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TS転生奴隷の異世界暗殺者生活  作者: 黒姫双葉
第二章 A steel and a will for a merder
122/146

商人閑話



***




「おい、あんた。あっちじゃ小さな………つってもそれなりの規模の戦争が起きてんだ、あぶねぇぞ」

「いえ。その紛争地帯に物を売りに行こうかと思っていまして」

「………見かけによらず、なかなか剛胆だなぁ、嬢ちゃん」


スプリングもなく、乗り心地はあまりいいとは言えない馬車の上。御者台近くで足を放り出して座りながら周囲を見渡していると、石造りの街道も消え失せ、土ばかりの道となったところで立ち往生している別の行商人に出会った。

刈り上げた短い頭髪に自然とついたのであろう、常人よりは盛り上がった筋肉。腰には剣があるがあれは護身用か。行商人の座る御者台近くには、ボウガンも収められているのが見えた。

旅慣れた行商人。この印象に間違いはあるまい。


「………ま、同じ商人のよしみだで教えてやるが、今あそこの紛争地帯で売れるもなんてほとんどないぞ。武器も鎧も潤沢に供給されてる」

「おや。ということは随分と長いこと紛争が続いているのですね」

「続くっつうよりは平和な泥沼かね。最初に売り払った分がまだ使われてねぇ。おかげで俺も大損よ」


ちらりとその行商人の荷台に目をやれば、成程。

売ろうと思ったのであろう剣や槍、火薬類に鎧がいくつか詰まれたままになっていた。

―――紛争地帯の泥沼化、か。ああ、分かっているとも。それ故に、俺たちは行くのだ。


「戦わない戦争ですね。睨み合いだけが続いている、と」

「そういうこった。やれやれ、俺も食い物を買うべきだったなぁ………時勢を見誤るとは、ツイてない」


武器防具は、基本的に高値で売れる。戦争前や戦争中ならば、それが激しければ激しい程に―――そして、劣勢の陣営であれば尚更に、欲しがる。

だが逆に、殆ど戦闘の発生しない特殊な戦争になった場合、武器というものは消費されず売れなくなるのだ。まあ、このあたりは当然のことだが、問題は大抵の戦争では戦闘はきちんと行われ、それを踏まえて行商人を始めとした商人たちは武器を売り込むということ。この行商人は普通の行いをしただけに過ぎない。


