プロローグ
少女はいつかこの檻から解き放たれる日を夢見ていた。
そして、それを成すだろう“誰か”を待ち続けていた。
だから少年が自分の前に現れたとき、少女は喜びに溢れる涙をこらえるのに必死だった。
「どうぞ、お望みのものをお奪りになって」
国王陛下の書斎には、少し変わった絵が飾ってある。黒い喪服を着た顔色の悪い痩せた少女の肖像画だ。背景に描かれたレギスの町は明るい光に満ちているが、それがかえって少女の陰鬱さを強調するような、あまり見ていて楽しい気分にならない絵だ。
王孫に当たるレオンは、いつもその絵が怖くて仕方が無い。初めて見たときから、絵の少女に睨まれている気がしてならなかった。レオンはお化けの類いが一際苦手だった。
今日も最初は大人しく絵本を読んでいたのだが、少女の視線が気になって気になって堪らず祖父の膝に飛びついた。
「おじい様、僕、あの絵が怖い。ねえ、あれ、外して欲しいです」
既にレオンの父に半分以上実権を譲り渡し、そろそろ引退を考えている王は遊びに来た孫と穏やかな時間を過ごすことが増えた。とはいえ、仕事は山のようにあるので書斎で仕事をする合間に孫の相手をする程度だ。賢王と名高い王は、その存在の大きさゆえになかなか完全な引退が出来ないでいた。
飛びついて来た孫に、王はおやおやと書き物の手を止める。そして膝にその小さな体を抱き上げた。
「レオン、その絵の女性が怖いのか?」
「だって、僕を睨んでる……」
「ふむ……レオン、睨んでいるのではないぞ。見守ってくれているのだ。まぁ、儂を睨んではいるかもしれんが」
「おじい様を?」
「そうだよ、レオン。この女性はな、とても立派な人だったのだよ。おじい様はこの人と大事な約束をした。その約束を儂が守れるように、見守っていてくれるのだよ」
「……この人、怖いひとじゃないの? 魔女とか、お化けとちがう?」
「ははぁ、確かに少し魔女に見えるかもしれないのう」
六つになったばかりのレオンは甘やかされたせいか、元からの性格か、臆病な子供だった。既に次代の王太子としての教育は始まっていたが、厳しい教師達がレオンは怖くてよくこの書斎に逃げ込んで来る。賢王と呼ばれ、国民から絶大な信頼を寄せられる祖父のことがレオンは大好きだった。三度に二度は祖父に諭されて教師達の元に戻るが、三度に一度は匿ってくれる。祖父が語る話は、教師達の話よりもよっぽど面白く、含蓄のあるものだった。
「良いかい、レオン。この女性が黒い服を着ているのは魔女だからじゃない。これは喪服だ」
「もふく?」
「そうだよ。今日はこの女性のことを話してあげよう。あれはまだお前の父が生まれるずっと前のことだ」
そして老いた王は語り始める。血気盛んな少年だった時代に出会った、一人の少女の話を……。