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TS転生奴隷の異世界暗殺者生活  作者: 黒姫双葉
第二章 A steel and a will for a merder
135/146

雇用契約



***




一人、また一人。

飛び散る血しぶきが舞い散って、地面の草木を赤く染める。新緑に覆われていたはずの森の中は、気が付けば濃密な血の匂いと腹から漏れ出した汚物の匂いで塗れていた。

―――それでもなお、目の前の死神は止まらない。表情もなく、特に感慨も抱かず。機械的に、当たり前のように踊り、そのたびに首が飛ぶ。

………顔など見知っているわけではない。ただ、仲間という括りの中に収められた、限りなく他人に近い存在。名前すら知らない彼らの命が刈り取られていく様。


「く、うううッ!!」


義憤など起こる筈もない。正直に言えば、すぐにでも逃げたい。だが、無理だろう。

褐色肌の死神は、私が逃げようとした瞬間にこちらに狙いを定め、即座に首を刈り取ってくる筈だ。事実、あるタイミングを超えてからは、真っ先に首を刈り取られているのはあの死神に背を向けたものばかり。視線を逸らした瞬間に背後に迫られ、首を飛ばされている。

残念なことに、唯一気を許せた騎兵隊は接敵した瞬間に優先的に命を奪われ、全滅している。私の味方は誰もいない。助けてくれる人など、どこにもいない。

だからこそ、手に持った重すぎる槍を握りしめた。死んでもなんて高尚な意思ではない。死にたくないから、武器を取るのだ。

………絶対に、こんな仕事辞めてやると。帰ったら今度こそ辞めてやると。固く決意しながら。





***




「………」


ここまでの殺戮数、二十二。

指揮官に相当する女を含めてもあと十人足らずか。大体この辺りが頃合いだろう。

徹底的に背中を追って殺すのはこの辺りにして置き、相手の敗走を許すべきか。これ以上皆殺しにしてしまえばあの馬鹿の命を助ける手段を失ってしまう。

右手に持ったバックソードを眺める。これもそろそろ限界だろう。血糊で随分と滑ってしまっている上に、骨を断ち切っているため刃が毀れている。無理に使えばすぐに折れる。

ふむ。いったん別の武器を持っておこう。そこら中に転がっている死体が武器を持っているので、幾らでも調達は出来る。

そう思い、武器を拾おうとした瞬間、遠くでずっと戦いを眺めているだけだった女が動いたのが分かった。


「ッッッ!!!!!」

「………?」


身の丈に合っていない長槍を突き出す女。

ボロボロのバックソードでそれをいなすと、とりあえず女の腹を蹴り飛ばす。革鎧を纏っているとはいえ、吹き飛ばされれば物理的な衝撃は発生する。樹に叩きつけられた女は何度か咳き込むと、もう一度立ち上がってこちらをじっと見た。

透き通った瞳を。淡い緑色の眼球を。


「うぐ………このッ!!」

「よ………よし!!気が逸れた!!い、今だ………逃げろ!!!」

「死にたくねぇ、死にたく―――がっ!!?!?」


バックソードを逃げ出した兵士の背中に投げつけ、串刺しにする。

そして足元の短剣を拾うと、静かに女の眼前に突き付けた。髪の毛一本分程度の隙間を開けて、その眼球の前に切っ先が迫る。


「―――」


右手の長槍を握る腕に力が入っているのが見えた。しかし、その視線は揺るがず、俺を見たまま逸らさない。

どうすればこの場から生き残れるのか、恐怖しつつもそれに飲み込まれず、怒りに染まることもなく、冷静に考えている。いい胆力だ、故に敵としてならば真っ先に殺しておくべきだが―――ふむ。

予定変更の余地あり、ということか。一度決めたことを維持でも曲げない一徹さは美徳として見られることがあるのも事実だが、臨機応変な対応というやつも生きていれば必要になる。今回は後者の方が大事になるということだろう。

