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TS転生奴隷の異世界暗殺者生活  作者: 黒姫双葉
第二章 A steel and a will for a merder
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一種実果




陽は沈み、夜が明け、翌日。

宿を出た俺たちは、宿屋から貸し与えられている馬車小屋に向かうと、早々に出立の準備を始めていた。当然本当に外に出るつもりはない。あくまでもパフォーマンスとして、である。

尤も、見せかけとはいえ実際に荷物を片付け、馬に餌を与え、いつでも街を出られるようにという状態を作り上げてはいる。相手にそう思わせるならば徹底的にやらなければならないというのは、騙すという行為を行うならば当然のものだ。詐欺師とて中途半端な行為はしない。


「………」


とはいえ。この”見せかけ”もそう長く続ける必要もないだろうが。

腰に携えられた剣に手をかけると、準備を続けている馬車の荷台の影に隠れる。俺の耳が捉えるのは乱雑な足音。そして荒い鼻息だ。


「おい、この前の女商人はいるか―――おぉッ?!!?」


怒鳴り声が聞こえた瞬間、荷台から飛び出すとその声の主の首元に剣を突き立てる。


「待ちなさい、リックス!!………失礼しました、旦那様。戻りなさい、リックス。そして謝るのです」

「………、………」

「お、驚かすなよ………いや、すまん。こればかりは急に声をかけた私のほうが悪いな」


刃を鞘に戻すと、一歩下がって頭を下げる。

尻もちをついた怒声の主は、街についてすぐにビスキュイの取引を行った調達部門所属の男だった。自身の首元を何度か摩り、首がつながっていることを確認した男は立ち上がると、ため息をついてから改めて俺たちに話しかける。


「おい、あんた。確か、武器と戦力を売れるんだったよな?なら、その護衛を借りたい」

「リックスを?構いませんが、理由はなんでしょう。この子は私の大切な兵士です、安全な信用できる護衛でもありますし、あまり変なことにはお貸しできませんが」

「………軍の機密情報に触れる」

「成程。では、残念ですが―――私共はこの街を出立させていただきますわ。商談不成立ということで」

「おい、待て!分かった、話す!!」


ミリィの瞳が男のほうを向く。

男もその理由で戦力を借りれるとは最初から思っていなかったのだろう。あくまでも仕方なく話したという事実を明確するためのやり取りであった。

咳ばらいを一つした男は、声を低くしてミリィの耳元に近づき、何事かを呟き始めた。

………まあ、読唇術を使うまでもなく、暗殺者としてそれなりに修業した俺の耳には聞こえてきてしまうのだが。


「向かいの街から斥候がやってきた。一定数の武装した兵士がこの街に向けて侵攻中だ。だが―――」

「まだ敵対していると判断はできていない、と?」

「そうだ。残念だが、我が街の騎士たちを向かわせ、防衛線を築くには決定力が足りん。軍を動かすにも理由がいる、分かるだろう?」

「ええ、勿論ですわ、旦那様」


ミリィが薄く微笑んだ。こればかりはどの時代でも変わらん。大きな組織、武力を持つ集団。それらが活動する大義名分を得るには相応の理由が求められる。例えば国防のため、例えば災害救助のため。中世ヨーロッパに近いこの世界でも当然、不用意に武力を振るうわけにはいかないのだ。


「相手の目的が不明確である以上、騎士を前面に出すわけにはいかないという事ですね?」


相手が和解を申し込もうとしている場合、騎士を前面に出せば威圧行為と見なされる可能性がある。和解する気などないという態度に思われるわけだ。だが、だからと言って防衛行為を一切しなければ相手が攻める気だった場合、或いは街の情勢を探りにやってきた偵察だった場合………みすみす先制攻撃や情報の漏洩を許すことになる。

そもそも、中世ヨーロッパでは個人間、或いは都市間でフェーデと呼ばれる私闘が合法的に認められていた。古代ゲルマン人の血の復讐に端を発するこれは、権利が侵害されたと判断した側が侵害した側に向かって実力行使を行うことが合法的に認められていたというものであり、中世世界においての闘争、紛争の理由の一つとして広く知られている。

