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TS転生奴隷の異世界暗殺者生活  作者: 黒姫双葉
第二章 A steel and a will for a merder
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試練逃走

しゃがむ。いや、身体を屈める。

屈伸のような仕草は太ももに力を溜めるための予備動作。身体を起こしたときには視点は既に上空にあった。

跳躍。スラム街の一つの部屋の中に転がり込んだ。


「………む」


カツン、と。表すならばそんな音か。

軽い音を立ててナイフが俺の首元近くに刺さる。音は軽いがナイフは引き抜くのが困難な程に深く、石の壁に突き刺さっていた。ふむ、再利用は出来ないか。

首元に手をやる。少し当たっていたようだ。変装用に身体に施した塗料のようなものが剥げているのが分かる。変装皮ほど分厚くはないが、それでも微弱に厚みがあるこれの分の動きを脳内で描き切れていなかったためだろう。成程、変装しながらの戦闘というのはまた違った思考回路が求められるらしい。

いい経験になった。


「仮面をつけなくてもいい反面、肉体の全てに気を使わなければならないわけか。変装術は奥が深い」


リスクも大きいが、リターンも大きい。扱いが難しいと言い換えることも出来る。

………殺気が近づいてきた。首元の塗料を均し、見た目には分からないようにすると更に駆ける。

俺の土俵に引きずり込んだにせよ、相手の方が力量は上。つまり、機が熟すまで待たなければ土俵の上で転ばされて終わりである。

故に、決定的な機会を狙い定める。転進するのはその時だ。それまではひたすらに―――逃げ続ける。

スラム街というのは本当にどこでも雑に作られている。住める場所に家を作り、無理矢理にスペースを見出しているのだから当然なのだが、人が隠れ逃げ込むにはこれほど適した場所もないだろう。


「逃がしませんよ」

「速いな」


だが、そんな場所を駆けまわっていても”百面”の暗殺者は俺の居場所をしっかりと把握し続けている。幾つもの部屋、幾つもの人間がいるだろうに、迷わず俺の方に向かってくる。

感覚器官に差はない筈だが、感覚の使い方に違いがあるのだろう。今の俺にはまだ、その技法は使えん。

明らかに殺す気の短刀を力の流動とそして、硬気功を用いて反らす。反撃は当然しない。

ミリィの短刀を流した反対側には窓があり、迷わずそちらへ身を投げた。常人であれば今のだけでも合気の要領で吹き飛ばせただろうが、相手は暗殺者だ。体幹に優れているのは当然であり、たたら一つ踏ませることが出来ない。

まあ、時間が稼げた。それで上々である。


「これは………バルドーの」


目を細めるミリィの瞳を視認しつつ、落下する。

その最中に壁を蹴り、一段低い位置にある別のスラムの建物の中へと入り込んだ。


「失礼」

「な………なん!?」


住民の首元を撫で、少しの間だけ寝坊をして貰うことにする。

そして壁を少し強い力で叩いた。

スラム街も奥の方に行くと道すら適当になってくる。整備されている道などなく、建物と建物の間にあるただの隙間を道と言い張るほどだ。そんな状況であれば勿論のこと、袋小路も多い。