「………ふふ。いえ、そうでもありません。貴方が私たちにその情報を売ってくださったこと、それは間違いなくツイていますから」

「………あ、どういうことだ?」

「リックス」


ミリィに言われ、頷く。

少量の呼気を漏らしながら荷台に被さった覆い布の下に手を突っ込み、目的のものを取り出す。

ガラス瓶に収められたそれ。勿論のことながら、ビスキュイだ。


「リマーハリシアの中央で生み出された、新たなる戦場食です。その情報に感謝を捧げ、これを差し上げましょう。ついでにその刀剣類も買い取ります」

「………戦場食は分からんが………いいのか?武具なんて完全に持ち腐れになるぞ?」

「構いません」

「そうか………まあ、ありがたいが、な」


名も知れぬ行商人が俺の差し出したガラス瓶に手を伸ばしたので、受け渡す前に蓋をあけ、中のビスキュイを渡す。


「お?なんだ、娘っ子」

「………。………」

「分からん、話してくれ。言葉、分かるか?」

「………」


首を振って、喉の指さした。そして指でバツ印を作る。


「ああ、その子は喋れないのですよ。喉を焼かれていまして」

「おっと―――そうか。悪かったな。で、何が言いたいんだ、この娘?」

「食べてみてくれってことでしょう。ふふ、その戦場食はその子が見つけてきたんです。自分の発見した売り物を手に取ってもらいたい―――行商人なら、分かるでしょう?」

「………、………!!」

「毒なんて入ってない、って言ってます」

「分かった分かった、俺の頬にそれを押し付けんな………ったく。強引だなぁ」


年相応の少女の振る舞いをしつつ、ビスキュイを無理矢理に渡す。

行商人は苦笑しつつそれを受け取り、ゆっくり頬張った。


「ほーう?ちぃと硬いが、甘さがある。堅焼きなのは長期保存のためか………」

「ええ。いい品物でしょう、これを売りに行くのですよ、私たちは」

「なるほどなぁ。確かに、これなら泥沼の戦場でも欲しがる奴は多いか」


一口齧ったそれを天に翳して見上げ、そうぼやく行商人の男。


「………間違いなく他の戦場でも売れるな。いいのか、こんなもの渡して」

「もちろんですとも。いい品物はこの世に広く、そして早く満たされるべきですから」

「リマーハリシア中央で買い付けたんだったな?」

「はい。是非行ってみるとよろしいかと」


微笑みに真意の全てを隠し、更に真実の情報であるという偽物の印象すら与えて。

そうして、ミリィは行商人の男に対し与えるべき情報を与え終わった。

―――計画通り、というやつだ。

その後、金を支払い男の持つ刀剣類を買い取ると、男は軽くなった馬車の御者台に乗り込んだ。


「色々と助かったぜ。それじゃあな、またどっかで会おう。嬢ちゃんもな!」

「………」


馬の背に鞭を当て、馬車を進める男。それを見送っていると、俺たちの馬車の荷台からゴソゴソと喧しい音がし始めるのが聞こえた。

中に潜んでいたバルドーによるものだ。折角の仕掛け(・・・)だというのに、見られたらどうするとも思ったが………まあ、長老と呼ばれる暗殺者が視線に気が付かない筈も無い。

周囲に誰もいないのが分かって出てきているのだろう。


「なんであげたんだよー、ビスキュイ」

「まあ、有り体にいえば布教ですね。簡素な情報、やり取りでも広がりの起点を作っておくことは大事ですので。あの商人を基として、一気にビスキュイの情報は広がりますよ」


宛ら枯れ枝に燃え広がる焔のように、である。


「ふーん。そういうもんかねぇ。というかビスキュイはリマーハリシア中央じゃなくて辺境で作られたんだろ、なんで嘘ついたんだ」

「敵は我々を知っている可能性が高いですから。私たちの拠点まで知っているとは思えませんが、それでも警戒しておくことは大事です。あと、嘘ではありません。今は”暗殺教団”の下部構成員が実際にリマーハリシア中央でビスキュイを製造していますので」

「うはー、手回し速いなぁ」

「丁度、ハーサも中央に居ますから。情報操作も拷問も洗脳工作も、ハーサならばできますので」

「………ま、それ故の”無芸”だもんなぁ、あいつ」


”暗殺教団”は一流の暗殺組織であり、実力を持つ者が多い。だが、人海戦術が使えないわけでは無く、使いどころを知らないわけでもない。

ミリィやハーサの指示のもと、既に何十人から何百人といった規模で下準備を始めているのだ。勿論、それらを意味あるものとして繋げていくのは俺たちの仕事である。

単純に仕事を分担しているだけだ。粗削りをする他の構成員と、仕上げ担当の俺たち。何も変わらん。


「………」


それ故の”無芸”という言葉は多少気になるが、それだけだ。


「元より、道中で出会った行商人の内、火種になりそうな存在にビスキュイの存在をそれとなく伝えることは目的の一つでしたので」

「紛争地帯でも売るんだろ?いらなくないか」

「まさか。広げるのは一瞬でなくてはなりません。ならば、鳩は最初に飛ばしておかねばなりません」

「………変装が得意な奴ってのは、計算込みで動くからやっぱ苦手だわ」


お前はもっと頭を使えといいたいが、まあいい。

脳みそまで筋肉な奴に言ったところで改善など見込めない。


「んじゃあ、刀剣類はどうするんだよ。塵なんだろ?」

「は?売りますよ」

「………売れないって言ってただろ」

「いいえ、売れます。なにせ戦場の動きを塞き止めていたのも、我々ですから。―――ですが」


女商人に扮したミリィの視線が俺の方を向く。


「リックスには、随分と働いてもらうことになるでしょうね。傭兵として、兵士として」

「………。」

「問題ないと。いい答えです。ええ、その通り。次からが私たちの本当の仕事の開始です。準備はいいですね」

「………」


肯定の意思を込め、目を伏せる。

演技のスイッチに問題はない。ずっと入りっぱなしのまま、俺は長い時間を過ごすだろう。さて、閑話は終わりだ、本業に戻ろう。

旅だった行商人とは逆に、重くなった馬車に乗り込み進む。

いざ、紛争地帯へ。







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