混沌戦域
「部隊を下げろ!!馬鹿共が突っ込んでくるぞ!!!」
「泥沼だなぁ、おいおいおい!!!」
「………」
周囲を見渡す。俺たちのいる街は東側にあり、その真反対である西側に敵対する街がある。
しかし、カタパルトは南方から飛んできた。まあ、当然だ。内々に定められ、穏健派ごと潰してしまおうとする秘密作戦。それを行うというのであれば、双方の街から離れ、尚且つ戦場が見渡しやすく、兵器を集めているのが認識されない箇所に集結する必要がある。
カタパルトはこの世界では高価な大砲の代わりによく用いられる戦場兵器だ。ほかには強力で巨大な矢を放つバリスタ等もあるが、あれらは古代の三国志の時代にも使われていたため、まあ違和感はない。
だが、近代でも同じように大砲を始めとする巨大兵器というやつは、一門だけでは大して役に立たないのだ。砲弾を打ち放ち、そうして耕す先が人間であれ敵の拠点であれ、兎にも角にも量がいる。
何門も集めて漸く兵器となる。それが準備も移動も稼働も時間を食う大型の戦場兵器の欠点である。
「………」
逆に言えば、だ。
敵の砲門は使節団との会合を行うこの場所に多く向けられている。ここから離脱すれば、敵の砲火にさらされる心配は減る。
天から降り注ぐ鉄の玉というやつはどうにも厄介なものだ。質量の暴力に加え、重力による加速。投薬兵でもないのであれば、或いは長老たちやパライアス王国の将軍でもないのであれば、人間など即座にミンチになる。
それに関しては、この戦況を作り上げた俺にとっても同じである。
「おい!!―――撤退だな?援護する!!」
「、」
「ああ、お前話せないんだったか??!!糞、やり難い!!」
数人、統制を取り戻した傭兵たちがイラグの周囲に集まり始める。
初弾は見事に敵も此方も全ての頭を刈り取ったわけだが、こちら側に集められた兵士の大多数は現地において自己判断を行う傭兵だ。シンプルに言えば、頭を刈り取られても勝手に行動できるのである。
………寧ろ未だ統制を取り戻せていないのは使節団側だ。騎士や傭兵とは違い市民が武装したものであるというのは、根源的に闘争に慣れ親しんでいない人間であると定義できる。
要は予定外の事には対応できないわけだ。彭城の戦いを見てみるがいい、劉邦の軍の規律やその指示系統等にも多大に問題があったが、それでも戦争の本質である物量で勝っていたにもかかわらず五十六万の兵が項羽率いる三万の兵に破れたのは、劉邦の兵士たちが烏合の衆であったからに他ならない。
「ひぃ、ひぃ………痛ェ、足に弾丸もらっちまった………」
おや。背後を見れば先ほどのロリコン傭兵も生きているのが確認できた。
便利に使う前に死んでしまったかと思っていたが、生きているのであれば利用できる。
集合した人数を確認する。最初街を出た時、俺たち偵察隊は五十余名だった筈だ。今イラグの周囲に集まっているのは、三十名弱。カタパルトに潰されたもの、錯乱した相手兵士に運悪く撃ち殺されたもの、様々な要因で数を減らしている。
相手側も同じだ。此方の反撃と相手にとっては味方である存在からの不意打ち。損耗はどちらも激しいが―――なに、双方五人六人程度が戻ればそれでいい。
というより、相手の思考回路を奪うために、選択肢の多様性を奪うために。ここで多く死んでもらった方が効率がいい。
懐から木板を取り出す。意思疎通手段は口だけではない。
細い木炭でその板の上にミミズがのたうった様な字を描くと、イラグとその周囲の指示を出せるだけの頭がある傭兵に突き出した。
ついでにロリコン傭兵の首根っこを掴む。
「殿を務める、だと??」
「………」
「そいつと一緒にか!!」
「え、俺?!いや、俺怪我してんだけど!!!」
「………」
「そうか、意志は固いようだな」
―――こちらの判断はいくらでも書き換えることが出来る。
だが、向こうの都市には手も足も口も届かん。ならば、唯一干渉が可能なこの戦場でできることはしておかなければならない。
「お前は先ほど判断が速かった。私の護衛をしてほしいが………相手側を見るに理性など期待できそうにはない。誰かは残る必要があるだろう。そして殿を務めるならば、優秀な人間でなくてはならない」
「とはいえ一人では、というやつですな、騎士殿。………む」
イラグの隣で思考を重ねる老年の傭兵が西方にある街の門を見て、顔を顰める。
「増援と来たか………破城槌まで持ち出すとは、一息に我らの街まで攻め込むつもり、か?」
「不意打ちにカタパルトを持ち出すような連中となれば、その速攻も疑問にはなりますまい。拙速は多少の作戦を覆すことも戦場ではよくあることですぞ。………ふむ、騎馬兵も見える。あまり話し込んでいては追いつかれるか」
「街に異常は当然伝わっているだろうが、部隊の編成に物資の配分、民への通達―――こちらはとにかく時間を浪費することばかり。我らが持つ情報は素早く、正確に伝えねばなるまい」
