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TS転生奴隷の異世界暗殺者生活  作者: 黒姫双葉
第二章 A steel and a will for a merder
121/146

商人変通




***




「準備は出来ましたか、ハシン」

「ああ」


そうミリィに尋ねられたため、瞳を見て頷く。

準備、そう準備だ。試練を乗り越えた俺は本番へと向かう。身に纏うのは襤褸の外套に素足、そして腰には目立つように下げられた曲刀だった。

まだ月の輝く深夜二時、この世界の時刻で表すところの初の二刻。曲刀の鞘に月光が反射し、淡く発色しているようにすら見えた。


「お弟子ちゃん、面白い格好してるね?」

「………」

「あ、おい無視かー?殺すぞー?」

「………黙っていろ」


煩いので、きちんと黙っていろと言葉を返して反応してやる。無論、俺がこのような格好をしていることにはきちんとした理由があるが、それを言ったところでこいつは理解できまい。

生まれながらの強者としてある”神拳”の長老に変装の真理など分かるものか。間違いなく、見習いである俺よりもその理解力は乏しいだろう。


「あはは、なんか馬鹿にされてる気がするぞ。ま、いいや。それよりハーサは?」

「リマーハリシア中央へ行きました。関連任務ですが、別行動ですね。ちなみにこの説明は以前しました」

「………ま、あいつは何でもできるからなー。確かに適当に放り込んで暗殺してきて貰うのが楽か」


ふむ。他の長老からすらあいつは何でもできるという評価を得ているのか。

やはりハーサは暗殺者としても、そして”暗殺教団”の人間としてもどこからずれている………浮いているのは間違いない。その癖に誰よりも暗殺者らしいのだから、あれの本質はどうにも掴みきれん。まあ、実際はハーサの本質などどうでもいいのだが。


「それで?なんでそんな格好してるのさ。まるで奴隷だけど」

「………事実、奴隷として動くが故だ。勿論変装はしたうえで、だがな」


俺の場合、本来の身分が奴隷であるため決して偽りとは言い切れないのだが、ミリィ曰く今回はその半分は本当であるという状態を生かしたいそうだ。

単純な問題として、俺の変装技術はまだ見習い程度である。看破に関しても、ミリィのような本職には敵わない。この前までの試練は、あの状況だからこそ見破ることが出来ただけであり、それを前提とすればそもそもの話、俺はミリィの変装自体を看破はしていないということになる。

裏技、裏道。そういったもので―――そう。いわばごり押したのだから。

そして。そのごり押しは今回、手段として取ることは出来ない。

現在判明しているだけでも、相手は暗殺者のやり口を幾つか知っている。”百面”の異名を取るミリィならばどんな変装でも違和感一つ見せることはないだろうが、俺の場合はどこかで解れが出る可能性もある。それを、本物の情報を半分混ぜ込むことで潰そうとしているわけだ。

………道理である。人間、慣れ親しんだものがあれば覚えやすく、忘れにくい。知識も経験も同じように、だ。

慣れ親しむつもりもないが、それでもこの世界、この肉体を持つこの俺はずっと奴隷だった。どうであれその立場と身分での立ち回りが苦手ではない、ということだけは事実である。


「剣を持つ、奴隷?へぇ、変わってるじゃないか」

「………奴隷とは本来労働力だ。性欲の対象としても単純労働力としても用いられるが、戦いの道具として使われることもある」


例えば、剣闘士の多くは奴隷であった。

戦うために買われ、育てられ、武器を与えられる。どれほど勇壮な戦士も、根本を辿れば鎖で繋がれた虜囚なのだ。

かつてのローマではそれを嫌がったスパルタクスは反逆を行ったのだが、まあそれはどうでもいい。


「その通りです。ハシンは今回、戦う術を持つ奴隷として行動します」

「成程ねぇ。じゃあ、私は?」

「貴女は戦闘以外役に立たないので荷物の中に混じっていてください」

「………私の扱い本当に酷いな」

「本当は置いていきたかったのですが」

「おいこら」


バルドーとミリィのやり取りを尻目に、荷馬車の御者台近くに座る。用心棒として振る舞う奴隷ならば周りを見渡せる場所にいるのが自然だ。

そして、只の戦士は暗殺者程に感覚が鋭敏ではない。俺たちは目で見る前に肌で殺気を感じ取るが、多くの人間は視界を頼りに敵を見つけ出す。今回の俺は実力の突出した戦士では無く、奴隷の小娘が戦士を担当しているというだけの存在なので、暗殺者としての戦いを見せるわけにはいかないのだ。


「第一に荷物に混じるつったってどうしろと?」

「いいから早く乗ってください。もう出発します。説明は後でしますので」

「はいはい」


因みに、ミリィの今回の変装は女商人だ。

行商で使用される、天蓋の無い荷馬車の御者台に座ったミリィはリマーハリシアでよく見るやや赤みがかった黒色の髪を持ち、腰には護身用の細剣が携えられている。

少女の姿をとったミリィは今でこそ声は常通りだが、変装を開始すれば声音すら別人のものとなる。

極められた変声術は、俺の時代にあったボイスチェンジャーなど比べ物にならない。人の極めた技術というものは本当に驚きしか出てこないものだ。


「さて」


ゴソゴソと物音を立てつつ荷台に積まれた多くの荷物の中に埋もれたバルドーを目端に捕らえながら、空に浮かぶ月を見上げる。


「ハシン。今回の変装の要点は分かっていますね」

「喉を焼かれた元剣闘士。俺は女商人に買われ、その用心棒になった。声はないが表情で感情を出す、主に寛容、敵に辛辣。これでいいな」


そして名はリックス。

かつてローマに居たという、女剣闘士を現す言葉(グラディ)闘士(アートリックス)から名を拝借した。演技であっても、いや。演技であるからこそ、名というものは重要だ。

重要な仕事であるならば尚更にな。名は意味を与え、役割を持ち、存在を証明するもの。名前そのものはただの記号だが、名前を持つということには価値が宿る。


「ええ。ふふ、期待していますよ?」

「………」


頷く。ミリィの言葉、その後半は既に声音が変容していた。

あの一瞬のうちにスイッチが切り替わったのだろう。俺もそれに感応し、スイッチを切り替える。

仮面を付け替えるように、世界を切り替えるように―――演技という虚ろの中に埋もれ、纏い、支配する。


「ははは、ああ~嫌だ嫌だ!こいつらの切り替えは早過ぎるって」

「………」


仮面の向こうでバルドーに微笑みかける。此度の戦で付けるのは、常なるニヒルな髑髏面では無く、演技という見えざる仮面だ。勝手は違うが、慣れねばな。


「………。………」


御者台近くの小さな台座。そこから外に素足を投げ出すと、風が撫でる。なんのことはない、馬車が動き出したのだ。

向かう場所は―――リマーハリシア、パライアス王国………そして、ノスガルデイという三つの国家に近い、かつては酒造を行う商業都市として栄えたシストスの街。現在は膨大な数の武器を鋳造し、発明する戦争都市。

勿論、それは最終目的地であり、直接その都市に向かうわけでは無い。だが、目標を見据えておくことは必要だ。

見据えたうえで、目の前の一つ一つをこなしていく。そうだ、やる事など何も、何一つとして変わらん。馬車の進む先に目線を向ける。


「リックス。まずは、紛争地帯に介入しましょうか―――なにせ、戦とは商機ですから、ね?」


………燻る種火へ進む。大火を成すために、些事を片付ける。

今宵の我らはただの商人。ただの奴隷剣闘士。故に、それらしく事を起こすのみである。







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