貧困
長いテーブルに並べられた、料理。
魔王の食事ともなれば、所狭しと並べられた、なんて言うのがルールというか、一種の様式美なのかもしれないけれど、残念ながら、それは誇張表現が過ぎた。
今日の魔王様の朝食。
豆のスープ。小さなパン。
以上。
「ドッキリか嫌がらせか、どっちだい?」
「私はいつも本気で御座います魔王様」
「本気で嫌がらせしてるのか。クビだお前は」
「嫌で御座います。嫌がらせでもないのです」
いや、美味しいんだけどさ。美味しいんだけどさ!
違うじゃん。なんか違うじゃん。こうじゃ無いじゃん。
やっぱりそうなのか。僕が危惧した通りなのか。全くなんだって、僕が生きるのに難しくなることばかり判明するかな。
「ねぇ、君。もしかしてだけどさ」
「はい」
「魔王城の経済状態って、困窮してるよね?」
「ぎくっ」
ぎくっじゃねぇ。
「……君以外の使用人は?」
「おりません」
「この料理って精一杯?」
「はい」
「明日生きるのも?」
「辛いです」
「……………………………」
わぁい。僕の推理当たったぁ。
「なんなの……」
折れる心。崩れる膝っ!
なんだ。なんだっていうんだ。僕が一体何をしたって言うんだよぉ……あ、親のすねをかじりながら生きるニートでしたね、こりゃ仕方無い。
「お恥ずかしながらここ、ベルフェゴール国は、現在存亡の危機に立たされております」
「君はその状態で魔王様は何もしなくて良いって言ったわけ?」
「はい」
「素直っ!」
「ありがとうございます」
誉めてねぇ。誉めてねぇよ僕は。
ぐ、くそっ、参ったな。これでは何もしないニート生活など夢のまた夢だ。生きるのも辛いのにごろ寝? 馬鹿やろう。別に僕は積極的に死にたい訳じゃあ無いんだよ。
いや、確かに以前の僕ならこのまま何もせずに死んでいたかも知れない。だけれど、今の僕は向こうの世界に帰るという目的がある。そのためには、何が何でも死ぬわけにもいかなかった。
だったら、その理由を聴き、策を講じなければいけない。何のって、勿論僕が向こうに帰るまで、ダラダラと過ごすための策だ!
「……理由は? どうしてそうなったの? 僕は一応、七つの大罪、その悪魔の名を冠した七人の魔王、大罪魔王の一人だよ? それが何故こう、野垂れ死にの危機に立たされてるの?」
大罪魔王
七つの大罪というのは、世間的にも良く知られた話だと思う。簡単に言えば、人間に罪を犯させる感情のこと、かな?
そして、それに比肩する七人の悪魔の名を冠した七人の魔王の事をそう呼ぶ。
傲慢
強欲
嫉妬
憤怒
暴食
色欲
怠惰
この七人。因みに魔王と名乗っていいのはこの大罪魔王のみで、この世界に国と呼ぶ物は勿論のこと七つでは足りないけれど、この七人意外は魔帝と名乗る……らしい。僕の頭の中に植え付けられた知識によると、だけれど。
邪知暴虐の限りを尽くした初代達のお陰でこうして、大罪魔王だなんて呼称までついた。
ベルフェゴールという名前は、それほどまでに凄いのだ。
そうだというのに。そんなにも凄い国だった筈なのに。
何をどう間違ったら、こんなホームレス手前まで落ちぶれることが出来るのさ。
「先代が無能だったんです」
「素直っ!!」
「ありがとうございます」
にっこりと、顔に皺を刻んで柔和に笑んでみせる。まるで、孫娘を見るような、そんな顔だった。
そんな顔で先代を罵倒致したぞ、このジジィ。
怖いよ、いつか僕のこと裏切るんじゃ無いのコイツ……
「先代は血の気が多く、怠惰の魔王にあるまじき事に、酷く精力的でした。その全てを求める姿勢は、そう。まるで強欲の大罪を体現しているかのような、そんなお方でした」
「ふぅん。でもそれだと発展はしても、衰退はしなくない?」
「いえ。ここが先代の無能な所でして」
もうやめたげて。
