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黒衣の王女  作者: 時満
本編
11/24

簒奪の王

 新王家と呼ばれるディンドリオン王家は、元は旧王家と縁の深い公爵家だった。

 愚王であった前国王と、その愚王を討ち果たして王位を簒奪した現国王は従兄弟同士の関係だ。

 現国王であるアレン・ハルライト・ディンドリオンは、軍人である。前国王の時代に将軍職にあったのは、その高い身分ゆえというだけではなかった。

 実力があったからこそ、あれほどにすんなりとクーデターが成功したのだ。そして、膿を出来るだけ出し切ってしまおうと大規模な粛正を行った。カリスマ性と実力を備えたアレン王に心酔する家臣も多かったが、苛烈な処断で恨みも随分と買った。

 民も暮らし向きが良くなってからは好意的だが、粛正により大量に広場に並べられた晒し首に、今までの苦しい生活の恨みが晴れたと思うよりも新しい王の残虐性に恐れ戦いた。影で首切り王と揶揄される程だ。

 民の暮らしもだいぶ改善し、宮廷内も落ち着いてきてはいるが、何か火種があれば燃え上がる可能性は今も低くは無かった。降格や貴族位の剥奪、私財の没収などで国内にくすぶっている現国王に対する不満や恨みはそう簡単に消える事はない。

 アレン王は特段残虐というわけではなかったが、民がかなり消耗している状況で内乱になれば他国の介入を許し、下手をすれば侵略されてしまうことを考えて短期間に思い切った粛正を行い、迅速に政治的混乱を収めた。苛烈な処断を示し、周辺の国々に舐められないようにするという側面もあった。

 その狙い通りになったわけだが、今度は効果があり過ぎたことに密かにアレン王は頭を抱えていた。唯一温情を掛けた形の前国王の忘れ形見は、折を見て戒律の厳しい修道院にでも入れて火種として燃え上がる前に俗世から隔離する予定だった。不満分子を釣る生き餌として利用していたというのもあり、修道院に入れるのは成人の年齢である十六歳直前が良いだろうと算段していたのだ。だが、少女がその年齢になる前に事態が動いた。かの商人と密かに繋がっている国内の不満分子が、隣国が少女を確保し次第武装蜂起をし、隣国と呼応して軍事行動を取る企みがある事を密偵が掴んで来たのだ。謀反を企てたとして元王女を処刑するのが順当であろうが、成人もしていない無力な娘を処刑すれば、ただでさえ恐れられているアレン王の評判は更に悪化するだろう。

 アレン王は恐怖で民を治めることの危うさを、しかと心得ていた。人心が離れれば、まず動くのは庶民の中の富裕層だ。金さえあれば、国外でも快適に暮らせる。富裕層といえど庶民であれば、貴族のように爵位に守られない分、為政者の悪意一つで破滅する。残虐な王にいつ目を付けられて破滅するか分からないなどと不安に思えば、簡単に国を捨てて逃げる。蓄えた富と共に富裕層が国外に逃げれば、富裕層を相手にしていた大きな商いをする商人が逃げる。いよいよとなれば、貴族も妻や子供達だけでも財産を持たせて国外へ逃がす。そして経済が縮小し、不景気が押し寄せ、民の不満が更に高まる。一度流れが出来てしまえば、それを押しとどめることは不可能に近かった。

 よって、これ以上の非情な王という評判は全く望ましくなかった。だからこそ、アレン王は隠れ里ごと王女の存在を奇麗さっぱり隠滅してしまうことにしたのだ。隣国が偽の元王女を立てて抗議してくることも考えられるが、そんなものは知らぬ存ぜぬで突っぱねれば良い事だ。表に全く知られていない元王女の存在を、真なりと証明することは酷く困難なのだから。

 そして、アレン王は最後に再び次代の国の為に哀れな元王女を利用した。正式にはまだ立太子していない第一王子の試練として。

 アレン王から見て、息子エバルトは少々思い込みが激しく、潔癖のあまり小さな罪も見過ごせない狭量さが気掛かりであった。無論、幼い頃から世継ぎとしての教育は成されており、親の欲目を引いても利発な子で、それら欠点を理性で補うことも身に着けていた。しかし、感情が昂った時にたまに見せる短慮や好悪の激しさには顔を顰めるしかない。

 己が畏怖される王であるならば、次代は民や貴族達に敬愛される事を望んでいた。己が強引に作り上げた平和を、より豊かで確たるものに。その舵取りには、第二王子の方が相応しいのではないかと最近考えるようになっていた。第二王子のファスカルは、おっとりとした性格で周囲との和を保つのが上手かった。利発さはエバルトに一歩劣るが、自然と周囲に人が集まり、和やかな笑い声が聞こえるのはファスカルの方だ。兄弟を争わせる事に親としては心が痛むが、国王としては国の為により良い後継者を選ばなければならない。エバルトも成人の十六歳を迎えた。そろそろ見極め時だと、アレン王はその命をエバルト王子に下した。

 清貧を絵に描いたような生活を送る元王女。断罪すべき相手の真実を息子がどう受け止め、どう始末をつけるのか。結果次第では廃嫡も視野に入れている父王は、遅れている息子の帰還に眉間の皺を深くして政務を片付けてゆく。

 気が付けば、切った期限の今日という日が終わろうとしている。まだ、息子は帰らない。

「エバルトよ、父を落胆させてくれるな……」

 すっかり夜の帳の降りた空を窓越しに一瞥し、近侍達に聞こえない程の小さな呟きが国王の口からこぼれ落ちた。


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