斬首戦術
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―――武装市民、義勇軍大隊長。
市民としては異常なほどに鍛え上げられた、屈強な肉体を持つその男は、単純な思考回路で邪魔な穏健派どもを片付けたことに浮かれていた。
「塵掃除、完了いたしました。あとは敵を片付けるだけかと」
「よし、素晴らしいな。我らの総意に反した人間に対しては当然の報いだろう。………秘密裏に展開しておいたカタパルト部隊はどうした?」
「有効射を確認後、撤収作業に移り変わっています」
「………あの街から出てきた部隊の追撃には使えんのか」
「残念ながら、既に弾が尽きております」
舌打ちをする。カタパルトは動力源が単純である代わりに、弾も打ち出すカタパルト本体も移動に大砲よりもさらに大きな時間を要する。向きの転換すら面倒だ。勿論威力的にも大砲には劣る。仕方がないだろう。
………だが、それでもこれらの道具が利用されているのは、大砲の量産や準備、火薬等の精製に非常に手間と金がかかるからである。古き時から使われているものは製造も運用も方法が確立されており、扱いやすい。
「予め定めておいた次の地点に移動させておけ。ははは、これからやっと戦争が始まるからな」
「………隊長は戦争がお好きなのですか?」
「俺がか?まさか、だが我々の自由を奪う相手には、そして利益を奪う相手には報いがいるだろう」
何を当然のことを、と言いながら先ほどから俺に報告を重ねている女の義勇兵の尻を撫でる。
眼鏡をかけた整った顔立ちの女だ。長身で少しばかり視線が鋭利であるため冷たい印象を与えるが、なに………きっとベッドの上では綺麗に啼いてくれるに違いない。何せ、いい身体つきをしているからな。
「………追撃隊、配備完了しています」
俺の手から逃げるようにして距離を取ると、パピルス紙を捲って更なる報告を重ねる。なんだ、俺の手が不満か。
この地域の次なる王はこの俺だというのに。今のうちに気に入られておけば、甘い汁が吸えるのだがなぁ。まあいい。
「よし、では俺が出て指揮を執る。お前もついてこい」
「は?いえ、私は軍事訓練など受けておりません。ただの、秘書………いえ、伝令兵です」
「なに、恐れ逃げる敵の尻をやりで突き刺すだけの単純な仕事だ、これで勲章がもらえるならば安い仕事だろう?そのまま城門を崩してしまえば物量と速度、双方を用いて相手を滅ぼすことなど簡単だ!!」
「いえ、足を引っ張りかねませんが。私は、素人そのものです。馬にも乗れませんよ、私は」
御託を並べる女に対し大仰に手を振って見せる。そして、華美な装飾が施された鎧を着こむと、大きな槍を手に取り女に近づいた。
「義勇兵士だろう?己の意思を突き通すために蜂起したのだろう?ならば、責任は果たさなければな!!」
「………私の記憶が正しければ、隊長が私を無理やりにこの地位に置いた筈ですが」
「そんなのは些細なことだ!!それにだな、問題はない。この俺が守ってやるからな!!」
女が溜息を吐く。どうやら納得したらしい。
尻を叩くと、鎧を着て来いと部屋を追い出す。そういえばあの女は元は穏健派の秘書だったか。和解などと甘いことを言う鈍間共の毒牙にかかる前に俺の手の内に取り返せたことは幸運だった。
「さて。では仕事の時間と行こうか」
そういって、意気揚々と街の門へと向かう男。
「………はぁ。もう、辞めようかしら、この仕事」
そんな風に零れている声に、気が付くこともなく。
***
「………」
前方、全身を鎧で包んだ騎兵部隊多数。
目視換算で凡そ五十人程度か?馬というのは基本的に高級品だ。騎兵部隊を五十騎も用意しているあたり、この戦争は踊らされた結果であれど本気で取り組んでいることは理解できる。
さて。騎兵、戦場の華であり尤も速い部隊。平地において縦横展開に優れた騎兵は、遊撃部隊として最も効果的な存在である。
そして最も厄介なことは、歩兵では基本的には追いつけないという点だ。長老たちならば追いつくこともできるだろうが、俺はそこまでの速度を常時出すことは出来ないし、演技をしている以上は一瞬ですらそれだけの速度は出せない。
