奴隷売買
「ハシンちゃん……………はあはあ、じゃあ、行くよ…?」
「は、はい……」
随分と肥えた、まるで豚のような体をした裸の男が、天蓋に覆われた高級そうなベッドの上に昇っていく。
そのベッドには、すでに先客がいた。
短めの白髪に、褐色の肌をした、小柄な少女――ハシン、つまり俺である。
―――俺は、か弱く、なんの武力も持っていないように演技する。
糞豚……いや、男は、俺の体を目当てにベッドに上がり……そして、男と同じく何の服も来ていない俺の体に手を伸ばし――。
「ハシンちゃん!」
「………そこまでにしておけよ、このクソ豚め」
おっと、あまりにも醜いからつい本音が出てしまったようだ。
とりあえず、「え?」という顔をしている豚にむけて、口の中に隠し入れた針を飛ばした。
吹き矢の要領で飛ばされたその針は、寸分たがわずに豚の眉間へと刺さり……豚を気絶させた。
「これで、ミッション完了だな……」
あとは、この豚の住んでいる屋敷の地下に行って、俺の同族――拘束されている奴隷たちを解放すればいい。
豚本体は……ハーサが何とかしてくれるだろう。
と、そこで上から気配を感じた。
「いよお。なんだ、もう殺したのか?」
「殺してはいない。神経にさして気絶させただけだ」
「そうかい。今回は殺しても何の問題もなかったんだがね」
ぬっと天井から人が下りてきた。
「いや、この屋敷は天井の模様は単調で助かるね。色をほとんど使わなくて済む」
「……どんな体力してるんだ、あんた」
その”人”は、体中に木目があった。
そして、その木目は天井の木目と全く同じである。
”人”は、その木目に手をかけると――びりっと引き裂いた。
中から出てきたのは、黒い長髪に、俺と同じく褐色の肌をもった、背の高い女性だった。
木目だったものは、切れ目をよく見てみると、薄い葉っぱのようなものであることが理解できる。
これは、バインドリーフと呼ばれる、繊維を取り出し、まとめて乾燥させると紙のように薄く、そして、粘着性を帯びる葉っぱだ。
この女――ハーサは、それを体に着けて、天井を掴んでここまで来たのだ。
たしかに、上をほとんど見ない人間の心理と、昏い屋敷内でカモフラージュするその方法そのものは納得できるが、ほとほと、その体力には脱帽せざるを得ない。
「まあ、生きているならそれはそれで使い道があるからね。利用させてもらうとしようじゃないか。……ほら、ハシン。とっととおまえの仕事してきな」
「言われなくてもやるさ」
さきほどの目標通り、地下の奴隷を解放しに行く。
……その前に服を着て、だが。
「私の弟子一号にして、忠実な奴隷君。まあ、がんばっていくことだ」
そんな、適当な声援もどきを背にしながら、豚の部屋を後にする。
――さて、なぜ俺がこんな状況になっているのかというと、それは結構前にさかのぼる。
***
…………一か月前。
「おーい、橋見君!」
「なんだ?」
俺の通う学校の帰り道。
この学校で友人になった、七里六花という少女が後ろから俺を追ってきた。
友人とはいえ、そこまで親しくもない間柄。
いったい、何の用だろうか。
「ふう……これ、落し物」
「……うん?こんなもの落とした覚えないぞ」
そもそも、持っていた記憶自体がない。
七里が差し出したものは、長さ十㎝、厚さ一㎝、幅二㎝の錆びついた短刀のようなものだった。
鍔や鞘はなく、かなり黒ずんでおり、刀身などは錆でギザギザになっていたが、柄のあたりについた乳白色の宝石だけはきれいなままだった。
「あれ…?橋見君の鞄から落ちたんだけどな?」
「残念だが、俺じゃない。見間違いだろう」
「そっかあ……。橋見君が落し物するなんて珍しいと思ったら、別人だったのか」
「珍しい…?そうか?」
「うん!だって橋見君いつも冷静っていうか、さめてるっていうか、無表情っていうか……こう、すごくおとなな感じがするよ?」
……大人な感じがするのか。
自分ではそうは思わないが。
というか、後半のさめてる、無表情はただの悪口ではないだろうか。
「まあ、ここまで来てくれてご苦労だったな。疲れただろう」
「え?ああうん、そうでもないよー。私、陸上部だから!」
「いや、陸上部でも疲れるとは思うが」
俺の家は学校から結構遠い。
しかし、この場所からだったらすぐに到着できる。
ようは、そのくらい近くに来ているということだ。
到着したときに息も乱れていたし、おそらくは相当の間を走ってきたはずだ。
