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TS転生奴隷の異世界暗殺者生活  作者: 黒姫双葉
第二章 A steel and a will for a merder
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試練決着


小さな足音を立て、スラムの部屋の一つに入り込む。中ほどまで進むと、一息を吐いた。


「さて」


煙幕というやつは便利だ。こうして簡単に姿をくらますことができ、攻めるにも逃げるにも、そして守にすら使うことのできる万能道具である。

視覚を潰すというのはそれだけで有り余る利点であるが故だ。だが、それ故にこそ、暗殺者は煙幕程度では欺くことが出来ないよう、そして己の煙幕で身動きが取れなくなることのないように訓練を積む。

本来ならば”長老たち”クラスの相手ならば、同じ煙幕は二度も通じない。特に、ミリィの場合はただの知覚域を超えた、天性の才をさらに磨き上げたような特殊な事象知覚能力を獲得しているように思えるため、不意打ちでなければ一度ですら通じるものか。

なにせ、部屋の中にいてすら俺は全てを見透かされているような錯覚を覚えていた。今回の二度目の煙幕は、本当に少しだけの時間稼ぎにしかならない。


「………宛ら千里眼、か」


都市における殺人、それも身を守る術を持つ相手を殺すには相手をどのようにして認識するか、それが重要な一要素となる。推測ではあるが、ミリィの場合は基礎はやはり五感なのだろう。

―――まず一つ、極めた視覚と情報処理能力。単純な動体視力でいえば俺はハーサやバルドーを上回る人間というのを知らないが、一瞬表示された情報を見聞する能力にかけてはミリィの右に出る者はいないと断言できる。暗殺者はなぜか視力の良い者が多いが、それでも一度見た風景や相手の情報を瞬時に記憶、把握、そして照合し、必要な情報を抜き取る能力は努力と才能が必要だ。ミリィはそれらがまさに並外れており、成程これならば都市において全ての人間を把握することすらできるだろう。直に見れば、だが。

そして二つ。聴覚だ。

これに関してはハーサも同じ境地に立っているとは思う。即ち、生じた音に反響音、それらを聞き取る耳と、音から屋内の人と物の配置、何をしているかすら感じ取る音による空間把握の能力だ。

蝙蝠の耳と言い換えてもいい。俺も軽い物なら使用したことがあるが、達人のそれはさらに上を行く。

聖徳太子は十人の声を同時に聞き分け、処理した。ならば、都市において王者足りえる”百面”の暗殺者は………聞こえる範囲、その大多数の声を全て処理できていると考えていい。

音を発するならば、全ての行動はミリィに筒抜けだ。

更に触覚。肌などから感じ取る熱、光、或いは正確には触覚とすら呼べぬ視線。

ここまで行くと推測というよりも空想だが、ミリィは少なくとも百メートル圏内の存在の熱量を知覚できているのではないかと判断できる。

なに、空想のようだと自分で言っておいてなんだが、あり得ない話ではない。例え蛇のようなピット器官を持たない人間でも、理論上は可能だ。

熱は熱エネルギーという単一の物だが、熱は気流を乱す。つまり、ささやかながらに風を生む。

一人の部屋に、熱を持つ生きた人間が一人。これだけでも、部屋の中の気温は変動し、それに伴い気流も変わる。これが部屋の中にいる人間の量が増えればもちろん認識は難しくなり、外ならば吹き込む風の影響すら判断材料に加えなければならないが、理論上は膨大な演算能力があればその気流すら計算することは出来るのだ。

暗殺者ならば―――演算は出来ずとも、いや演算をしたうえでさらに経験と実体験をもとに、精度高く熱によって、離れた場所にいる人間の動きを把握することは、可能な筈だ。

これら異常なまでの空間把握………否、認識能力こそがミリィの暗殺術の根幹を成しているのだろう。


「だが。千里眼のようだが、決して千里眼そのものではない」


勿論未来視でもない。未来を見ることができ、更には遠視すら可能な千里眼ならば未熟な俺の二度目の煙幕を受けることはあり得なかった。

達人。暗殺者の頂点たる”長老たち”。その技量は俺の遥か頭上に存在しているが、かといって喉元に喰らいつけないわけでは無い。さあ、反逆の獣としてこの身に秘めし牙を存分に振るおうでは無いか。

