しておこう」


川に沿うように肥大化する両陣営の戦線。その戦線の中に深く張り巡らされた塹壕線と、縦長に展開されているカタパルトを始めとした人を容易く肉塊へと変える攻城兵器の数々。

そして搔き集められた街同士の戦には不釣り合いな兵力と、それを利用した昼夜を問わない、そして終わりのない隙の伺い合い。

兵士及び兵器、馬匹の稼働率は常に最大限を維持している以上、消費される資源資材の量は膨大なものに及ぶ。

その最たるものが食料だろう。人力を基本とするこの時代に、人のパフォーマンスを維持するためには栄養のある食事が必須だ。食事の他、睡眠時間も確保しなければならないが、そのためには兵士の絶対量を増やし、前衛と後衛を交代するという手しか取れない。勿論、こうすれば消費される食糧の数は更に増える。

そのような状況にありながら―――具体的な突破口がない。これこそが泥沼の戦というものだ。

俺たちの作り出した戦場食が到着するのはもうそろそろだろう。それまでは、いま暫く。この泥の中で微睡むとしよう。戦の趨勢を見守りながら。




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