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魔王様、元気。

 チュンチュンと、鳥の鳴き声で目覚めるなんていうのは、創作の中では割と良く見られる描写だとは思うけれど、実際にそうして目覚めたのは、この僕、遠羽真からしてみれば初めての事だった。

 つい先日、というか前日、良く分からないままに魔王とやらになった僕の寝室は、広い。それこそ落ち着かない程に。

 昨日、僕が犬ジジィに会った場所は、話によれば玉座のある、いわゆる王の間。寝室はそこと同程度の広さがあり、そしてどこぞのお姫様でも眠っていそうな天蓋付きのベッドだけが鎮座しているのだ。


 最初は天蓋付きのふかふかベッドに興奮した物だが、落ち着かないし、引きこもれそうもないし、駄目だなこれは。そのせいで僕にしてはかなり早めに起きてしまった。

 やっぱり向こうに帰りたい。絶対に帰ろう。

 目標という目標の無かった僕にしてみれば、何かをやってやろうと思う気持ちは堪らなく革新的な物だ。この気持ちを向こうでも持っていれば今頃こうなることも……まぁ、後悔先に立たずか。


 取り敢えず、顔を洗いたいな。

 昨日のうちに案内された、洗面所の方へと僕は歩き出した。





「ぷはっ……」


 顔を洗っていて、いや、正確には鏡を見て、気付く。

 容姿が変わっていない。向こうにいたころと変わらない、長すぎる黒髪に、女みたいな顔だ。背も百七十に漸く届くかといった程度で、決して大きくはない。


「ふぅん……」


 そこで推測。容姿が変わっていない、つまり僕をここに送った奴が、ちょちょいとしていない。ということは、僕みたいな奴……耳や尻尾の生えていない、普通の人間が珍しくない。

 そして、それが正しいと仮定するなら、僕のこの頭の中の知識も正しいことになる。


「あの時言ってた一般知識って奴? どうも信じがたいけど……」


 目覚めたら頭の中にあったこの知識。こっちの手が右手、みたいなそんな当たり前のレベルで、この世界の事が分かる。

 言葉も普通に通じたし、アイツの事は信頼はしなくとも信用しても良いのかも知れない。

 ただそうなると困った事がある。この知識によると、僕のいるこの世界にはアビリティ欠片ピースなる異能力が有るらしい。

 火を吹いたり、雷を操ったり、そういう世界の法則を無視した神の奇跡とでも呼ぶべき、そういう力が。

 無論僕にそんなものは無い。つまり。


「僕、すぐ死ぬやん」


 以上、僕が困っている理由。QED。


「……どうしよう」


 これは割と切実な事態ではないだろうか。魔王になったからには暗殺者とか来るんじゃないの? その時僕は自分で自分を護れない。

 やっぱり安請け合いするべきではなかった。 


「はぁ……」


 憂鬱な気分を吐き出しつつ、腕に巻いていたヘアゴムで髪を後ろに縛り、右目を露出させるためにヘアピンで留めた。

 左目は……出さない。どういうわけか生まれつき黄金だったこの瞳に、少なくとも良い思い出は無い。


「まぁ、かといってそんなシリアスな過去が有ったりはしないのだけれど」


 雑に顔を拭いて、一人ごちる。

 さて、暇だぞ。残念ながらこの世界のネット環境に期待できるわけもなし、暇つぶしの方法など極々限られている。どういうわけか、引きこもりの割に今の僕は少々アクティブな気分だ。恐らく命の危険が迫っている状況が、多少なりとも僕の尻に火をつけたんだろう。

 後はまぁ、元々人が苦手だとか外が怖いだとか、致命的な事で引きこもっていたわけでもないしね。

 向こうに帰るには、とにかく生きなければならない。生きるためには、まず。


「食べることかな……」


 要約。オナカスイタ。


「キッチンはどこだー」


 肩からずり下がるスウェットもそのままに、大あくびをしながら僕は、探検がてらキッチン捜索の旅へと繰り出した。






「どこだここ」


 五分で迷った。

 お、可笑しいな。別に僕は方向音痴でも無いはずなんだけど。

 いやしかし。だがしかし。土地勘など有るわけもないのだから仕方のない事だ。うん。だから僕は馬鹿じゃない。

 適当な言い訳で自分を慰め、すぐそこの壁に寄りかかる。迷ったときは下手に動かない方が良いとは言うけど、そもそも建物の中なのだから、それが当てはまらないような気もする。

 結局動き回ってなんとか犬ジジィを見つけるのが最善かな……お?


「傷……?」


 ふと後頭部に違和感を感じて、壁を見る。

 大きなキズが有った。人為的につけられたような物ではなかった。ただ、風化したような、老朽化の為に付いたような、時の運命さだめの、傷。

 それが妙に気になった。別に珍しい事では無いはずだ。だけど、この豪奢な城にあるそれが、どうも異物なような気がして、堪らない。

 いや、それ以上に、何か重大なことに僕は、気付こうとしている。


「ふぅん……」


 らしくないけど、考える。

 問題提起。何故この傷が付いたか……じゃないな。何故、僕はこれが気になった?

 仮説。豪奢な城にそんなのが似つかわしくなかったから。あの犬ジジィの僕への忠誠を考えるに、放っておきそうもないから。

 じゃあ何故放っておいているのか。いや、放っておくわけがないと仮定しよう。そうなるとつまり、放って置かざるを得ない状況であるということだ。

 手がかりを提示。時間によって付いた傷。他に何か……別にこれに繋がる事じゃなくて良い。何か、気になったこと。

 振り返ろう。僕は朝目覚めて、身支度を整えて、朝食にありつこうと城内を五分ほどさまよって、そして迷った。


「あぁ、なるほど」


 五分も有れば、人間それなりに移動できる。だというのに僕は、誰にも会っていない。

 勿論こんな城に住んだことのない庶民の感覚だけれど、それはどうも可笑しな事の気がする。

 では、どういう場合そういうことが起こるか。

 例えば、某夢の国なんかで歩き回れば、まぁ歩き回らなくとも、人なんかいくらでもいるだろう。

 じゃあ、過疎化の進んだ田舎ならどうか? 探せばいるだろうけど、ふらふらと宛もなくさまよって人に会う確率は、ぐっと低くなる。

 つまり、そういうことなのだとしたら。

 この傷と、人に会わなかったこの事実が、結びつけられる事柄なのだとしたら。


「……おいおいマジ?」


 導き出した結論は、背筋を凍えさせる物だった。

 い、いやいや。これが事実だという証拠が有るわけでもないし? そもそもこんな僕がこの少ない手がかりで出した結論なんてたかが知れてるし?



「……犬ジジィどこだァァァアア!!!」


 駆け出した僕は「お呼びですかな?」とまるで忍者のようにすぐそこの角から現れた犬ジジィに驚愕して、すっころんで鼻を擦りむくのだけれど、それは別にどうでも良いことだ。

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