少年は策を講じる
少年の矜持は、これ以上感傷に浸る事を己に許さなかった。事切れた少女を前に、少年の頭脳は未だかつてないほどに静かに、そして迅速に様々な事を考え始めた。少女は、最後まで王女らしく誇り高く死んだ。それなら、自分は王子として、国を託された者として、彼女の死を決して無駄にしないように動かなければならない。
少女を粗末な寝台に寝かせ、少年は騎士達を招き入れる。首を落とされているはずの少女が寝台に横たわっているのを見て、騎士達は最初は顔を顰めたが、ピクリとも動かないその体に、すぐに状況を察した。
「王女には、王家の毒を与えた。そうすべきだと思ったからだ」
少年の言葉に、騎士達も黙って肯定を示す。
そして、少年は意を決して口を開く。
「計画を変更する。父上の命に背く事になるが、それ以上に国の為になる。反対する前に、聞いてくれ」
少女の部屋には、殆ど何も残されていなかった。衣装ダンスは空であったし、引き出しにも何も残っていなかった。まるで、少女などそこには最初から住んでいなかったかのように、見事なまでに何もなかった。ただ、遺体が横たわるだけ。
少年は少女の賢さを少しだけ恨めしく思った。何か残っていれば、少年の新しい計画に役に立ったはずなのにと。そして全て処分した少女が、処分出来なかったハープを手に取る。特別な意匠のない、手習い用のハープだ。王女が持つにはあまりにも簡素過ぎるそれは、だからこそ少女は処分できなかったのだろう。穏やかな顔で永遠の眠りについている少女の胸に、少年はそっとハープを抱かせてやった。
「素晴らしい演奏だったと、伝え損ねたな……」
ぽつりと呟いた言葉は、誰にも聞かれる事無く消えた。
「殿下、生き残った者達を集めました」
「分かった」
ノックの音と共に告げられた言葉に頷いて、少年は少女の眠る部屋を後にした。
「この中に、王女と直接面識のある者はいるか」
里長の館の一階には生き残りが集められていたが、少女と同じくらい、あるいは年上と思われる者は三人ほどしかいなかった。あとは皆子供である。
肩を寄せ合い、泣いている者も少なく無い。憎しみや怒りをこめて睨んで来る者もいたが、ほとんどは怯えきっていた。
「質問に答えよ!」
誰も答えない事に騎士の一人が怒鳴れば、怯えた子供達がいっせいに泣き声を大きくした。
少年はチッと思わず舌打ちして、怒鳴った騎士を睨む。
「お前達は口を出すな。王女は今しがた息を引き取った。王女の供をしたい者はいないか」
王族が死ぬと、近しく侍っていた者は希望すれば死後も仕える為に殉死する事を許される。近年は余り行われなくなった習慣だが、独身を貫いて王族に仕えた近侍や侍女は希望することも少なく無い。少年は、少女に対しての忠誠心がある者を選別したかった。誰もいなければ仕方ないが、もし信用出来る者ならば計画に利用出来る。
その腹積もりで聞くと、程なくして一人の娘が進み出た。浅黒い顔にそばかすが浮いた痩せぎすの娘だ。年の頃は十七、八か。
「名前は?」
「ミレーヌと申します」
「王女と面識があるのだな」
「はい。五年ほど前まで侍女として仕えさせて頂いておりました」
震えをおさえるように両手を握りしめ、涙の滲んだ目で挑むように己を見返して来るミレーヌを、少年は見定めるように見つめ返す。意志の強そうな引き結ばれた唇、しゃんと伸ばされ、一歩も引かないという気概が見える立ち姿に少年は一つ頷いた。
「よし。一緒に来い」
それから一ヶ月後。国王は、前国王の忘れ形見である王女の死を公式に発表した。その知らせは、血縁関係のある隣国にも正式な文書として届けられた。第一王子の悲恋の物語と共に。