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TS転生奴隷の異世界暗殺者生活  作者: 黒姫双葉
第二章 A steel and a will for a merder
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変装試練 中



日は昇る。

朝焼けの光に目を細めつつ、俺はアプリスの街を歩きだした。

夜の内に拠点を移したため、既に座学を行ったあの建物からは離れている。そして夜間の捜索は殆ど無意味だろうと判断し、大人しく朝を待った。

腕前の問題だ。身を隠すという点において最上位の存在を相手に、夜の闇の中で目を凝らしても得られるものなど何もない。無駄に体力を消費して終わるだけである。


「さて」


急ごしらえの変装術を用い、姿を偽る。

此度用意したものは、何のことは無い、旅人の姿だ。すっぽりと頭から被さる貫頭衣に靴とズボンが一体化したレデルセンという履物。性別は少々偽り、少年のものへと変えている。

これであれば面倒な背丈の調整をする必要はないためだ。声音も少し変えるだけでいい。

………まあ、俺の場合は背が小さい分、寧ろ他の人間よりも背の偽装はしやすいのだが、それでも今の俺ではあまり使いたい手ではない。単純に不慣れなのだ、襤褸が出やすくなる。


「尤も、俺の変装程度は見抜かれているだろうが」


朝の人が少ない街の中、淡く圧迫感が漂っていることが理解できる。殺気とはまた違うこの感覚は、監視の視線だ。鋭さはなく、雲や霧の中から伸ばされた手のような得体の知れないものである。

これを追おうとしてもそれもまた無意味。見つける事など出来よう筈もなく、仮に見つけられたとしても変装術とは関係のない探知方法だ、裏道ですらない外道を歩むのは暗殺者であっても許されない。


「………ふむ」


とはいえ、確証は取れた。

昨日の質問の意味、もしも間違えてキーワードを答えた場合どうなるかという質問は、言葉通りのものではない。間違えれば即座に殺しに来るということは、常に俺をどこかしらから見ているということと同義である。

距離に関しては判断できないが、必ずミリィの視界内に俺がいるという事実。それは相手を絞り込むには丁度いい判断材料になる―――より正確にいえば、判断材料の一つになる、だが。

まあミリィの方も質問の真意を理解したうえで答えたのだろうが。


「兄さん、見ない顔だねぇ」


街を歩き、向かった先はアプリスの街の朝市だ。

屋台や露店が立ち並ぶ市場は、歩いているうちにちょうどいい時間になったのか段々と人通りが多くなってきていた。

しかし、その中でも俺に声をかける者もいる。声をかけてきた初老の男性に向き直ると、一歩近づいた。


「………ああ。別の街からやってきたばかりなんだ、最近は盗賊も減ったし歩きやすくていい」

「夜に旅してきたのか?度胸あるなぁ」

「まさか。昨日の夜遅くに宿に泊まって今起きたばかりだよ。………林檎を貰おう」

「あいよ、毎度あり」


金を渡し、林檎を受け取る。

その際に一瞬、その手に触れた。


「じゃ、失礼」


男性に手を振りつつ、露店から立ち去る。買った林檎を口に運び、齧った。

―――前提条件として、今回のミリィは同じ変装を使い続けている。俺に対するハンデというわけだが、だからといって簡単に見つかりはしないだろう。

正攻法でやるならば、俺はこの自由時間を駆使して様々な炙り出しを行い、ミリィが何に化けているのかを看破、そして対象を追い詰め、言葉をかけるというわけだが、当然それでは時間が掛かりすぎる。なによりも、それですら難易度は非常に高い。

アプリスの街は辺境に於いては大都市とは言えないまでも、多くの行商の拠点になる程度には繁栄している街だ。訪れる人も旅立つ人も多く、住人すら膨大な数がいる。

住人全ての顔を覚えるにしても、行き来する人間は覚えても無意味であり、この短い期間では全ての人間と出会うこと自体が不可能。行動パターンの把握まで含めればさらに無理という言葉が正しいことが理解できよう。

人間個人で判別できないとすれば、行動で判別するか。それも、難しい。

俺よりも人間の仕草、思考を深く判別することが出来る変装の達人が、俺程度の炙り出しに応じるものか。こちらは知識も経験も足りていないのだ、より多くの手札を持つミリィが常に上手を取り続ける。


「ふむ。ならば―――ならば、簡単なことだ」


上手を取られ続けていれば、勝ちの眼は見えん。

………すぐさま手札を増やすことは出来ないにせよ、出すべき手札と、出した手札を隠すことは出来る。即ち、見えない存在へと転じる事ならば。

影に潜り、闇に潜み。まあこれらは暗殺者ならば通常のことだが、そこからすら見えぬ空虚、虚ろと化す―――。

あの変装の達人たる”長老”の称号を冠する相手ならば、それくらいしなければな。

切り札(ジョーカー)を持っていなくとも、こちらの手札を真っ黒に塗りつぶしたままであれば………切り札と錯覚することもあるだろう。何せ、見えないのだから。


「まずは下準備からか」


やるべきことは多い。済ますべき用事も、作るべき道具も。

展開を作成する、舞台のお膳立てとは何とも難しいものだ。とはいえ、それこそが変装術の基礎となれば、やらぬわけにもいかないということだ。

そうだ。俺は学んだばかりである………ただ姿を偽るだけが変装ではない。予測、思考、判断、認識、観察、そして理解。

逃げるための変装では無く、殺すための変装ならば、取らねばならない手段は数多い。

………ふむ。それに丁度いい。あまり散策する機会の無かったこの街を知っておくいい機会にもなるだろう。知識として知っていることと、実際に経験として知っていることではいざという時の応用性に大きな差が出るからな。

街は道具の宝庫だ、使えるものを知っておくことは重要である。

と、そのように判断を行い、喧騒広がる朝市の中を歩いていった。





***






「………発見された気配はなし、と」


どこかの”誰か”がそう零す。呟きは誰にも聞かれず、勿論ながら観察対象もその言葉に気が付く様子もない。


「いえ。視られていることには気が付いているようですが」


師匠譲りというべきか、勘が鋭い。

かつて、もう遥か過去の若かりし頃に、私はハーサを殺そうとしたことがあるが、その時もハーサは視線に気が付いていた。

状況は今と同じだ。視られている事実を認識し、しかし場所の特定はしない。私を泳がせつつ、自身も人の波の中を自在に泳ぐ。

―――”無芸”の名を冠するあの暗殺者(きかくがい)の場合は、一切の隙を見せず、逆にこちらが疲弊した瞬間を狙って視線の場所を看破、急襲を仕掛けてきたものだが、あれは教育観点からすれば論外だろう。精神力が怪物そのものだ。

私がハーサを付け狙っていたのは、数年に及ぶ期間だった。にもかかわらず、その間一度も隙を見せず、仕事をこなし、そして私という暗殺者の索敵を行っていたという超人さには呆れが出たものである。

………どちらも年齢的には見習の時分だったにせよ、今思い返せばその時からハーサは異常でしたね。


「おや。林檎?」


”誰か”の視点は観察対象が露店で林檎を購入したのを認識した。そして人の中にさらに消えていくのも。

………認識は外れない。狙いを定めた蛇の如く、”誰か”はその後を追う。様々な場所で様々なものを購入していく観察対象の行動を見定めるように。

街に潜む二人の暗殺者。一人は追われ、一人は見続ける。そうして、一日が過ぎていった。






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