旧王家最後の王女
少女の父は滅びた旧王家の最後の王だった。
父が逆賊によって命を落とした時、少女はまだ産まれて間もなかった。そのおかげで乳母によって秘密裏に連れ出され、誰にも知られる事無く落ち延びた。
少女の兄弟姉妹は数多くいたが、全て逆賊の手によって命を散らした。
名も無きただの平民として生きる事も出来ただろう少女は、しかしまだ赤子だった。少女を育てた乳母は、少女がただの平民になる事を許さなかった。
山間の小さな隠れ里で、少女は乳母の恨み言を聞いて育った。
今は里長となった元騎士の小さな屋敷の二階。そこが少女の許される世界の全てだった。
窓の外を見れば、里の子供達が元気に笑い声を上げて走り回っている。
少女はいつもその様子を見つめることしかできない。
「良いですか、姫様はこの国の正当な王の血を引く方。今はこのような境遇に甘んじる以外の道はありませぬが、いずれは真の忠義の騎士達を率いてあの憎っくき逆賊に天誅を下さねばなりません」
そんなことより、あの子達みたいに外で遊びたいの。
「とんでもございません! 姫様、よろしいですか、あれらの者達と姫様とでは身分が天地ほども違うのですよ。言葉を交わすのも憚られます。ましてやあのように外で走り回るなど、もってのほか!」
でも、みんな楽しそうだわ。あんなふうにわたしも笑ってみたい。
「わたし、ではなくわたくしです、姫様。ミレーヌはやはり姫様の侍女には相応しく無いようですね。末端とはいえ貴族の身で、平民よりは多少まし程度とは嘆かわしい」
やめて、ミレーヌは悪く無いわ。ごめんなさい、ちゃんと言葉遣いには気をつけます。
「いいえ、姫様。あの者は平民のように大口を開けて笑います。そのような下品な行動は姫様に悪影響しか及ぼしません。姫様がそのように笑ってみたいなどと恐ろしい事をおっしゃるのはあの者が姫様の近くにいるからでしょう。今まで我慢していましたが……ミレーヌにはここを出て行ってもらいます」
乳母や、やめて!
「姫様、高貴な方はそのように涙を見せてはいけません! 威厳が損なわれます。やはりミレーヌは側に置いておけません。丁度良い機会ですし、カレンと交代させましょう」
いやよ、カレンは意地悪だわ!
「そのように声を荒げてはなりません。それにカレンは平民ながら豪商の娘として貴族にひけをとらない教養があります。意地悪などと、姫様の精進が足りないゆえのお言葉としか思えません。私がいないときはカレンの言う事を良く聞くのですよ、姫様。良いですね?」
そうして少女は、望まぬ所に囲い込まれてゆく。