あくまでも今の俺は普通の人間の範疇で、普通の人間の戦い方をしなければならないのだ。
「進め!!進めェェ!!!」
「馬鹿野郎、馬に撥ねられたいのか!!誰か飛び道具はないのか?」
「あるわけないだろ、そもそも俺たちは戦いに来てるわけじゃなかったんだぞ!!」
後方では傭兵たちが揉めている。まあ、指揮するには実力の足りていない人間が陣頭指揮を執っているというのは部下からすれば憤死ものだ。指揮系統が混乱してしまうのは当然の事だろう。
それでいい。存分に惑ってくれ。
ある程度の戦果を挙げた後、数人残って死んでくれれば、撤退の大義名分も戦闘したという結果も手に入る。
「………」
騎兵部隊の後方に破城槌とそれを護衛するレザー等、騎兵よりは安価な素材の防具を纏った歩兵部隊。人数は二百人程度か。
現在の軍隊風に言えば中隊規模というやつだが、こちらの数は十人程度と来た。真正面からぶつかり合えば物量の暴力で簡単に潰されるな。
この世界ではまだ科学技術が未発達で、空を警戒する必要はない。いや、少なくとも街規模の衝突、そしてこの地形では思考を割かなくていい。
勿論のこと、稼働に時間のかかるカタパルトや強力とは言え満足に生産されているとも、配備のノウハウや運用が確立されているとも言い難い大砲も思考の外に置いておける。
どこまで行っても人間同士の戦いだ。ならば、如何に工夫して相手の首を刈り取れるかだけを考えればいい。口元に指を置く。状況把握から始めよう。睨みつけるようにして戦場を見渡した後、ゆっくりと指をさす。
「どうした、リックス」
「………、………」
「糞、喋れねぇやつを戦場によこすんじゃねぇ!!………あ?なんだ、あれ」
ロリコンが何かに気が付いた。いや、気が付いてもらわれねば困るのだが。
俺の指の先にいるのは、歩兵中隊の戦闘を馬乗って歩く、女性歩兵を連れた大男だった。華美な装飾といい、旗持ちこそいないもののあれが部隊の中核であり、指揮系統の大本とみて間違いあるまい。
木板を取り出すと、炭で文字を描く。
「首を切る………あれを刈り取るってのか?」
傭兵の一人の言葉に頷く。そして、無感情にそいつの瞳を見つめた。
「出来るのか?」
「………」
もう一度頷き、曲刀を抜き放った。
「よし、じゃあやってくれ。頼む―――リックスが相手の部隊の頭を潰す!!俺たちは騎兵部隊だ!!!川を渡り切らせるなよ!!」
「俺は、そこの女を援護する!!」
「………」
ロリコンの言葉に、思わず少しだけ嫌そうな顔が出てしまった。
まあいい。肉盾くらいにはなるだろう。
「おい、なんだよその顔は!!?」
「………」
無視だ。抜き身の刃を揺らしつつ、迫り来る騎兵部隊を静かに見つめた。
やはり部隊を相手にした戦術単位でも、斬首作戦は王道であり絶対だな。とはいえ実戦経験はないが、本やら座学やらの情報を試してみるだけの価値はあるだろう。
緩やかに体を動かすと、加速する。
さあ―――踊り始めよう。
「………接敵!!!女が―――ァガァッ!?」
まず一匹。
すれ違いざまに跳躍すると、体を上下に反転。戦闘を駆ける騎兵部隊の男の首を的確に削ぎ落す。
硬く高価なプレートアーマー。しかし、それを装着しているのは訓練された兵士でもなければ、弱点を熟知している戦士でもない。結局は市民でしかないのだ、首の付け根が弱点であるという事実は知っているかもしれないが、かといって内部に鎖帷子を着こむという選択肢を取っていない。故に、落とせる。
いや。違うな。正規の騎士として訓練されていないのが、切り裂いた肉体の質感で分かる。一般市民が蜂起しただけの兵士では、本来ならば鎧に加えて鎖帷子を備えてでも動けるように設計されている筈のプレートアーマーの重量に肉体が耐えられないのだ。
全身に負荷を振り分けるアーマーとは違い、鎖帷子は肩にすべての重量がかかってくる。馬に乗りつつ鎧を纏い、さらには槍を持ち………ともなれば、それ以上を装備するという選択肢を取れなかったのだろう。
「………」
なんだ。存外に、簡単に落とせそうだな。
では、常通り。油断せずに行こうか。空中で体勢を整え、着地するとさらに陣形の奥に向かって走り出す。