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TS転生奴隷の異世界暗殺者生活  作者: 黒姫双葉
第一章 Who are kill……?
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物届弟子



***




「おや。もう終わったのですか。お早いですね」

「ああ」


扉を出てしばらく歩けば、周囲にあるのは投薬兵の残骸と神父の姿。

成程、連れている兵士たちには一人の欠員もなし、か。銃が近接戦闘用の銃剣になっていたり、抜刀しているものがいたりと装備に多少の差はあれど、覚えた顔は全員そろっており、投薬兵を相手に完全なる勝利を達成して見せたらしい。

単純な身体能力の差というものは当然の如く侮れないものだが、戦術と数を用いればそれを覆すことが出来る。如何に投薬兵と言えども規律正しく訓練の行き届いた、さらに言えば装備の充実した兵には敵わないということだ。

………もちろん、乱戦となりやすい大規模な戦場では純然たる脅威であり話は変わるのだが、今回の状況では戦車を穴だらけの洞窟で運用するような物。

兵器の最大スペックを発揮することなど出来よう筈もない。


「会話をする気はないようですね」

「事実、不要だろう。偶然に同じ存在を敵としただけだ」


そもそも、貴様も俺と会話する気など最初からないだろう。


「名を尋ねても?」

「………”空”」


俺の本来の身分は戸籍すら存在しない奴隷という弱者の身分だ。名の文字すら正式なものはない。それ故に本名を述べたところで問題もないが、かといって教える理由もない。

暗殺者としての名を小さく呟き、さっさとその場を去っていく。

この地下坑道の後処理―――具体的にいえば不要領域の埋め立てや再利用などは勝手にこの神父たちがやるだろう。もっとも、街そのものの機能には重篤な障害が残っているかもしれないが。

なにせ街が行う主要業務である他の街との連絡や税の管理、計画的に為されるべき建設作業などは上層部が麻薬漬けになったことによって、その多くが無茶苦茶な進行となってしまっているのだ。

金は樹になるものではない、街の人間には残念なことだが、今回の事件のツケの幾部分かは街に暮らす民に降り注ぐことになるだろう。

たかが一暗殺者でしかない俺には、そこまでは面倒を見れん。

火種を踏みつぶす。つまり殺すことでしか世を動かせない俺たちにはそれだけしかできない。


「なるほど、覚えましたよ。………それでは、また」


一瞬だけ威圧感を出した神父を背後にし、その言葉は無視して先を進む。

他の歩兵たちは各々の武器を構えていたが、神父が手で制したため全ての武器を降ろした。


「あは、また(・・)ですって。面倒くさそうなのに目を付けられましたね、ハシン♪」

「………楽しげに言うな阿呆」

「戦う時は呼んでください、手伝いますよ?ふふ、あの人と戦うのは楽しそうです」

「俺は戦闘狂ではない。無駄な戦闘など邪魔なだけだ」

「え~、ハシンは戦闘狂だと思うんですけどねぇ」


―――お前やあの腐れ師匠と一緒にするな。

だが、実際に俺が暗殺者を続けている限りは再びあの男と出会う機会もあるだろう。なにせ街の大事において召集を受けるほどの人間なのだから。

それに、投薬兵をいとも容易く切り裂いて見せ、兵士を扱うことにも長けている人間………戦争に参加した経験もあるはずだ。

人間の経験は侮れん。無能な老害も世にはいるが、有能な達人も世にはいる。


「それで?ハシンはこの後どうするんですか」

「………届け物だ。つまらんものだが、俺が持っていても仕方がない」


髪の中に手を伸ばす。我ながらどうかと思うが、最近髪の中は小物入れに等しいものになっている。

見せたくないもの、密かに持ち運びたい物を収納しておくのには女性の髪はちょうどいい。

ある程度伸ばしておけば収納の他、髪自体を武器として使うことも出来るからな。まあそれは良い。

髪から手を抜き、開いた手の中にあるのは小さく銀色に光るペンダントだ。

ペンダント、と言っても形状は指輪であり、本来ダイヤなどが収まる場所には宝石を模した丸い蓋が取り付けられていた。それをゆっくりと開くと、金属が擦れる小さな音をたてた後、その内側………蓋と本体にそれぞれ描かれた二つの絵が俺たちの目に飛び込んでくる。


「在るべき所へ」


一つは子供の落書き。大人の男性をモチーフにしたと思われる、小さなペンダントに描かれた大雑把な絵。

もう一つは、丁寧に金属棒で削り、描かれた少女の笑う顔。硝子を削って輪郭を象り絵画とするそれと同じ手法がとられた絵は、余程器用な人間が描いたのだろう、素人のものとは思えないほど精巧に作られていた。


「こんなのいつ見つけたんです?」

「ルーヴェルのキャラバンサライに行った時だ。娘はとっくに、死後すら凌辱されていたがな」

「………へぇ」


それにしても、あの薬学に精通した男は存外に器用だな。

諦念という名を与えた男―――さて。その名を覆すに足る人生を自らで描き出せれば良いが、まあこの街と同じだ、そこまでの面倒は見れん。

だから、そう。今回のこれはただの気まぐれと偶然である。見つけてしまった財布を交番に届けるような、そんなものだ。


「俺は戻る。リマーハリシア辺境へとな。衛利はどうするつもりだ」

「んー、折角だしついていきますよ。どうせ暇ですし。お祖母ちゃん探さないとですし」

「………連絡手段はないのか」

「ありませんよ~、あはは。お祖母ちゃんそういうの大っ嫌いですし―――やろうと思えば魔術で連絡とかもできるらしいですけど」

「ほう」


この時代に遠隔通話か。それは羨ましい限りである。

暗殺者となって活動を行えば行う程に、気軽な通信手段のありがたさが身に染みる。遠方にいる人間と隣にいるかのようにして話せるのは行動の速度に直接つながるからだ。

情報伝達が遅ければその間、時間を束縛される。

そんなことを話しながら焼き尽くした芥子坊主の跡地や拷問部屋を通り過ぎ、ようやく俺たちは再び外の空気を吸える場所まで戻ってきた。

あの神父、きっちりと背後の敵まで仕留めていたらしい。明らかに俺たちのものとは違う殺傷痕に塗れた死体がいくつか存在していた。まあそれはどうでもいいのだが。


「………こういう時ってこう、朝日が出ているものじゃないんですか?真っ暗じゃないですか、月出てますよ」

「暗殺を開始した時間と終えた時間を考えろ。そして日の出まで時間をかけて相手を殺す暗殺者がどこにいる」


思わず呆れる。この世界に漫画やら小説やらはないだろうに、衛利の思考回路は既にサブカルチャー的展開を求めているようだ。あまりに時代を飛躍しすぎている。


「爽快感はないですが―――じゃ、行きますか。リマーハリシアに」

「帰るの間違いだ。少なくとも俺にとってはな」


仮面を外すと、俺たちは夕闇へと溶けていく。

目的地はリマーハリシア辺境フルグヘム、その一都市であるアプリスの街。

傷だらけの男に、小さな気まぐれの届け物と行こう。







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