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TS転生奴隷の異世界暗殺者生活  作者: 黒姫双葉
第二章 A steel and a will for a merder
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序 訓練風景




硬質な音が響く。

まず最初に聞こえるのは、砕ける音だ。ついで潰れる音。そして最後に断末魔。


「殺せ。裏切者には容赦はいらぬ」

「了解であります!」


この音を響かせているものの正体はギロチンという。処刑道具として最も有名な一つであるそれは、度重なる処刑によって血で錆び付いており、刃が落ちる度に甲高い音を響かせていた。


「良き街を、そして良き国を作るためには強き意思がなければならぬ。反逆者には見せしめを。裏切者には慈悲無き死を。殺戮と鋼鉄の決意を持ってのみ、世は正される」


恵まれた背丈を持つ男はリマーハリシアの軍服を纏い、その背丈と同じ程の長剣を担ぎながら街の中で最も大きな広間を立ち去る。

その男の背後からは未だ、断末魔が響き渡っていた―――。






***





目の前で小石が跳ねた。無害、と判断するには早計か。

四肢の使い方、使い道は限られる。幾つもの手数に対抗するには動かし方を常に考えなければ即座に詰む。

小石が跳ねたのは視界の左側、このまま俺が直進すれば石は目に触れ、一瞬の行動阻害が発生するだろう。この相手を前にして視界の半分が一瞬でも消えるのは間違いなく悪手。

………顔を少しだけ動かし、小石を目ではなく頬に当てる。

直後、左側から流れるような回し蹴りが飛んできた。


「ふっ!」

「ハッハッハ!!!」


腕で受け止め、即座にナイフを振り下ろし足に傷をつけようとするも俺を蹴った衝撃で俺の手が届かない位置に跳躍した相手―――ハーサは高ぶった笑い声を上げながら林の中へ消えていった。


「………チ。厄介な」


ここは俺たちの拠点、名もなき山の一角。

普段アプリスの街から戻るときに通っているルートとは別。その丁度、真反対から山を上がった際にある暗殺者の技術修練場で俺たちはほぼ殺し合いに近い訓練を行っていた。

こちらの樹はあまり密集しておらず、大きな川や滝、そして幾つもの崖が環境を構成していた。

無駄に広い拠点の山だが、同じ山でもこれほどまでに異なる風景を見せるのは珍しいといえるだろう。

因みに、山を登る難易度はこちらのルートの方が厳しいらしい。


「いくつかの戦闘を超えて随分と体術の技量は向上したな、ハシン」

「………」


声でハーサの位置を判別………は無理そうか。障害物や環境音を、音の反射を巧みに利用し、己の位置を判別させないようにしている。


「だが、所詮は普通の戦い方さね。それじゃあいつまでたっても達人の領域の戦闘はこなせない」

「お前の普通を押し付けるな、阿呆」


”長老たち”の戦力は明らかに常人を逸脱している。

現代兵器を知っている俺ですら、それを用いても殺せるか悩むほどの力量を持つ者ども………達人を超え、最早怪物に近いだろう。

俺は普通の人間だ、そんな連中と同列に考えられても困るのだが。


「第一に、現状の肉体的に普通の俺では、お前の言う超人的技量など発揮できん。色仕掛けなどと言うものを辞め、身体を鍛えればいいだけの話だろう」

「そりゃ無理だ。お前の身体はそもそも戦闘向きじゃないさね。戦いだけに特化すればすぐにどこかで死ぬぞ」

「………」


―――口を閉じる。

一応暗殺者としての先達であり、技量は間違いないこの糞ッ垂れ師匠の言葉は聞いておくべきことも意外と多い。

俺の身体が元々戦闘向きじゃない、か。

確かに成長しにくい少女の身体に加え、奴隷として栄養状態も悪かったのだろう、ふくよかとは言えない身体のパーツの数々。それらを見るに、戦いに身を置くものとして最低限の条件しか満たしていないのは事実だった。


