少女は、民を想う
少女は大人になる。
その死によって乳母という枷は外れたが、だからと言って何も考えずに檻の扉を解き放てるほど子供でもなかった。
思考しか自由にならなかった少女は、少ない情報を元に様々なことを考えた。
例えば、この国は今どうなっているのか。
乳母が言うように、逆賊が国を乗っ取ったせいで国は乱れたか。
少女の出した結論は、否。
それはカレンが教えてくれのだ。
この隠れ里は、貧しい。
カレンの父が援助をしてくれているとはいえ、豊かとは言い難い。砂糖などは贅沢品で、年越しの祭りに食べられる甘いパンが里人の大きな楽しみであるほどに倹しい生活をしている。
この隠れ里の住人に元の身分が高かった者は殆どいない。少女の父が逆賊に討たれた際に共に命を散らした者の縁者で、追っ手が掛かるほどではない取るに足らない者、それも経済状態の悪い下級貴族が殆どだと薄々気付いていた。使用人達の話を漏れ聞くに、経済状態が良い家の者は貴族の位を剥奪されても国外へ逃亡するなどしてそれなりの生活をしているようだ。乳母は身分に関して酷く神経質だった。一番身分が上なのは勿論少女だったが、その次が侯爵家に生まれ、同格の侯爵家に嫁いだ乳母、そして里長となった元伯爵家次男にして元騎士、後は乳母からすれば取るに足らない下級貴族ということは把握している。
窓から眺める風景の中で、下級とはいえ曲がりなりにも貴族であった彼らは特に不満も見せずに淡々と隠れ里を開墾し、農民と変わらない暮らしをしていた。その傍らで剣の稽古も怠らなかったが。
いつか少女を旗頭として在りし日の王国を取り戻す。
彼らは妄執のように頑にそれを信じていた。乳母のように。
それが何故なのか、少女には分からなかった。
ただ、たとえ少量でも砂糖を使った焼き菓子が都市部の庶民に流行っている。その事が教えてくれることがある。
焼き菓子の他は、装飾品だ。
ベルベットや絹の小さなリボンに色とりどりの刺繍を施した髪飾りだ。それらはやはり都市で流行っているようで、カレンも上品な色合いのものを選んで髪に飾っていた。いつものように見せびらかし、姫様にもいかがでしょうかと乳母に尋ねた上で、でも良く考えたら高貴な方には相応しい品ではありませんでしたと言い直して謝罪する。いつもの茶番であり、乳母はその通りだと頷いていた。中途半端なものを身につけるよりも、何も無い方が良い。誇り高い乳母は、少女がそれらを欲しいとは一言も言わず、態度にも一切出さないにも関わらず嗜めたものだった。
隠れ里の女達に装う余裕は無い。陰気で潤いを失い痩けた顔をした女達は喪服のような黒い服ばかり着ていた。少女が着る服も素材ばかりは上等な絹だったが、黒ばかりだった。上品ではあるが、華美さのないつまらない首まで詰まった地味な黒いドレスだ。明るい色があるのは里の子供達の服くらいで、それも古着を何度も仕立て直してつぎはぎだらけ。
少女は考える。
隠れ里ということは、外と殆ど交流が無いという事だ。それは時が止まっているのと同じだろう。外を知る手がかりは、カレンの父がカレンに送って来る様々な品だ。カレンの着る服は綿だったが、色も仕立ても年を追うごとに良いものになっていった。使われるレースも、最初の頃のものよりも随分と洗練されてきているように思う。古典刺繍図案の本で見たいくつかを彷彿とさせるものもあった。
小さな髪飾りの綿のリボンがいつの間にか刺繍が施されたものになり、素材が絹になったのを見たのはカレンがいなくなる直前だったか。その値段は、話を注意深く聞いていれば庶民でも無理無く手が届く程度と知れる。隠れ里の若い娘達がカレンを羨望の眼差しで見ていたのを、少女は見ていた。
民は、父が王であった時よりも豊かになった。
乳母は何を思って頑に現実を見ようとしなかったのだろうか。わたくしのような小娘でさえ注意深く考えれば理解できてしまう現実から、何故目を背け続けたのだろうか。




