とある世界の話
高層ビルの屋上から、故郷である王都がある方角を見据えながら、澪次はため息を吐く。
年も明けたばかりなのに、表情は険しく、強く握りしめた拳からは血が滲み出していた。
「王都が襲撃されてもう三年・・・。なのに将軍に託された使命を、僕は未だに果たせていない・・・っ」
三年前、和平協定を結ぶ筈だったイフリート帝国に裏切られ襲撃を受けたシヴァ王国。強大な障壁によって守られ、いかなる侵入や攻撃をも受け付けない無敵の王国に為すすべもなかった帝国は王国全体を狙うことを諦めた。
そう、和平協定を持ち掛け、王国の内側から襲撃を始めだしたのだ。
その中でも帝国が標的にしたのは王都であるオルテンシア。
当時14歳だった澪次は無力で、護衛として常に側にいたリアン将軍によって、幼少期から仲間だった配下二人と、友達だった秀久と共に命をかけて連れ出された。
リアンは再び戦場に身を投じる前に、澪次に歴代の王の刀剣を集め自身の力として身に付けるよう言い残していったのだ。
父親であるシヴァの王ジークと母親である夜瀬千鶴の死亡を知ったのは、逃げ込んだ街で中継されているテレビのニュースを見てからだ。
自分の無力さに悔しさを滲ませる澪次の肩にそっと手が置かれた。
―――上狼秀久。
敵国イフリートの国民でありながら澪次と友達になり、一家ぐるみでシヴァ王国に移籍した澪次の親友だ。
「あまり思い詰めるなよ。旅はまだ始まったばかりだし、今でそんなんじゃこれから先疲れるだけだぞ」
「―――分かってるよ。」
「それが分かってる顔かっての」
「いたっ・・・」
呆れたため息を吐きながら秀久が澪次の頭を軽くこづく。
澪次はちゃんと分かってる。今王都をどうこうしようが現状を変えられないことくらい。ただ、澪次は自身の王国や国民などの身内には優しい。優しすぎるが故にこういったことへの気持ちの切り替えが非常に難しいからだ。
だが―――
「ああ。だからこそ・・・俺達がいる」
「ん?何か言った――」
「何でもねえよ。ほら、ちょっと遅れたけど、戻って新年祝おうぜ」
澪次の背中を軽く叩き、仲間の元に戻っていく秀久。そんな彼を見送る澪次の顔には優しげな笑みが浮かんでいた。
「―――ありがと、秀久」
もう一度王国のある方角を見つめ、そして空に映える満月を眺めると、決意した表情を浮かべ、澪次も仲間のもとへ戻っていった。
澪次達は主に野宿を取っている為、即席のキャンプ場を作っているのだが、今朝のキャンプ場は何かが違っていた。
「ーーー良い匂い」
「ああ、おはよう澪次。よく眠れたか?」
朝起きて天幕から出てきた澪次を出迎えてくれたのは、王国の頃から澪次の料理を任されている執事のエーリェ。
――正式名エーリェ・アウリカ。
王国から共に澪次と身を眩ました仲間の一人だ。
いつも料理のことを考えているのだが、戦闘の腕は確かだ。
「ふむ。一つ気になるのだが夜瀬よ」
思い出したかのように、澪次に問いかけているのは杉崎智。
「どうかした?」
「いや。君のその髪型は毎朝整えてるのかと思ってな」
杉崎が不思議に思うのは当然のことだ。澪次の髪型は風呂に入ったときも、全速で走ったあとでも、転がり回った後でも、そして寝た後でも、いつも変わらずに決まった形だからだ。
「まあ、フィクションだからとしか」
「メタイぞ夜瀬よ」
「ごめんごめん」
苦笑しながら澪次は謝り、そしてしばらくの間静寂が訪れる。
「―――ジーク王がお亡くなりになられてもう三年になるのか」
静寂の中、そんなことをポツリと呟いたのは秀久だ。それに澪次は僅かだが反応していた。
「そうだな。将軍に頼まれた刀剣探しもやっと4つといった所なのだが、もう三年・・・か。時が経つのは早いものだな。そうは思わないかエーリェ」
「ああ。そろそろペースを上げないと、間に合うものも間に合わなくなるな」
居間の食卓に料理を並べながら、エーリェはこれからの計画を語っていく。