「ならば、我ら傭兵団の出番ですな。君、少女よ。名は?」
老兵に問われ、同じ字でリックスと名を答える。
「では、リックス。十人程度この地に残す。君の申し出はありがたい、殿を務めてくれ」
「………。………」
頷き、しかし疑問を感じたように首を傾げた。
そのまま木板に木炭を走らせると、老兵の前に掲げる。
「指示は、と来たか。成程、君に頼みたいところだが」
「………」
喉を指させば、指示を出すだけの役職にある人間だ、すぐに納得する。
「ああ。しゃべれなければ伝達には致命的だ。―――そこのお前、戦歴は?」
「お、俺は………六、いや………十年だ!!」
「………」
つまらん見栄を張ったな。まあいい、死に向かうのは同じである。
「他の諸君は?」
「五年………」
「八年だ」
「い、一年………!!糞、嫌だ………俺は、死にたくねえぞ!!」
「傭兵として生きる道を選んだのならば、この程度の苦境はいつものことだ。諦めろ―――さて。殿は重要だが騎士殿を守るのも大事だ。どちらも大事であればより大事な方に多くの精鋭はつくべきだろう」
その判断は道理だ。道理であるからこそ、俺にとっては非常に都合がいい。
「少数精鋭の人間でイラグ殿を街まで送る。幸い、カタパルトによる打撃も止みつつある。こうして残党を刈りつつ、蝸牛のように移動していても狙われていないのがその証拠だな」
「つ、つまり?」
「遅滞戦闘くらいできるだろう。手頃に戦い、適当に撤退しろ。指示は戦歴の長いお前がやれ。これは命令だ」
「ふざッ!!俺は!!怪我を、してるんだぞ!!??」
「それがどうした。十年も戦っているならばその程度日常茶飯事だろう」
「………ぐ、ぅ!!」
ロリコン傭兵が黙ったところで指示は決定された。当然だ、傭兵団は国家や街と契約し、金によって動く兵士である。
そして、だ。兵士であるならば、指示に従う以外の選択肢はない。個人の傭兵というやつはあまり信用されない上に、史実においても契約替えや裏切り、略奪行為等が頻繁に行われていたが、傭兵団ともなればそういった行為をした瞬間に即座に罰せられる。
傭兵団そのもので反逆行為を行うこともあるが………まあ、そういう手合いは同じように他の傭兵や賞金稼ぎに始末される。末路として当然だ。
「では、健闘を祈る」
「………腰抜けめ………」
まあ、傭兵も人間だ。金は命の価値より高価になるときも多いが、されとて金のために誰もが命を捨てられるとは限らない。というより、他人の命なら金に負けるが、自身の命は金より価値があると考える手合いが多い。
故に、殿として残される方からしてみれば溜まったものではないのだろう。なにせ、西方の街からは本隊と思われる兵士たちが出てきているのだ。物量で擦りつぶされる未来が見えてきている以上、逃げたいと思うのも心理としておかしなことではない。
口の悪い言葉を吐き捨てたのは、そのためか。………まあ、どうでもいい。
「………」
曲刀を鞘にしまう。遅滞戦闘というが、物量が違うのだ。ここで待っていても意味がない。
接近し、かき乱す。移動し、切り刻む。特に難しく考えることはない。
それよりも重要なのは………さて、より泥沼にするためにはどれほど殺すべきか。
人間の憎悪を適度に刺激するのがいい。ではその刺激できるだけの戦果は何百人程度か。此方の損害はどれほど出すべきか。どちらも怒りと憎しみで我を忘れてくれれば、戦争が長引き悲惨になればなるほど、俺たちは儲かる。そして、伝えたい情報もより長く、遠くに広がることだろう。
「お前のせいだぞ、小娘!!!お前が………」
「………」
肩に置かれた手を弾く。
木板に木炭で文字を描くと、眼前に叩きつけた。
「さっさと指示を出せ、だと………こ、この………!!」
「そうだ、そうだぞ!!お前、部隊長だろ?!早くどうするべきか言えよ!!」
「逃げようぜ、バレねぇって………」
「………」
”バレたら、絞首刑か斬首刑か。違反者の末路は牢獄行きだろうな”、と。
静かに書き込んだ。それを見た傭兵たちが言葉を詰まらせ、舌打ちをする。
「いいぜ、頭を使おう。生き残るために、だ。まずはお前、指示を出せ、早く」
「指示??!!糞………前進だ前進!!考えんな、全力で突っ込んでかき乱せ!!!」
ほう。当人としては苦肉の策だろうが、間違ってはいない。
判断が正しいのは幸運だな。それがどこまで続くかは見ものだが。さて………指示を一任した人間による攻勢判断だ。ならば、部下である俺は存分に踊るとしよう。
「殿だぁ!!??俺は死ぬ気はねえぞ、傭兵やってんのだって沢山女を抱けるからだ!!!戦場なんて糞喰らえだ!!おら、行け!!全員ぶっ殺せ!!!!」
「………、………」
まあ、人間の欲求に正直なことは否定はしない。今となっては生物学的に女である俺からしてみれば、その理由は実にくだらないと思うが、男などそんなものともいえる。
声なく溜息を吐くと、走り出した。戦場から、戦場へ向かって。