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黒衣の王女  作者: 時満
本編
13/24

復讐の誓い

 少女に関心を持って接してみると、決して少女が無表情でつまらない子供というわけではない、ということはすぐに分かった。

 貴婦人が背を向けている時に、こっそり舌を出して行儀悪くその背を蹴る仕草をしてみせると、少女は目を丸くして引き結んだ唇をぷるぷる震わせた。笑いを堪えているんだと分かると、ミレーヌは嬉しくなった。

 少女は笑わないのではなく、貴婦人に怒られるから笑わないようにしているだけだと悟るのに、それほど時間は掛からなかった。

 相変わらず貴婦人の教育は厳しく、外に出る自由すらない生活に鬱憤は溜まったが、自分より幼い少女が黙って従っているのを見ると我慢できた。帰らないと約束したのもあるが、ミレーヌは少女にすっかり情が湧いていたのである。

 ミレーヌは元々面倒見の良い性格で、年下の子供の世話を焼くのは好きだった。だから、少女の身の回りの世話をするのは苦ではなかった。着替えを手伝い、髪を梳かし、部屋の掃除をしてリネンを整える。農作業の手伝いと比べたら問題にならないくらい楽だった。半年ほどでそれらの仕事をつつがなくこなせるようになると、貴婦人はその時間帯に席を外すようになった。つまり、貴婦人の目がなくなる時間帯がそれなりに確保出来るようになったのである。

 所詮民家に毛が生えた程度の長の館、壁は薄い。普通の声で話したら、筒抜けになること間違い無しだ。だから、ミレーヌは少女と二人っきりになると、小声でひそひそと囁いた。内緒話は何だかどきどきわくわくするものだ。少女も最初は頻りに貴婦人に聞かれないか不安がっていたが、大丈夫そうだと分かると楽しそうにミレーヌの囁きを聞くようになった。

 囁きの内容は、貴婦人が聞いたら卒倒しそうなものだ。泥でお城を作る遊びや、農作業の手伝いの途中に自分の腕くらい太くて大きなミミズが出て来て驚いた話、春先に咲く赤い花を摘んで爪に擦り込むと赤く染まって奇麗なこと、池に石を投げる遊び、駆けっこの早い男の子の事、色んな事をとりとめもなく話した。

 一年も経つと少女はミレーヌにだけは、どこにでもいる普通の女の子と同じように豊かな表情を見せるようになった。ミレーヌはそれを酷く愛おしく感じるようになった。

 就寝の支度を終えた後の時間は、特に二人にとって大事な時間だった。

 少女が眠るまでの間に、母親から寝物語に聞かされたお伽噺を思い出しながら語り、忘れてしまった部分は適当にねつ造し、時には少女を主人公にした即席のお話を作ったりした。

 特にミレーヌが気に入っていたのは、少女を囚われのお姫様に、貴婦人を悪い魔女に、そして自分を王子様に見立てたお話で、結末の部分だけ変えて何度も少女に話して聞かせた。悪い魔女が裁かれる結末部分は、その日の貴婦人の仕打ちによって変わった。酷く鞭で腿を叩かれた日は百叩きの刑、綴りが覚えられずに叱られた日は呪文を全部忘れて魔法が使えなくなる呪い、罰として食事を抜かれた日には食べようとしたものが全部石に変わって永遠に飢餓に苦しむ呪い、といった具合だ。

 辛いことも、こうやって憂さ晴らしをして乗り越えた。一人だったら耐えられなかっただろうあの閉塞感も母親や友人達に会えない寂しさも、少女という仲間がいたから耐えられた。いつしかミレーヌにとって少女は、何をおいても守るべき大事な妹のような存在になっていた。

 一方で、離れて一年もしない内にミレーヌの母親は里を去った。里の唯一出入りする偉そうな商人の口利きで、裕福な商人の後添えになったらしい。その話を聞いた時、ミレーヌは少し泣いただけだった。あの日の母の態度や、忍んでも会いに来てくれ無い事に、薄々体よく自分は捨てられたのだと分かっていたのかも知れない。そしてだからこそ余計に、自分は少女から絶対に離れないと心に誓った。帰らないと、少女と交わした約束はミレーヌの中でとても大事な誓いのような物に変わっていたのだ。


 だから側仕えの役目を例の商人の娘、カレンに奪われた時は、少女を連れて逃げようとした。追い出された日の夜に。

 だが、あの物置の小さな窓から侵入しようとしてあっさり捕まってしまった。酷く折檻され、祭りの日に少女の姿を見る事すら許されなくなった。貴婦人はよっぽどミレーヌがお気に召さなかったらしく、死後も遺言という形で少女にミレーヌが会うのを拒んだ。

 しかし、決してミレーヌは諦めなかった。いつか、少女を助け出し、この馬鹿馬鹿しい夢を見ている里から逃げ出すのだと。そう思っていた。

 正直、この身分の高そうな少年が言う少女が“立派な王女だった”とかいう話は、ミレーヌにとってはどうでも良いことだった。

 ただ、少女をこの窮地に追い込んだ原因が、あの商人とその娘カレンだと知ったとき、ミレーヌの中で業火が燃え上がったのだ。

 

 偽者など、絶対に許さない。

 死後も私の姫様を利用しようとするなんて、絶対に許さない!


 元より、少女から離れるものかと死後の供に志願したくらいだ。ミレーヌは迷わず少年の計画に乗った。少女を利用した、あの憎い商人と娘に何としても一太刀くらいは浴びせてやりたい。出来れば地獄に叩き落としてやりたい。

 復讐を誓ったミレーヌは、少しだけ待っていて欲しいと穏やかな顔で永遠の眠りにつく少女に愛おしげに囁き、少年の共犯者となった。


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