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TS転生奴隷の異世界暗殺者生活  作者: 黒姫双葉
第二章 A steel and a will for a merder
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糧食考案



***




「あ~!久しぶりだね、ハシンちゃん!」

「………ああ」


次の仕事までは、俺の予測では一月ほどは猶予がある。

結局は日常を油断も慢心もなく過ごすことが最大の準備となるため、俺は通常通りの生活を送っているわけだが、その途中、久々にかつて豚の屋敷で出会った少女、リナの店へと顔を出していた。


ハーサさんも(・・・・・・)!あ、パン食べますか?まだ朝早いので、作り立てで美味しいですよ!」

「ほう。じゃあ貰おうかね。酒もあると嬉しいんだが」

「シードルならありますよ~」

「………良い店さね」


朝っぱらから酒を飲むな阿呆。

………頭に乗せた荷運び用の籠の下から、男装したハーサの顔面を睨みつける。こいつは睨まれていることを知っていてもどこ吹く風だが。


「ハシンちゃんは………あはは、奴隷姿………」

「リナが気にすることじゃない。こいつの趣味だ、悪趣味と嗤ってやれ」

「おいこら、誰もいないとはいえ演技を止めるなよ、殺すぞ?」

「………チ」


殺意はないが、それは俺が片手間に殺せる程度の存在であるからだ。殺すという言葉は非常に軽く感じるが、事実だろう。

………お前が誰もいないいというのであれば、正真正銘この周囲に誰もいないだろうに。

それに今の現在時刻は初の刻の六、日本の時刻に直せば早朝六時。

この時代の人間は大体朝早いのが常だが、それでも買い物をするために人が集まるには少々時間が早い。リナも店の開店準備の途中だ。精々が朝の散歩という趣味活動に興じている人間程度にしかすれ違わなかった。


「それで、今日はどうしたんですか?珍しいですよね」

「普段は関わらない方が良いから来ないんだが、まあちょっと野暮用でな………ちょいと耳を貸しな」

「え、あ、はい………なるほど」


ハーサがリナに耳打ちをする。

読唇術などを使われないように俺からは見えない位置に顔を置いているが、ここに来た目的自体は何となくわかっているのでどうでもいい。どうせ暗殺に関わることだ。

暗殺者の送る日常というものは、とにかく無駄を削ぎ落としたものになりがちだ。

肉体の強化、情報の収集、武装の製造とやることが多いためにそういったことになるのだが、今回もその例にもれず、いくつかの所用を一気に解決するためにリナの店にやってきたのだと推測が出来た。


「店の規模を大きくすれば、なんとか………あとはレシピですけど………」

「おい、ハシン。案を出せよ。なんかいい意見あるだろ」

「………説明ない。答える、理由。ない。ご主人、くたばれ」

「最後のただの罵倒だろ」


頭の上の籠を降ろし、床に座る。布が降ろされ、外から中は見れないのは分かっているが、奴隷姿の人間が横柄に椅子に座っているわけにもいかないだろう。


「それで。なに」

「凄い、口調が変わっただけで雰囲気まで別人みたい………ハシンちゃんの新しい一面だねっ!」

「………そういうもの、じゃ、ない。必要に、かられて」

「照れてんのか、ハシン。ハ、まだまだ青臭いじゃないか」

「黙れ、死ね。―――それで」


ハーサの方を見て、話の続きを促す。だが、薄く笑う糞師匠は一向にリナと何を話していたのかを言う気配はなかった。

リナはそんな俺とハーサを交互に見て、不思議そうに首を傾げている。

………思考訓練でもしているつもりか。俺は探偵ではない、状況から推測して結論を見出すことは本職ではない。当然、義務もない。

だが、このままじっとしていても話が進まないのも事実だ。無駄に使える時間はそうはないのだ、不毛な問答を続けることは出来ない。

―――さて。こいつは今までに積み重ねてきた状況から、次に起こすべき行動を俺に判断させているとみていいだろう。思考訓練と言い表したのはそのためだ。自分一人でリナと交渉すればいいだけなのに、わざわざ俺を連れてきたのは、最初からその腹積もりだったということである。

手段の構築、準備の手法。無作為に命令に従う人形ではなく、それらを自らの手で生み出すからこそ暗殺者は単なる殺人者とは別の名を与えられる。例え、本質は同じであったとしても、周りから認識される姿はそうして異なるものとなる。