「……七里。おまえ、家はどちらだ?」
「え?んとね、この先だよ」
「俺の家よりも遠いのか……。この後どうするんだ?」
「学校に戻って、持ち主を探そうかなって」
これからまた学校に戻るのか…。
さすがに、女の子にやらせる作業ではない。
「……うむ、ああ、それは俺のだ。じゃあ、ちゃんと家に帰れよ、七里」
七里が手に持っていた黒い短剣もどきをひょいっとつかむと、そのままポケットに入れた。
「え?でもさっき違うって」
「俺の気のせいだ。やはり落としていた」
「そ、そうなの…?」
「ああ」
七里を適当に丸め込んで、家路につかせる。
しかし、まだ困惑してくるようだ。
「えっと、橋見君……。嘘は言っていませんか?」
「もちろんだ。俺の目をよく見てみろ」
「―――――じぃー……」
「ふむ」
言われたとおりに、俺の目を見てくる七里に、俺も同じように返す。
謎の見つめ合いが始まっていた。
通り過ぎていく人たちが、なんだあいつらという視線をしていたのは無視することにしよう。
さあ、演技をさせたら超一流といわれている(俺の中で)、俺の嘘を見破れるか、七里。
「―――うぐぅ……」
かれこれ一分くらいの見つめ合いの果てに、七里は顔を真っ赤にしてそむけた。
俺の勝ちだろうか。
「まあ、そういうことだ。ちゃんと家に帰れよ」
「なんか丸め込まれた――!」
残念だが、丸め込まれたという証拠がなければそれを糾弾することはできない。
そして、ここでは俺の記憶のみが証言であり証拠である。
よって、最初から七里にこの勝負勝つことはできなかったのである。
勝負といっても、ただの見つめ合いだったんだが。
「ではな。またあした」
「あ、うん……また明日…?」
まだうなっている七里を追い越し、俺は家に帰った。
***
「さて、そうはいってみたものの、これは俺のものではないしな」
家に帰り、俺の部屋に戻ってきた。
確認の意味も込めて、先ほどつかみ取った短剣を見てみる。
こんなもの、誰が持っていたのだろうか。どう考えても使い道が存在しない。
もしかしたら、形見だったりするのかもしれない。
なら、探してやらないといけないか。
「―――ん?なんだ、これは」
短剣の柄、そこに埋まっている乳白色の宝石が光を放っていた。
宝石って光るのか。
そんな高いものもっているわけもないので、初めて知った。
というか、大丈夫だろうか。
光はどんどん強くなってきているのだが……?
「むむ…押さえれば止まるか……?」
壊れた機械は叩けば治るものである。
その理論で行けばきっとこれも叩けば治るはずだ。
とはいえ、誰かの遺品かもしれないもの。
壊すわけにはいかない。ここは軽くたたくとしよう。
俺は、壊れない程度に抑えた力で、宝石に触れてみた。
その瞬間、宝石から発せられていた光が俺の体を包み込んで―――――。
「ほら、起きろ!」
「――う?!」
気が付いて、周りを見渡したところで背中に思いっきり鞭をたたきつけられた。
痛いな……。
まあ、それよりも……どこだ、ここは?
見たあたり、暗い地下室か。
岩などを積み上げるなんて面倒なことをしてはおらず、ただ土を掘っただけという雑さ。
さらには、糞尿などもそのままにしており、ひどいにおいが漂っている。
その地下室には、小さい男の子や女の子が拘束されていた。
「この女、なかなか美人ですね…?」
「ばっかてめえ、売りもんだぞ?どうせろくでもねえことしてここにいんだろ」
「そうですかね…。――あれ?」
「ああ?どうした」
俺をぶっ叩いたのは、筋肉質の体をしたでかい図体の男だった。
腕に入った、一筋の傷が特徴的だ。
それにどなりつけられているのは、細い体をした男である。
まあ、さきの巨漢に比べればというだけであり、細くとも痩せているという印象は受けない。
「いや、こいつ奴隷リストにないんですが?」
「ああ?んなわけあるかよ。じゃあ、こいつは何でここにいんだっつの?」
「うーん…?山賊かなんかにさらわれてきたんじゃないんですか?」
「族共からの流し売りか……」
「ですね。どうします?」
「そのままでいい。見た感じ上質な体をしているし、使われた形跡もない以上、処女だろう。高く売れるぞ」
「今日は儲けが出そうですね、リーダー」
知らないところで何か話がまとまっていくようだ。
というか、先ほどからこの女って言うあたりで俺を見ているのだが……?