懐から取り出したのは追加の、そして最後の煙幕。それを地面に投げ付け、静かに呼吸を止めた。

―――そして、世界の中に溶け落ちる。





***




「気配が消えた?」


ハシンが逃走を続け、私に二度目の煙幕を投げた後、スラムに違法建築された角部屋に入り込んだのは認識していた。

―――角部屋、行き止まり。逃げる道は、ハシンが逃げ込んだ場所にはない。

きっとすぐに気が付くだろう。そして次に取る行動は正面からの脱出だと判断し、反撃に備えて部屋の前方に佇んでいた。

だが、内部で三度目の煙幕が炸裂した後………その気配が、忽然と消え失せたのだ。


「馬鹿な」


私の脳はあの部屋の中には、隠れる場所(・・・・・)はあっても逃げる場所はないと判断している。

だが、それと同時に私は先程まで認識していたハシンの姿を描き出すことが出来なくなっている。

矛盾―――いや、どちらかが虚だ。思えばハシンはスラムの中をどこかを目指して駆けていたように思える。ならば、罠として嵌められた可能性もある。或いは行き止まりと見せかけた隠し通路か。


「いえ。ハシンが、まさか」


ハーサが弟子にすると決めた暗殺者が、そのような逃げに最後の手段を見出すような脆い存在だろうか。分からない、まだ私はハシンという少女がどれほどなのか、完全に認識できていない。

そして、首を振る。どちらが虚だとしても、内部に踏み込まねば何も進まない。

煙をかき分けるようにして、部屋の中に飛び込む。そして周囲を見渡せば、地面に血液が垂れているのが確認できた。ハシンのものだ。

これで、部屋の内部に来たことは確実となった。ならば、この血は一体どこへ。


「………」


罠の可能性も考えつつ、血の先を確かめる。そして、直ぐに無駄と諦めた。

意図的に消されている。ここから追いかけることは難しい。若しくはこれこそが私に時間を稼がせるための罠なのか。

口元に手を置き、静かに息を吐く。呼吸によって白い煙幕が揺らいだ。経過時間は数十秒程度だろうか―――徐々に、ありあわせの材料で作られた煙幕はその役割を終えていく。あくまでも材料を代用して無理矢理に製作したもの、本来のものよりも実用性において一歩劣るらしい。

そして、今度は明確に溜息を吐いた。


「逃げられましたか」


そう言って、一歩分右足を引く。


「あ、ああああ!!!!」


直後に大声を上げて飛び出してきたのは、この部屋の隠しスペースに隠れていた、私と同じように襤褸服を纏うスラムの住人だった。恐怖に耐えかね、恐怖対象を消滅させるために現れたのだろう。人間心理としては何ら可笑しなことは無い。戦うべき相手を見極めるべきだとは思うが。

とはいえ、私は無用な殺生をするタイプではない。仕事の邪魔になるならばたとえ同門でも殺すが、今回の場合は殺すほどの邪魔にはならない。鬱陶しいことは事実だが。

首元を撫で、住人の男は即座に地面に倒れる。確実に気絶していることを倒れ間際に確認し、歩き出そうとした瞬間、違和感を感じた。

―――これはなんだ。視覚にも触覚にも何の違和感もない。だが、ただ一箇所………僅かながらに異常な点が、こうしてようやく理解できた。住人が私の足元、即ち地面に倒れ込んだから故に、ようやく。


「………心音ッ!?」


頭上(・・)に向けて刃を振う。迷うことのなく殺めるつもりで振るったがしかし。

刃が届き切るその前に、私の耳元で囁くように声が響いた。


「一手こちらが早い。”鬼の手触れた”ぞ、ミリィ」






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