「単体では脆い。そこで必要なのが、死ぬ気で覚えた技術さね―――死にたくないんだろ?奴隷として消費されたくなんだろ?なら、鋼の意思を持って技術を磨くことだ」


技術、技量。肉体が特別ではない人間であればこそ、それを必須とし、誰よりも高度に保持していなければならない。確かにその理屈は理解できる。

………言っていることは正しい。だが、俺の師匠は。


「ということで、弟子よ。………死ぬ気で覚えろ、じゃないと死ぬさね―――ハハハ!!!」


やることなすことが普通ではないのだ。

俺の聴覚が空気が振動する音を捉えた。剛速球が投げられるときに聞こえるあの音だ。

直感に身を任せ、全力で右側に跳躍すると、俺が今まで立っていた地面に直径五十センチを超える岩がめり込んでいた。

………ギアを上げてきたな。今までの訓練は、ハーサのものにしては生温いと思っていたがここからが本番というわけか。

さらに飛んできた大岩を別の方向に蹴り飛ばし、岩が飛んできた方へと走ると先程とは少しずれた場所から別の岩が投げ付けられた。


「人間投石器が………ッ」


チクチクと鬱陶しいことこの上ない。

避けるもいなすも簡単ではあるが、気を抜いて直撃すれば普通に死ぬ程度の威力はあるのだ。当然、正面から受け止めれば骨も折れる。

ナイフで地面を斬り抜き、こちらも岩を切り出すとそれを投擲するが、ハーサほどの威力が乗らず相手の岩によって砕かれる。

精々威力を多少減衰させるだけが限界だろう………岩を持ち上げる労力には全く見合っていない。


「どうした、攻めないのか、愚弟子!」

「黙れ糞師匠………!」


姿を現したハーサの手には、一際巨大な大岩があった。それを一瞬だけ空中に放り投げ浮かせると、ハーサがその大岩に対して掌底を放つ。

―――完全にハーサの肘が伸び切ると、その大岩が他の石と変わらぬ速度でこちらへと飛ぶ。巨大故、回避は間に合わないだろう。

どう考えでも異常な行動だ。これほど巨大な質量を野球の剛速球と称されるそれを簡単に超える速度で打ち出すなど、投薬兵並みの筋力が必要だろうに。

………いや、そうか。さしものハーサでも流石に投薬兵と同等の筋力はない筈。

にも拘らず、これ程の投石が行えているということは、そこに俺が覚えるべき技術が使われているという証拠に他ならない。


「フ―――ッ!!」


ナイフを煌めかせ、大岩をバラバラに切断する。

散らばる岩だったモノの奥で、ハーサが不敵に笑っていた。


「ほら、もう一個いくさね!」


掌底の前に一旦、腕は後方へ伸ばされ、そこから中空の岩へと流れるように打突する。

衝突の瞬間、俺の目にはハーサの腕が膨れ上がったかのように見えた。もちろん錯覚だ、そんな事実はないのだが………あれはあの瞬間に力を注ぎ込んだということだろう。


「成程、寸打の応用か」


打撃の瞬間に力を籠めることで威力を上昇させる技術、寸打。

それを応用させることでここまでの投石技術を生み出しているのだろう。再び飛んできたその石を切り捨て、どれ同じ技術で返してやろうと考えた瞬間、眼前に影が出来た。

ハーサの蹴り………舌打ちしつつ、踵落としを寸打を利用した左手の拳打で対応する。


「………ッ!」

「寸打ぁ?外れさね、愚弟子―――この技術は力の流動だ、寸打はその概念を利用した殴打術の一つでしかない」


ハーサの踵落としを砕こうとした拳が逆に砕けた。

嫌な予感がしたため接触地点を手の甲にした結果、治療が困難と言われる指は無事だが、どちらにせよ左手はしばらく使えないだろう。

………重さが違う。足だから、腕だからといった次元の話ではなく、四肢に込められた力の絶対量が違うのだ。

腕を抑えつつ、ハーサから遠ざかる。力の流動か―――古武術の概念だか何かで聞いたことがある気がするが。

似たような概念には投薬兵との戦闘中に辿りついたが、ハーサの言う力の流動はそれよりもさらに高度な技術なのだろう。

確かにこれ程の重さ、力の量を自在に操れるのであれば今まで斬れなかったものも簡単に両断できるようになる。そうなれば暗殺者としての腕前は格段に上昇し、より良く仕事をこなせるだろう。

尤も………その技術を完全に習得する前に、ここで俺が死ななければ、の話だが。


「ほら、頑張れハシン。―――優しい私はヒントまでくれてやったんだ、あとはお前次第だぜ?」


今まで仮面をつけてなかったハーサが、顔の書かれていないのっぺらぼうの面をつける。


「獅子は我が子を千尋の谷に落とす、だったか?ま、私からの愛情としてこの試練を受け取ることさね。ああ、まあ。死んだら笑ってやるよ」


地面が抉れ、気が付けばハーサの腕が俺の首元を掴んでいた。

呼吸を強制的に止められ、息苦しさが思考を埋め尽くし始めたその時、俺の身体が強烈な重力と、そして浮遊感を感じ取った。


「か、は………っ?!」


嗤う糞ッ垂れ師匠の笑みの正体は、落ち行く俺の眼下に広がる崖によるものか。

あいつはなんと、暗闇に染まる深い崖へと俺を放り投げたのだ―――本当に頭がイカれているな………!

さあ、どうする。考えろ、この場で取るべき、否………取らなければならない行動を。


「―――ッ!」


………腕を、後ろへ引いた。








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― 新着の感想 ―
[一言] 新章突入。 いきなり師弟での死闘修行&訓練回(あの再会時の挨拶を除けば試験以来かな)。
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