もしかして、俺、女になっている…のか?
俺の体は先ほどからずっと、樹でできた拘束台のようなものに括り付けられており、下を見ることができない。
どうなっているのかわからないのである。
……というか、本当にここは何処だ?
先ほどまでは確実に俺の部屋にいたはず。
と、そこで巨漢が近づいてきた。
巨漢は俺の拘束を外すと……こんどは、俺に鎖付きの首輪をつけて外に連れ出した。
「さっさと歩け!てめえは今日一番の売りもんだからな!」
――男の言葉など、耳に入らなかった。
体を拘束する台に阻まれてみることができなかった俺の身体。
服をなにも着ていないそれの股間部には……何もついていなかった。
……本当に女になっているのか…!
さらには、肌の色も褐色になっており、背丈自体も変わっているように感じる。
――いや、変わっている。
「なんなんだ……」
「あ?ここは奴隷市場だよ。てめえはこれから売られんだ!」
いや、それに関しての疑問ではなく――――奴隷?
ああ、つまり奴隷だから服を着ていないのか。
確かにこれから売られ、選定されるものに服など着させていたら無駄の極みである。
………俺が、奴隷?
「歩けっつってんだろうが!」
「あう!?」
ガシャッという音を立てて、鎖を引っ張る巨漢。
それがついた先である俺の首輪が思いっきり引っ張られ、つんのめり、倒れる。
「速く立て、殺すぞ?!」
「……わかったよ」
今は、俺が女になっていることや、ここがどこかなんて考えている場合ではない、か。
今どうするかを考えなくては。
巨漢の言葉に従い、立ち上がる。
「ほら、てめえを買い取ってくださるありがてえお客様だ!しっかりとみておけよ!」
地下室から出された俺は、台の上に登らされ、衆目の面前に放り出された。
暗いところからいきなり明るいところに出されたせいで、チカチカする視界の中、端のほうに褐色の女がいた――気がした。
気がしたというのは、収まった時にはもういなかったからである。
錯覚…か?
錯覚を放っておき、前に目線を向ける。
………そこには、脂ぎった男たちが大量にいた。
「どうもみなさん!ヴィッカ奴隷商からは、処女で健康優良な上質奴隷を販売いたしますぜ!はじめは50000ルールからだ!さあ、張った張った!」
処女ってあたりで、男どもが一気に沸き立った。
競売が始まり、巨漢が言った値段を、次々に更新していく。
55000……60000……70000……。
そして、男たちの中でも極めて太った、まるで豚のような体をした男が発した値段で、周囲が固まった。
「200000ルール!私が買う!」
シーンとなる周囲。
巨漢はそれを終わりとしたのか――――。
「200000ルール!毎度あり!」
バンバンと手をたたき、競売の終了を知らせた。
そのまま俺の身体を巨漢の方向へ向かせると、手に持った何かを俺の胸、その少し上あたりに思いッきり押し付けた。
――ジュウッっと、人体が焼ける嫌なにおいと、激痛が走った。
「――ッあ、うぐ?!」
焼き鏝か…!
そこに書いてある文字は――売買完了。
巨漢は焼き鏝を先ほどの細い男に渡すと、俺の身体の、手と足に錠をかけた。
……これで、動けなくなった。
「ほら、さっさと行け!」
「…………」
背中を力任せに押されて、群衆の中に放り込まれる。
わざわざ直接受け取らせないのは、面倒だからか、奴隷が逃げることができないとわかっているからだろうか。
逆らうことはできないと判断し、重い手足を引きずって豚のところへと行く。
その時、一瞬だけ錯覚が見えた。
「――名を尋ねられたら、ハシンと名乗りな。短剣の御礼はしっかりとしようじゃないか」
そう、言葉を残して。
……短剣。
そうだ、あの短剣は何処へやったのだろうか。
きっと、あれがこんな状況になった原因のはずなのだ。
やがて、豚の元へとたどり着く。
「ぐふ……、ねえ、お嬢ちゃん…。名前は?」
ここは、錯覚を信じてみるのはいちばんの正解――か。
そう考えて、俺は豚に名乗った。
「――ハシン」
そう、これから俺の名前そのものになる銘を。