使えるものは使わねばな。一応、人の命がかかっているのだ。俺には珍しく、正攻法で命を救っているのだから。

薄く笑うと、口だけで言葉を形作る。即ち、逃げれば最初にお前から殺す、と。

女は、唇を噛み締めて血を流しながらも、やはり視線は逸らさなかった。


「さて」


では、変更した予定に従ってそろそろ完全に演技の仮面を取り去ってしまうとしよう。

この女さえ残っていればそれでいい。あとは皆殺しだ。

………そうとも、最初からそうできればもっと早かったのだ。わざわざ敗走させるように立ち回るよりも速度を持って抵抗も許さずに命を奪ってしまった方が楽である。

短剣をくるりと廻し、弄んだ後にゆっくり伸びをする。窮屈な戦い方ばかりで辟易していたところだ、少しばかりの息抜きと行こうか。





***





「む」


手早く残った数人の首と胴体をおさらばさせた後、戻ってくれば女の姿がなかった。

とはいえ、逃げたわけではなさそうだ。事実、強い意志を持った視線が俺の背後を狙っていた。


「はあああああ!!!!!!」


長槍による突撃。相も変わらずと呆れるべきか、そもそもこの場ではこれしか手段として取れない故に仕方ないと諫めるべきか。どちらでもいいかと思いなおすと、長槍の刃の下、木製の柄の部分を切り落とした。


「やっ、ぱり!!無理ですよね、分かってましたよ!!!」


とは言いつつ。重たい穂先を切り落とされた槍を手早く構えなおすと、その鋭利な先端を棒術の要領で俺に向ける。

そして一度後方に飛び、距離を取ると加速、俺の顔面に向けて切り落とされた槍の先を突き刺そうとしてきた。


「………面倒だ」


二手、三手。先を考えているのは良い事だが、今は取り合っている時間はない。

木の棒と化した槍を掴み取ると、そのまま捻って女の腕から取り上げる。それを後方に放り捨てると、足払いを行い地面に転ばせた。

受け身を取る間もなく地面に仰向けに転がった女の腹に跨ると、這うように顔を近づけて短剣をその首にそっと当てた。


「殺しはしない。協力してくれればな」

「………協力した後に殺すつもりでは」

「そう思うか。利口だな、そうしてもいいが」


淡い緑と鮮血の紅の瞳が交差する。

そういえばこいつは眼鏡をしていたと思ったが、最初に蹴り飛ばした際に吹き飛んだのか。成程、整った顔立ちだ、あのあまり質がいいとは言えない眼鏡は女衒に売られないようにするための手段だったのかもしれない。


「それで、私はなにをしろと?」

「向こうで連れが死にかけている。その辺に転がっている兵士の服を着せ、そちらの街で命を救え。そちらの兵士としてな」

「………私にメリットがありません」

「あるだろう。今すぐには死なない。十分ではないか」


息の触れ合う距離で互いに交渉を行う。


「指揮官と兵士が一人だけ生き残るなど、異常では」

「証人が誰もいないのだ、物語などいくらでも書き換えができる。それに負傷兵を抱えて下がるのは敵前逃亡には当たらん」

「………」

「今、後方に下がっておかねばあの無能と共に死ぬが。いいのか」

「………私が裏切るとは思わないのですか」

「思う。故に、保険を掛ける。毒だ、解毒薬が欲しければ指示に従え。今回も、これからも、これから先も。まあ、尤も―――それでも尚裏切れば、例え糞をしている最中だろうが睦言の途中だろうが必ず見つけ出し殺してやるが」

「………あー、もう………はぁ。………ちなみに。ちなみにです、期待はしませんが、それ―――給料は?」

「む」


給料、給料だと?………それは、ふむ。面白い。

確かにそうだな、俺たちのような暗殺者集団ですら給料………正確には報酬が発生している。経済学に従うならば仕事とそれに応じた報酬はセットであることが必須事項だ。

成程、給料か。人は恐怖で従わせることが出来るが、継続的にやる気を出させつつその心身を掌握するならば利益によって支配することこそが有用な手段となりうるわけだ。


「いいだろう、望むままにくれてやる。では、雇用契約といこうか」

「………ぅむッ!?!?」


女の口元に噛みつくように口を当て、口の中に潜ませていた薬を無理やり飲みこませる。

そして、そっと顔を離すと懐から取り出した金貨が収められた袋を、女に向けて放り投げた。


「ようこそ、糞と血に塗れたこっち側へ。歓迎しよう―――ああ、名を聞いていなかったな」

「けほ、うぇ………コルト」

「そうか。それでは働け、馬車馬のように」


立ち上がると、コルトに向けて手を差し出す。

さて。此方はまだ見極められてはいないが………使えるか使えないか、成長する余地があるかないか。しっかりと観察するとしよう。




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― 新着の感想 ―
[良い点] おぉ、今回の章は手駒がどんどん増えていく…
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