―――この都市間の戦争は、権利が侵害されたと主張する平民側が起こしたフェーデだ。事実やその内部に潜む俺たち”暗殺教団”はさておいて、形式上は間違いなくその言葉で表される私闘でしかない。

当然ながらフェーデにも作法や法律があり、それこそが紛争であると称される最大の理由なのだが、一度フェーデであると認められればある程度は武力の使用が認められる。

………ならばなぜ男は騎士を向かわせることを渋るのか。それはこの紛争が、戦闘行為がほとんど発生していない特殊な形態の戦であるためである。


「此度の戦争、双方未だに一度も剣を交えていないと聞きましたわ」

「そうだ。此方側も相手側も一人も死傷者が出ていない。戦争しているんだかしていないんだか分からない有様だ」

「それは大変ですね。有利も不利も―――趨勢が定まっていない以上、降伏勧告も何もできませんもの。それは相手側も同じでしょうが」


振り上げた刃の降ろし所がどちらもわからない。それどころが振り上げた刃が今どこに向かっていて、誰に振り下ろされそうになっているのかすらわからない。この紛争は、そんな状態なのである。

相手が優勢ならば向かってくる使節団はこちらに降伏を知らせに来るものだと判断できる。だが、今の状態では向かってくる武装した集団が、最初の攻勢である可能性が否定できない。

万が一に備え、防衛はしなくてはならないが、かといってあまりにも明確に防衛体制を築けば、こちらが今から攻勢を仕掛けに行くところだと相手に判断され、余計に戦争を続かせる理由になってしまうかもしれない。さらに深く考えれば、相手はそうして軍勢を無理やり出させ、戦争を続かせる口実を作りたいのかもしれない―――と。

雁字搦めなのだ。勿論、本当に相手が和解を行うためにきているのならば武装は解除しているのが普通であるため、この街側は相手は戦をする腹積もりであると怪しんでいるだろうがな。

こういう思考をさせるために、武装したまま向かいの街から人を出させたのだから。

………まあ、あくまでも名目は交渉のためだ。事実として和解であるとは決まってはいないのだが。


「………」


さて。相手の出方が分からない以上、はっきりと騎士を並べるわけにはいかない。ならばこの街が取れる防御手段はどうなるか。


「騎士は万が一に備え、城壁の内側で待機させる。………代わりに相手の兵士たちとの交渉は、君の護衛を始めとした傭兵たちに任せたい」

「街所属の騎士ではない傭兵ならば、中立の立場で交渉できる、と。理由は分かりましたわ」


まあそうなるだろう。

というよりそういう状況になるように指示を出したのだ。燻ぶった種火を燃え上がらせるには、どうにかして俺が外に出て引っ掻き回せる状態を作り上げなければならない。

………いや。引っ掻き回すのは正確には俺ではない。俺だけ(・・)ではないのだが。それはどうでも良いな。


「リックスを貸すのは承知しました。ですが、私の護衛が誰もいなくなってしまいますわ。安全な場所をお貸しいただけて、荷物もしっかり守られるのでしたら………そうですわね、六十万ルールでどうでしょう」

「………それは戦争に発展した場合もそれで借りれるという事か?」

「まさかですわ、旦那様。その場合、追加で四十万ルール―――大切な護衛ですもの、安くは貸せませんわ。ですが、腕は折り紙付きです。どんな状況でも必ず役に立てるかと。ああ、値切りは遠慮ください。人の値段は安くはできませんから」

「奴隷ですら値を上げて買い取る、か。よし、いいだろう!!その値段で買った!暫くその少女を借りるぞ!!」

「ええ。リックス、行ってくれますね?」


腰を屈ませ、目線を合わせたミリィに問われ、頷く。瞳の奥で、彼女が愉快気に虹彩を揺らめかせているような感覚を覚えた。どうやら、俺のやったことは一定の成果と満足感を与えられているらしい。

一つ、種は実り成果という果実をもぎ取ることが出来た。では、このまま他に蒔いている種も回収するとしよう。支払いに関する書状をミリィに渡した後、俺に声をかけて歩き始めた男についていく。刃の様子を確認しながら、次の算段を整えるために思考を回した。

兎にも角にもまずは、街の外へ出てからか。そう判断すると晴天の中、仕事場(せんじょう)へ向かった。






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[一言] いよいよ開戦間近。
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