プロローグ
ステンドグラスの天井をすり抜けて、色の変えた太陽の光が優しく僕に降り注ぐ。昼寝をしたりするにはどうもこのカラフルな光は向いて無さそうだけれど、こうして寝転がる分には最適だった。
一つ溜め息を吐いて、大きなソファーの上で寝返りを打って、見覚えのない部屋を見渡す。
広い。先ず目に付くのはその広さ。家具などの物がないから尚更そう思う。赤いカーペットが白い床や壁に良く映える。所々金色の装飾がされていて、四角い部屋の四隅には観葉植物。
上品だ。そう思う。装飾過多ではないが、決して質素ではない。嫌みのない豪奢さ。どうも中々にこの場所は、僕の趣味に合っていた。
「……要するに僕はその、君の話を信じるならば、だけれど、魔王……なんだ?」
こんな言葉を日常的に使うことになるとは思わなかった。『魔王』 なんとも胡散臭い言葉である。今日び中学二年生でもそんな言葉早々言わない。
「その通りで御座います」
だというのに、僕の目の前の燕尾服を着こなす白髪の老人は、なんの戸惑いも躊躇いもなくイエスと言った。
『嘘ぴょーん!』とでも言ってくれればどれほど気が楽だったか……いや、ことこの老人に限って言うなら『嘘ぴょん』では無く『嘘だワン』だろうか。何故って、なんていうか。
生えてるんだもん。犬耳が。
「……………」
僕の視線の先でピコピコピコピコ見事な銀毛の犬耳が揺れる揺れる。どう見たってアクセサリーの類ではない。というかこの全く衰えを感じさせない精悍なご老人が、犬耳を付けて喜んでいるなら僕は間違いなく殴る。冗談なしに。真面目に。
少し視線を下げればフサフサの尻尾がパタパタ。なに喜んでんだジジィ。
ジジィが犬耳って誰得だ。誰だってそう思う。僕だってそう思う。僕だって可愛い猫耳美少女に会いたかった。だけど仕方がない。だって僕は運命の神様でもロマンスの神様でも無いのだから。
「貴方様に会えた運命に感謝致します魔王様」
黙れジジィ。
「……魔王魔王って五月蠅いな……さっきから言っているけど僕は普通の人間だよ。見なよ。君みたいな耳があるかい? 君みたいな尻尾は? 無いだろう? 何故ならそう、僕は人間だから」
「何を仰いますか! その左の黄金の瞳! 黄金の腕輪! 貴方様こそ、長く我々の待ち望んだ、そう! 魔王ベルフェゴール様、その人なのです!!」
無駄に良い声で犬ジジィ(仮称)はそう言った。
ベルフェゴール……ねぇ。はぁーぁ、全くどうしてこうなったのか。
僕の賞賛を延々と口にするダンディボイスに嫌気がさして、僕はそっと、瞼を閉じた。