死兵舞踏
***
「………」
まず始めに出てきたので何のことはなく切り落とした首を放り捨てる。
雑兵とはいえ数は多い。平地での戦いであれば、本来の戦い方を封印している状況では普通に殺される可能性もあったが、一群をこうして森の中におびき寄せることが出来たのであれば問題は一切なくなる。
視線を前に向ければ、十数メートル先に背丈にもその体の筋力量にも見合わない重量のある槍を持った女が見えた。その周囲には数人の騎兵か。馬に乗り、巨大な馬上槍を構えてはいるがかなり動きにくい様子であった。
「きょ、距離を取って叩け!!!」
「近づいたら殺されるぞ!!!??」
本来の統制上であれば、現場指示を出すのはあの女の筈だろうが、恐らくはあの隊長とやらに無理やりに連れられてきた口か、この状況を判断するだけの権利も能力も持ち合わせていないらしい。
当然だろう、肉体の造形を見るにあれは明らかな事務処理担当。戦場に連れてくるべきではない、文官に相当する存在だ。
そして。現場で生きる兵士と本部で椅子に座り情報と数字を基にして戦況を構築する参謀。その二つが水と油なのは周知の事実である。あの女自身の能力や本来の立場がどうであれ、この場の兵士たちはあの女のことを善く思ってはいない。
義勇兵とはいえ、現場と上層部の意識の乖離はどこにでも起こりうるもの。それこそ現代の会社という枠組みでも起こりうることなのだから。
「弓持ちは!?!?」
「親衛隊の中にはいないぞ!!!」
「槍だ、槍で遠間から刺せ―――ァ、が、カ、ァ!?」
うっかりと背後を振り向いてしまった間抜けに接近すると、首元にバックソードを突き立てる。その後、しっかりと剣先を捻じることでとどめを刺すと、取り落とした長槍を拾い上げた。
さて。騎兵はそこまでいないが、それでも隊長の男の見栄の張り方の一種だったのか、多くが革製の鎧を纏った親衛隊を名乗る歩兵たちは、数だけは多かった。
勿論のこと、国家規模―――本来の意味である国家元首を守護するという意味での親衛隊とは規模は天と地ほどの差があるが、一個人が相手にするには少々厄介な数である………普通ならば。
捩じ切り、重苦しい体から解放された首を振り回し、その血しぶきを周囲にばら撒く。ただの目くらましだ、深い意味はない。
その振り撒かれた血液の中、素早く回転し周囲の様子を探ると、人数の目算を定めた。
「………」
総勢、三十名程度か?騎兵を除いた歩兵の総勢が二百名程度、そのうちの三十名を歩く飾りにしているとは恐れ入った。遊兵にもほどがある。弓を持っていないという事は先ほどの斉射の才にもただ槍を持って突っ立っていただけというのだから。エリートの称号でもある親衛隊という称号だけを使いたがったツケだろう。こうして、そのツケを本来ならば関係がなかったはずの別の責任者が背負っているのを見ると、人間のやっていることは昔から何も変わっていなかったと理解するが、それはさておく。
さて。今現在、刈り取った首の数は二つ。長引かせれば騎兵も歩兵も数を増す可能性もある。騎兵はもはやどうでもいいが、歩兵が増えるのは時間の浪費だ。あまり長丁場の争いを続ければ、あの馬鹿が死ぬ。一応生かすために戦っている以上、あれが死ぬのが俺の敗北条件なのである。
一方の勝利条件だが、これが意外にも面倒くさい。ここで敵兵を皆殺しにしてしまうと、あの馬鹿を生かすための仕掛けを掛けようがなくなる。ある程度絶望的な戦力差を見せつけ、一部兵士に敗走してもらうのが最適解だ。まあ、大多数には死んでもらうが。
「この………人でなしがァァァァァ!!!!!突撃ィィィ!!!!」
「………、」
血を吹き出し終えた首を投げ捨てる。
歩兵たちは一瞬の血の雨に呆けているが、やや距離を取っていた騎兵たちは物理的、心理的双方の目くらましである仲間の血の雨に動じていない。これだけの行動をすれば、怒り狂って攻めてくるのは理解の範疇である。
人間、仲間の死には敏感なものだ。仲のいい人間が死ねば、心は乱れ、憤怒することもある。それが利点として働く場合も多いが、今回はそうではない。