そこに嵌れば詰みだ。暗殺者の身体能力であれば井戸からでも逃げだせるにせよ、凄腕の追跡者のいる中でそんな無駄な時間を過ごす余裕はない。

壁を叩くことで音を流し、その反響音で周囲の構造を理解する。そう、余裕がないのだ。効率的にいかねばな。


「とはいえ、だ」


無策で逃げるのはそれはそれで詰む。

感知能力………構造把握能力ですら相手の方が上なのだ。俺の動きを把握され、回り込まれればそれは最早袋小路と同じである。

逃げるルートに関しては頭を使う必要がある。ミリィは直接戦闘に特化した暗殺者ではないにしても壁抜きは出来ると思っておいた方が良い。

この周囲の建造物の外壁は城のような頑丈さはない。壊そうと思えば簡単だ。


「………ふ、ぅ」


一つ息を吐く。ルートは決めた。道筋も間違いはあるまい。

ならば走る。迷うこともなく、駆け出す。

一つの建物を玄関から抜け、細い路地へ。その直後飛び上がり、壁をくりぬいて作られた窓の棧に足をかけて屋上へ。

辿りついた瞬間転がり、動物のように四足で駆ける。砕ける音が背後で響き、今まで俺がいた場所にナイフやら礫やらが降り注いでいた。

更には壁を三段跳びしている音まで聞こえる。


「まだだ」


戦うことは、出来ない。

背を向けたまま全力で走り続ける。


「………」


無言のまま屋上に降り立ったミリィが流れるような動きでナイフを投げる。

歴戦の暗殺者のそれは高速と表現するのも生温い。最早、弾丸に等しいそれを幾つかは弾いたが、それでも左肩に一本、深々と突き刺さった。

それを感じて舌打ちをしつつ、迷わず引き抜く。血が零れるが、問題はない。

太い血管には刺さっていない。寧ろ激しく動くならば、刺さったままというのはより深く傷を抉ることになる。ようは邪魔だ。


「こちらは再利用できるな」


俺自身の血が付いたそれをそのまま握る。

形状は投げナイフ、何の変哲もないただのそれ。しかし、硬気功を簡単に貫くとはやはり腕がいい。

屋上から飛び降りる。その瞬間、先程ナイフを投げてきたミリィの姿を確認した。

視線は相変わらず冷たいままだ。尤も、それはどうでもいい。

一瞬の間で己の眼球を動かし、情報を取集する。スラムの子供の姿をしているミリィは襤褸布を纏っているが―――厚み(・・)が減っている。

布から覗く足は裸足だ。腕も特に装飾はなし。

………彼女の腕が閃き、小さな金属の弾が飛ばされた。


「えげつないことをする」


本当に色々な暗器を仕込んでいるものだと感心した。

ふむ。変装術は武器を隠すことにも使えるのか。見た目にはあまり武器を持たぬように見えて、ナイフに金属弾、短刀とバリエーション豊かな武具を見せつけてきた。それは間違いなく変装術と併用した技術であり、そして工夫であるといえる。

まさに弾丸であるそれを手足を使って弾く。或いは逸らす。接触箇所を面では無く曲面や鋭角で受けることで、貫かれることを防いだ。そしてそのまま、路地に着地した。

………そろそろ、か。

スラム街も随分と縦横無尽に駆け回った。暴徒やら喧嘩やらは日常茶飯事である治安の悪い低階級層地区といえども、これ程に”危ない”連中が街中を走り回る機会など早々ないだろう。

多くの住民は、先のように寝ていて気が付いていない阿呆を除き、逃げたり家の隙間に隠れているものが殆どになってきた。

―――環境も状況も、整ってきた。

武器も道具も技能も足りていないが、それを補うための準備はした。その効果、結果を見せつけるときが来たというわけだ。

頭上で追跡者が身を踊りだす。握りこんだ短刀が眼前で鈍い光を放つ。

懐から三つ、球体を取り出すと、そのうちの一つを緩く上に放る。まあ、何のことは無いお手玉だ。それも随分と手を抜いた、な。

二つ目の球体をミリィの方へ投げる。あまり速度は出さず、ミリィの視界の近くに辿りつくように計算して投げた。

さらに、三つ目。それは、強く握りこみ、振りかぶった。


「………ふ、!!!」


力の流動を駆使し、全力で放り投げる。ビリヤードの如く、投げられた三つ目の球体はミリィの眼前付近を飛ぶ最初の球体にかち当たり―――金属がすれる甲高い音と共に、思いっきり破裂した。


「………っ!」


初めて、ミリィの表情が歪む。

しかし行動は速い。迷わず身に纏っていた布を剥いで顔の前に構えると、破裂した金属片の全てをそれで受け止めて見せたのだ。

ああ、流石だ。そして、それでいい。

最初に放り投げた球体が再び手の中に納まる。そして、それを真下に投げ付けた。


「煙幕………二度目ですって?」


最初よりも深く笑みながら、煙幕の中で姿を消す。

さあ、あと少しで決着だ。




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