これは暗殺者であるための修行、と。まあ、そう考えておく。


「………目的は、簡単。シストスの、街、攻略のため、の、突入、手段。その、作成」


次の仕事の前準備、というやつだ。

暗殺をするためには基本、膨大な準備時間を費やすのが普通である。

武器を作るのに時間が掛かるように。人間を兵士に加工するのに労力を要するように。準備にこそ力が注がれる。

問題は何故、リナにその手段の相談をしに来たかというわけだが、ハーサの思考回路を考えれば何となく何がやりたいのかも理解できる。

リナの店、つまりはパン屋。この場所だからこそ作ることのできるものを利用し、シストスの街に入り込むための大義名分を生み出そうというわけだ。

戦備えしている街となれば警戒態勢も凄まじいだろう。暗殺者が無策で入り込むことは難しい。変装の達人たるミリィとなれば話は別だが、ミリィと同レベルの変装を行え、同レベルに戦闘が出来る人間など”暗殺教団”の中でも”長老たち”クラスしかいないため、現実的な手段ではない。

俺を始めとした一般暗殺者が成り済ませる隠れ蓑、大義名分か―――ふむ。

まったく、問題文を推測させる試験がどこにあるのか。ここがリナの店でなかったのであれば地面に唾を吐き捨てていただろう。

………ハーサが俺に対して提示した問題文を推測するとすれば、”戦にするのに最適な食糧は何か”といったところか。

シストスの街の現在の状況を前提に考えれば、戦備えに関わるものであることが想像でき、さらにリナの店に訪れたという点からそれが糧食に関係することであるとも分かる。

成程、ハーサは、戦場食をシストスの街に売り込み、それを突破口として潜入しようと画策しているわけだ。ならば俺の意見はこういうものになる。


「………ん。ビスキュイ。乾パン………いや、堅パン、の、一種」

「ほう。保存期間は」

「………待って」


この時代の製法技術や、保存技術という条件を加味すれば、現代で作られているものよりは多少、保存期間の長さは短くなるだろう。


「一か月、程度」

「古代の帝国が使っていた保存食と同等か。製法は覚えているんだな?」

「………うん」


ビスキュイとはつまり、ビスケットの事だ。

日本軍や元を辿れば某合衆国の戦闘食(レーション)、戦争中に兵士が口にする食べ物として有名なものに、乾パンがある。

これは正確にいえば、先も言った堅パンに分類されるのだが、製法としてはビスケットと同じようなつくり方によって形成される。

お菓子として食べられるビスケットは保存期間が短いものの、本来はビスケットもまた携行保存食であったという歴史が前提にあり、とある英語辞典にはビスケットの欄に「航海用に四度焼く」という記述がなされている食物なのだ。

通常、小さな穴を無数に開けて二度焼かれるのがビスケットだが、四度焼くことでさらに水分を飛ばし、長期保存が可能になるという原理である。

栄養も多く、小麦が原料ということもあって腹持ちがいい。俺の世界では、乾パンに変わりこのビスケットが新たな戦闘食の候補として挙がっているほどであった。


「よし、ならそれでいくさね。おい、ハシン。定期的にこの店でレシピを教えてやれ。完璧なものを作らないと、普及させられないからな」

「………分かった」


一都市の攻略のために兵糧の歴史を書き換えるつもりかと言いかけたが、まあ遅いか早いかの違いか。

ガラスの製造は可能な世界だ、瓶詰は戦闘食ビスケットよりも早く考案されている。

ナポレオンも驚きだろう。まあ、世界が違う以上文化の形態も大きく異なっている。歴史に語られるあの男なら、嬉々としてこの世界に慣れ親しもうとしただろうが。尤も、その歴史自体も大分誇張が混じっているのだがな。


「えっと、どういうことかは分からないけど………ハシンちゃん、また来てくれるんだね?」

「うん………」

「演技はしたままにさせるがな」

「………しね」

「いいよ~、全然!こっちのハシンちゃんも可愛いし、それに―――」


………すっかり健康を取り戻し、頬に赤みを宿したリナは笑う。


「大切な恩人に合えるだけで、嬉しいから」


思わず、息が詰まった。


「………そう」


そんな風に思われているとは思わなかったが。まあ、悪い気はしない。

ハーサがリナから離れたため、俺も立ち上がる。今日はここまでだ。

籠を頭の上に戻し、小さな笑みを浮かべているのを自覚しながら、リナを見る。


「………じゃあ、また」


そう言って、雑に手を振って外に出たハーサを追いかけたのだった。








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