「後先考えずに戦争をし続けた結果、国の財政は圧迫。兵は傷付き、物資は枯渇。国民の不満を買い、革命が起きました。王は失脚し、処刑され、今に至ります」
あぁ、なるほど……それならこの状態にも頷ける。
戦争……国を治める王達の娯楽であり、この世界に生きる為の最も重要な手段。
互いに欲するもの、兵数を提示し、お互いが同意すると同時に行われる命懸けのゲーム……というか能力を使用した殺し合い。
王を殺すか、若しくは王の降伏によって勝負が決し、あらかじめ決めておいた景品を受け取ってゲームセット。
信じがたいことに、ゲームは世界の意志とやらが管理しているらしく、提示した兵数以上の兵を出場させたり、相手の望む物を与えなかったりすると天罰が下るのだとか。
うん……スッゲェやりたくねぇ。
使用人すら犬ジジィしかいないのに兵士なんかこの国にいるわけがない。そもそもそんな資源もないだろうし、第一僕には能力がない。
そんな僕の心情を察したのか、犬ジジィが言う。
「ご安心下さい。今のこの国に、狙われる理由など御座いませんゆえ」
「うん……嬉しいやら悲しいやら……」
ただ嘆かわしいな。
「それで、さ。革命した位だったら、新しく政治もするでしょ。新王は?」
「私です」
「ひげ全部抜くぞ」
「う、嘘では御座いませんっ! 私こそ新制ベルフェゴール国の王、ファルガレオ=シルバレット!!」
何気に名前初めて聴いた……じゃないな。そこじゃないな僕。
「じゃあなんで君が魔王やらないのさ!?」
ここだ。ここの一点張りだ。ここに限る。
「器じゃ無いのです……民を纏めさせたのは私ではなく、先代魔王への怒り……皮肉にも、失脚した先代魔王が、民を纏めていたのです」
「そ、そんなこと言ったってさ……こんななんの力もないガキよりは向いてるでしょ……」
「そんなことは御座いません!!」
犬ジジィが、僕の手を取った。
その顔は冗談なんて言ってる顔では明らかになくて、瞳には、すがりつくような色が滲んでいた。
「貴方様には、力があります……この国を救う力が、宿っています……どうかそんな事は仰らないで下さい……」
この瞳は、久し振りに見た。
どうにかしたいのに、自分じゃどうにも出来なくて、だけど諦めたくないから、どんな小さな希望にも食らいつく、悲痛な目。
「……はぁ」
この目は、嫌いだ。面倒臭いから。
なんで僕が頼られなければいけない? 僕にしか出来ないから? 何かを願うなら自分でやれ。出来ないなら諦めろ。頼られるのは、面倒なんだ。
だけど。
「分かったよ……だけど、期待するなよな」
もっと面倒なのは、僕はこの目をされると、断れないことだ。
「ありがとう……御座います……っ!!」
チッ。だから嫌なんだ。何もしていないのに、もう救われた気でいやがる。
「言っておくけど、僕は自分のためにやるんだからな。僕は楽に暮らしたいんだ。その為にはこの状況は望ましくない……それだけ」
冷えたスープに口をつける。
どうも見られながら食べるのって、落ち着かないな。
「ん」
皿を、犬ジジィの方に寄せた。
「はい? あの、これは……?」
「もういらない。君が食べなよ」
「……一生ついていきます」
「は!? なに泣いてんの!? 意味分かんないよ! 本当にもういらないだけだってば! 思い上がるな!」
「はい……! はい……!!」
ぐ、くそっ、絶対なんか良い方に解釈してる……!
僕を勝手に美化するな! 期待されるのは嫌いなんだ! それを裏切ったときを考えると、これほど面倒なことも……
「……まぁ、良いか」
いや、もう、良いや。
期待なんか裏切ろうと、僕の知ったこっちゃ無い。失望するなら勝手にすれば良いさ。
でも。
「………………」
涙を流しながらスープをすする犬ジジィを見て、握り締めているこの右手は、一体どういうことなんだろうか。
今の僕には、分からない。
この気持ちの名前を知るのは、もう少し先の事だ。