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TS転生奴隷の異世界暗殺者生活  作者: 黒姫双葉
第二章 A steel and a will for a merder
137/146

泥沼構想



***




「………」

「おお………なんと、戻ったか。む、お前だけか?」


森を抜け、地形を改めて確認しつつ街の中へと戻れば、慌ただしく人が行き交う様子が見て取れた。

いや、そもそもとしてすでに街を囲う壁に存在する唯一の入り口である大門前には陣営が築かれ、防衛を行う騎士と伝令を熟す早馬が並び、仕事をしていた。一般人もいる街中はそれに比べればまだ静かなものである。


「あの男は死んだか………傭兵の常とはいえ、いい気分はしないな。まあいい、疲れただろう。あまり長くは休めないが、怪我と武器の手入れはしておけ。あと腹ごしらえもな」


騎兵への対応を任せた傭兵にそう言われ、小さく頷く。

この戦いが終わるまでは俺はこの街と契約した一傭兵である。任務を終えたからといって勝手に休むことも、仕事を変えることも不可能だ。俺にできるのは次の戦いに備えて体調を整え、武器を手入れすることだけである。

………とはいえ、だ。泥沼の戦場にするためにはある程度の工作は必要である。根とコルトを通して向こう側の街は操れるだろうが、片方だけが戦下手になるだけではもう片方の陣営に簡単に攻略されて終戦である。それでは目的が果たせない。

だからといって、こちら側の陣営も機能不全にさせるため、無理に価値のない作戦を提案しても無能扱いされて作戦会議から外されるか、最悪前線で使い潰されるだろう。さて、どうするか。


「リックス。戻りましたか」


考え事をしながら歩いていると、静かに声を掛けられた。声の主は女商人に擬態しているミリィだ。

手には水とパン。差し出されたそれを受け取ると、口に放り込む。

ミリィの近くには商売で使う荷馬車が存在し、その中身は随分と捌けている様子だった。武器もそうだが、何より糧食が売れているのが大事な点である。


「ええ、やはり売れますね、この保存食は。ですが―――分かりますね」

「………」


ミリィが発しなかった言葉、それに頷く。

糧食が必要となる状況というのは、大規模な国家間の戦争ならばともかくこの街同士のフェーデのような場合に於いてはかなり限られてくる。そもそもがナポレオンを始めとした軍事指揮者が、遠征時の食糧難に対策するために生まれたのか戦闘糧食である。

勿論、街そのものが備蓄している食料限度はあるものの、基本的には街のすぐ近くで戦うのだ、常に拠点と共に戦っている以上、負傷すれば後退が可能であり、食料が尽きれば街から補給できる。この距離、規模では補給線という概念自体も生まれないため、正面切っての武力の身を削る殴り合いになるだろう。


「リックス。今までの戦況から距離と状況を反転させればいいのですよ。そのための手段はもう、手に入れたようですし」


にこりと作り物の笑みを浮かべるミリィ。どうやら俺が手駒を回収したことは筒抜けであるようだ。まあ、根と連絡を取らせている以上、長老であるミリィに連絡が行われているのは当たり前か。

露呈したところで問題のない情報ではあるが、伝達速度が速すぎる。暗殺教団を構成している人員が優秀と取るべきか。

―――今までと反転、か。

本来の用途として遠征時に多く用いられる戦闘糧食。これをこの距離で最大限に活用させるには、兵士を戦場に縛り付ければいい。常に緊張状態を強いればよい。やはり出血戦が良い手である。

そうとも。考え直せば簡単な事であった。街同士の引きこもりあいの戦争………まやかしの戦争が終わったのだ。あとは戦争の鉄則に従い、防御有利を軸とした陣地構成を行えば自動的に長期の緊張戦が発生する。

この世界は歴史において中世程度の文明能力だ。一部異常な点と特異な植物があり、大陸中の文明構成や国家間のバランスに偏りや差があるものの、それとて戦時中に急に核爆弾や爆撃機が発明され、戦場に登場するわけではない。

第一次世界大戦における西部戦線、それよりも兵器の質は格段に低いのである。ならば、この近距離における防衛線でも、泥沼にする方法はある。

幾つか考えを纏め、指示書を作成すると烏を飛ばす。仕掛けのために。



………この戦いは後世の歴史書において、たかだが都市同士の戦争でありながら頻繁に話題に取り上げられることとなる。兵士の心傷に、防衛線の重要性に。そして戦闘糧食の価値に。




