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TS転生奴隷の異世界暗殺者生活  作者: 黒姫双葉
第二章 A steel and a will for a merder
114/146

変装試練 序


***




”暗殺教団”。

命を削り、人生すらを殺しの道具として使い潰す人を殺めるための集団。そこにて長き時をかけ磨かれた暗殺技術は、いっそのこと磨かれた水晶玉の如く美しさを宿すと。

―――夜に閉ざされた暗闇の中、仄かに部屋を照らす短い蝋燭の光を浴びながら私はそう思う。


「きちんと二日で仕上げてきましたね。まだ粗削りな箇所もありますが、基本的な変装の基本と派生は身に着けたようで何よりです」

「………それらは結局ただの基礎だ。それに知識でしかない。まだ経験が足りないことは自覚している」


しかしその美しき玉も見かけはただの宝石に過ぎない。それをどう生かすかは玉を握ったもののやり方次第である。技術こそが至高と私は判断するが、しかしそれ故に所詮は技術でしかない。

玉を、美しき水晶という技術を連綿と引き継ぎ、保ち続けるのであれば、それを見につけるに相応しい使い手を育てることもまた暗殺者の中に置いて長老という名を冠した我々の使命なのだ。

さて。そうなれば、この眼の前に居る奴隷身分の幼い少女は果たしてどうだろう。暗殺技術の結晶を次々と身に付ける、見かけは可愛らしい子の少女を。

個人の感情としては茨の道を進む必要はないだろうと思う。暗殺者としては、才あるこの少女を手放したくないと思う。

では、”長老たち”としてはどう思うか。これが未だ先が見えない。

この才能がどこまで伸びるのか。粋を極めた技術を継承するに相応しいのか、それとも身の丈に合わぬ宝飾物として持ち腐れるのか。持ち腐れたのであればその技術は既に邪道。すぐ様殺さねばならない。だが、もしもその全てを身に着けるに相応しい存在であるとしたら?

―――伝承に名高き、我らが祖。即ち暗殺者の王。ハーサですら届かない、その座にすら手が届く可能性は?

分からない。故に、見極めなければならない。死と隣合わせの試練を以て、彼女という存在の規格を認識しなければならない。

なに、もしも今の私にすら先が見えぬほどとなれば勝手に生き延びよう。しかし、簡単に底が知れればその時には殺してしまえばいい。どちらにせよ、底の見えた暗殺者は長くはない。死は救いになり得る。


「そうですね。ええ、ハシンにはまだまだ経験が足りません。しかし、依頼まで最早二週間もない以上、悠長に経験の蓄積を待つことは出来ません。ならば―――」

「荒療治か」

「はい。短期間で十数年分の経験を一気に蓄積させます」

「そうか。それはありがたい」


―――その方が速く技術を習得できる。


嫌味でもなく、不満げな顔すら浮かべず。表情一つ変えぬ鉄面皮のまま、見かけは幼い少女が告げる。囀る鳥のような可愛い声で、冷徹に私を見上げていた。

知れず、頬が緩む。ああ、確かにあの”無芸”の弟子ならばこうでなければな、と。


「荒療治を施せば、私の足元に手が届く程度には鍛えられるでしょう。代わりに失敗すれば死にますが」

「どちらにせよここで失敗すれば生き残る芽はない」

「なるほど。問題はないようですね」

「ああ」


ならば、と。

”百面”の名を冠する暗殺者は笑みを浮かべる。人が持つ感情という最も分厚き仮面を以て、少女の全てを推し量ろうとする冷徹さとその幼い姿で只人の領域を逸脱してしまっているという悲しみを完全に覆い隠した。

そして、告げたのだった………見習い暗殺者の受けしその試練を。






***





「私を見つけ出し、一言”鬼の手触れた”と叫べば終わりです。―――ただし、期限は一週間のみ。それを過ぎれば失敗とみなします」

「………ふむ」


微笑を浮かべたミリィの告げたその試験内容は、大方予想通りであった。

推し量られているな。瞳の奥にすら色はないがそれでも状況を鑑みればそうで在ると推測できる。まあそれはどうでもいい事だ。暗殺者の頂点となれば自身の技術を教える相手の力量を理解しておこうとするのは当然の真理なのだから。

それよりも必要なのは情報だ。暗殺に情報は元より必須のものであるが、変装した相手を見つけ出すとなればより緻密な戦略を練らなければならなくなり、必然より詳細で多くの情報が必要になるのである。


「範囲は」

「この街の全てです」

「変装対象は人だけか」

「ええ。入門試験ですから」


この街全ての人や物に変わられれば今の俺に見つけ出すだけの眼力はない。

方々駆けまわって時間切れだろう。


「変装対象は移り変わるか」

「いいえ。私は同じ存在に化け続けます」

「それは子供か老人か、女か男か」


答えるとは思わないが、聞いておく分には害はないと判断した。当然ミリィは笑みを浮かべたまま口を閉ざしていたが。


「………基礎の技術を用いれば見つけられることは間違いなさそうだが」


しかし、困難なことに違いはないだろう。戦闘では無く、その事前状況の構築のための手法。

変装という戦わぬ暗殺か。唇に指先を置き、算段を整える。

正攻法では恐らく、期日に間に合うか間に合わないかといった程度だろう。手加減されていても元の実力に圧倒的な差異がありすぎる。身に着けた技術一つとっても年季の差は明確に存在しているのだ。


「それでは無意味か」


結局のところ、正攻法で攻めていくのは城に対し破城槌で門を破って攻め込むのと同じこと。暗殺者のやり方では無く、相手の掌の上に居続けることに変わりはない。故に、それでは無意味なのだ。

俺たちは暗殺者なのだから。


「ふむ。もし誤った人間に”鬼の手触れた”といえばどうなる」

「始末します」

「そうか」


片っ端から声をかけることは出来ない。チャンスは一度きりということだ。

まあ元よりそんなことをするつもりはないのだが。

だが………事前に手に入れるべき情報は揃った。問題はあるまい。


「準備は良いようですね」

「ああ、これで良い」

「………ふふ。それでは―――試練を始めましょう」


ミリィが再び蝋燭に息を吹きかける。

じりじりと燃え続けていたその蝋燭は既に数日をかけ蝋の多くの部分が溶けており、もうそろそろ燃え尽きそうな有様だった。

そして、その寿命寸前の蝋燭は吹かれた息により強く燃え広がった瞬間、完全に燃え尽き、全てを暗闇の中に引き戻す。

―――瞬き一瞬もないその時間の中で、俺の瞳はミリィの姿を見失った。


「やれやれ。本当に”長老たち”というのは人外に足を踏み入れているな」


いや。人外程度なものか。あれらは人の道を踏み外している存在だ。その精神性は多々あれど、身に着けた技術、身を置いた環境は常人のそれでは無く、その頂点たる”長老たち”ともなれば神話や物語、吟遊詩人に謳われる英雄の領域である。

ああいう存在を見ると、俺という存在がどれほど未熟かを理解する。まあ、元は一般人だ、未熟なのは当然なのだが。

………だがそれを受け入れれば、この奴隷印の通りになるだろう。そうなればそこに俺の尊厳はなく、俺ではないものが出来上がるだけ。それを許容できる筈も無い。

まったく困ったものだが、俺が目指すべきはその境地だろう。奴隷などそれほどの高みに至らねば消費されて終わるだけの代物なのだから。

未だ熱を持つ蝋燭の燃え滓にさらに息を吹きかけ、熱を飛ばすと二日間、座学に励んだ部屋を後にする。

さあ、試練開始と行こうではないか。






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