「ま、待ちなさい!!ここは………あ、あァ!!」
奥の女が騎兵たちの突撃を止めようしたが、怒りに支配された精神状態では冷静な判断などできる筈が無い。静止の声が耳に届くことはなく、駆け出した騎兵たちは普段よりも速度の出ない状況に疑問を覚え、その瞬間にある者は馬から叩き落とされ、あるものは首を折られ絶命していた。
「な、なにが………ひ、ァッッ?!!」
森の中で馬を自由に駆けさせることが出来るのは、山岳或いは深き森の中で生物と深く親しんだものだけだ。兵士には荷が重い。
………森の中で騎兵は何の役にも立たない。馬という機動力を失い、長大な武装は取り回しに制約が付いて回る。重い鎧では木の根に引っ掛かりまともに歩くこともできず、異変を見つけたからと言って振り返ることすら難しい。つまり、カモである。
あくまでも騎兵は平地において有用な兵科なのだ。まあ、この辺りは割と有名な話である筈だが、頭の中に何も詰まっていない隊長とやらはそれを理解できていなかったらしい。
勝手に走って勝手に落馬していく兵士たち。ならば、俺はその自滅した兵士の元へ歩いて行って一人一人殺していけばいいだけだ。実に効率的である。
強固な鎧も、格闘戦………とりわけ関節技には脆い。特にうつ伏せに倒れたものに対しては背後にのしかかり、首を反対方向に曲げてやれば首の骨が体外にこんにちわしてさようなら、というやつである。仰向けの場合は首元か目に剣を突き立てればいい。
一応他の関節技でも戦闘能力を奪えるが、時間がかかる。効率的に、素早く、確実に殺すには殺人技と武器を使うのが一番だ。
「ぅー、………」
素早くこなすと、唸りながら一息つく。
さて。騎兵は数名しかいなかった。これで全員仕留めたか。かかった時間は十数秒程度、それなりの時間だ。
腕と剣にこびり付いた血液を服で拭うが、もう服の方が血に染まっており、あまり多くは拭きとれなかった。少々血糊で滑るが、まあ殺すに支障はない。
ぐるりと歩兵の方に視線を向けて、薄らと唇を裂き、鮮烈に笑って見せた。
「―――化け物だ………」
「お、俺は………逃げるぞ??!無理だ、俺達みたいな初心者に………ぃ、ひ?!」
心の揺らぎは隙である。心の揺らぎは眼球の動きにも影響する。視線が彷徨うという事はそれだけ不測の事態に対する行動が遅れるのだ。
だからこうして、一瞬で相手の目の前に現れて見せることが出来た。まあ、戦う気力の奪い去られた雑兵ですらない有象無象、どうにでもなるのだが、敗走に駆られるほどの絶望感を与えるには立ち振る舞いも必要だ。戦場の華、騎兵を高速で仕留めて見せたのも、その立ち振る舞いの一種である。
「―――」
逆手に持ったバックソードを眼孔に突き立て、捻じる。一人仕留めたので、その体を盾にして自身の肉体を隠す。そのついでに周囲の人間の位置を把握。
森の木々のすぐ横に立っている人間は狙い目だ。此方は狙い易いが、相手は逃げにくい。さあ、戦だ。相手の嫌がることは率先してやらなければな。
地面に横たわろうとする仕留めた兵士の肉体の影から飛び出すと、木の近くにいた別の兵士の首に手をかけ、くるりと回す。さらに一人。ついでに近くにいた兵士三人程度の首に痛烈な蹴りを叩きこんでやれば、頚椎損傷で重体、戦線離脱だ。放っておかれるのは必須であるため実質死亡だが。
息継ぎ、呼吸を入れる。体内に酸素が循環したのを認識すると、思考と眼球をぐるりと回す。優先事項は武器を手に取ろうとしている、未だ戦う気力のある者だ。
「あああああ!!!!!!!????」
鞘から引き抜かれた剣。がむしゃらに振られたそれをバックソードで受け止め、一瞬鍔迫り合う。その直後力を抜き、相手の体勢を崩した後に再度力を込めれば、剣は手から離れていった。
「―――は?」
致命、絶望。その中で生み出した蛮勇に賞賛を。お前は運が悪かったのだろう。
………首をなくした胴体が地面に転がった。次は。俺はあまり時間がない、手早く済ませたいのだ。
血風の中で嗤う。効率的に殺戮を行う死神の踊りはまだ続く。