***




「………カタパルトを相手に誇示するように展開?そのうえで、川を挟むように防衛線を構築………地獄ですね」


街に戻った私は、死神に指示された通りに協力者だという根に接触すると、一羽の烏を支給された。連絡手段はこの烏によって行えるそうだ。

とはいえ、場所と状況に応じてこの連絡鳥は種類が変わるらしい。国家の首都であれば鳩になることも多く、砂漠では猛禽類が使われることもあるそうだ。

これらの鳥は私から連絡を行う場合に使われる。別の人間から連絡を受ける場合は直接相手の鳥が私のもとに連絡手段を置いていく。今回のように。


「やろうと思えば一日で戦争を終結させられるはずなのに。………泥沼化そのものが目的か」


溜息を吐くと、小さな紙きれを足元の泥水に放り投げる。インクが泥の中に溶けていくのを確認し、そして裏路地から大通りへと戻った。

まあいいか、余計なことは考えるべきではない。無駄な思考の果てに始末されてしまっては本末転倒だ。

一応ではあるが、私の立場は副官だ。指示を聞くかどうかは別として、指揮権を持つ立場にある。それを加味してのこの指示なのだろうが、指示書の中に作戦指揮と立案は行うが、伴う責任は全て隊長に押し付けるように立ち回れと書いてある当たり、本当に人の心がない。死神に心などないのかもしれないが。


「皆さん、体調の方はどうでしょう」


街の中の礼拝堂に足を踏み入れる。そこに搬入された負傷兵たちの状況を確認する、という体で死神から託された傭兵の姿を探した。


「コルトさん、こんにちは。………感染症対策の観点から、軽症の方は既に別の場所に行ってもらってます。重症の方はこちらで治療を施していますが………」

「ということは、死者もいますか」

「ええ。手は尽くしていますが、街単体の医療物資などたかが知れています。そもそもこの街は元は貧困街、貧しい市民たちが寄り集まって作られた街で商人の出入りも少ない………武器こそ支援されていますけど、とてもそれだけでは足りません」


手が足りないという事で動員された、治療を行っている女性医師の泣き言は、どうしようもなく正論だ。

この街は元々、向かいの貴族街から放り出された人間が寄り集まって作られた街である。本来は小さな村であったそうだが、人が集まり、物資が集まり、長い年月をかけて貴族の街の衛星都市として成立した。基本的には住宅衛星都市として一般市民の住宅地としての役割を有するこの街は、税金は奪われるくせに政治の恩恵は与えられないという根っこの部分での不公平さが存在している。

この戦争の元を辿れば、そこに突き当たるのだ。此方の街で優れているのは人の多さだけ、金も資源も貴族街の方が多い。………そしてそんな街の兵士を従えているのは無能禿。

相手側と交渉を図ろうとした穏健派の街の古老は、無能禿の命令によって始末されている。成程な、初期攻勢が失敗したその時点で詰み、死神と出会わなければどちらにしても私に未来はないわけだ。

まあ。此方の街の初期攻勢失敗の原因を作ったのも死神なわけだが。


「………あ。彼は?」

「酷い傷でしたが、一命は何とか。目覚めるまでにしばらく時間はかかるでしょうが」

「そうですか。ありがとうございます。では、私はこれで」


腹部に包帯を何重にも巻かれた男。死神から託されたあの傭兵。

どうやら、助かったらしい。お互いに運がいいのか悪いのか、判断に迷うところだが。小さく口の端を上げると、踵を返して礼拝堂の入り口に戻る。


「………コルトさん、あなたも怪我をしているでしょう?どこへ行くんですか?」


背中に声をかけてきた医師に対し振り返ると、こう答える。


「仕事です。一応、指揮官なので」


傭兵は生き延びるという仕事をこなした。私は助けるという義務を果たした。

だがまだまだ私は労働に従事しなければならない。報酬は貰っているにせよ、私が生き延びるために勤勉さは必須だ。

勤勉に、死神の操り人形としての役割を果たそうじゃないか。くっそ面倒だが………と、心の中の汚い声を仕舞うと思案を続ける。

泥濘、泥沼。地獄の戦争に向けてやることは多い。予備戦力を纏め、補給物資の運搬、蓄積方法を定め、そして撤収させたカタパルトを再構築。その弾も用意しなければ。

続いて弓矢に長槍といった武器の準備、木組みと槍衾による騎馬突撃対策。作戦拠点を作るために必要な木材を運ぶため馬匹も手配が必要か。

頭にぶち込んだ死神の指示書の内容は密度が濃い。それ故に他の細かい調整もしながらだが、時間も足りていない。ああ、忙しい。

黒鹿毛色の長髪を頭の後ろで縛ると、優先順位を定めながら仕事を始める。


―――これを最後に、公式の記録とこの街の人間の記憶からこのコルトという女は消滅する。戦死したという説が有力だが真実は当然、別にある。







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