「・・・召喚なんてどうだ?」
「召喚?」
「ああ。歴代志の書の中の王達には全員揃って同じ記述がある。・・・『召喚されし者と道を切り開く』とな」
それを聞いて澪次は考え込む。確かにこれから先エーリェの提案した召喚が必要になってくるかもしれないからだ。
秀久や杉崎君にはそれぞれ自分が果たすべき目的がある。特に秀久は王都から散り散りになった警視庁の人員を探し、再び立ち上げなければならない義務がある。つまりそれはいつまでも一緒にはいられないということだ。
かといって澪次は弱いわけではない。王家の血筋を引くものにしか扱えない歴代王の刀剣を応用した瞬間移動・・・『シフトブレイク』もある程度は使いこなせるし、そこらの相手では澪次には太刀打ちできないだろう。
だが相手は帝国軍、規模そのもの相手に澪次の力は無に等しい。
でも、だからこそ澪次は思ったことを聞いてみることにした。
「・・・みんな、それぞれすべきことがあって、今すぐにでもそれに取りかかりたいだろうに。どうしてそこまで僕にーーー」
その問いに一同は顔を見合せ、苦笑しながら互いに頷いた。
「王に頼まれたからさ。お前のことを頼む、とな」
「ーーーあ・・・」
突如あの頃の記憶が濁流のように押し寄せ、澪次に目眩が走る。
それは澪次達がまだ10の頃。
澪次が父親であるジークの元に秀久達を紹介したときの事だった。
王は彼らに頭を軽く下げ、こう言ったのだ。
『王になるにはまだまだ未熟で、頼りないがどうか・・・澪次をよろしく頼みます。これからも友人として支えてやってくれ』
王に頭を下げられる。その事に秀久達は慌て、どうしたら良いか分からず、ただただ同じようにあたまを下げ返すことしか出来なかったものだ。
そのなかで澪次はただ一人。その言葉が死にに逝くものの言う別れのような・・・そんな胸騒ぎがし、その日、ジークに初めて反抗した。
「今なら王の言ったことが分かるさ。確かにこんなときこそ必要なのは部下ではなく、俺らのような友だろうしな」
「秀久ーー」
頭を垂れる澪次の背中を秀久はバンっと叩く。
「ま、まだまだ【頼りない】ってのは本当だけどな!ーーーって待て。スマホ取り出して何処にメールしようとしてる?」
「みなもに。《今日も秀久は街の女性の胸に釘付け。通常運転です》と」
「すまん。俺が悪かった」
「降参するの早いね。気持ちは分かるけど」
澪次は苦笑しながらメールをうっていた指を止める。秀久の彼女の涼宮みなも。
澪次の知る限り彼女はおっとりしたドジっ子で抜けているところだらけだった気もするが、頭は良く、そして何より負けず嫌いな娘だった。
何より先ほどうっていたメールを送信すれば、彼女は違う意味で暴走するだろう。
ーーーーー主に秀久との夜の営みで。
流石に秀久の腰がもたないかもしれない。
「そういや杉崎。お前はどうなんだ?」
「ふむ。どういうことかな?」
「いや、お前って王への忠誠心とか関係ない性格してるだろ。何でこちら側に同行してんのかなって思ってさ」
「そういうことか。なに、単純な話だ。近代の武器しか扱わない帝国よりも、魔法と現実が上手く折り合うこの王国の方が価値がある。だからこちら側に組した。それだけの話だよ」
「ーーお前らしいな」
秀久と杉崎の会話を聞いていた澪次は、ふと足を何かがすり寄る感触がし、見下ろすとよく知る狼の子供がいた。
「ーープライミッツ?」
「本当だ。ルミナリア様の飼い犬・・・いや狼じゃないか。」
ということは、と思い澪次はプライミッツの首にかけられている手記を受けとる。
『キャリエルーナで待ってます』
「やっぱり・・・」
手記を見た澪次の口に笑みが浮かんだ。
澪次はペンを取り出すと、手記の次のページをめくり、書き込む。
『もうすぐ会えるね』
手記を閉じ、再びプライミッツの首へかけ頭を軽く撫でると、プライミッツは軽く吠え、そのまま走り去っていった。
思えばプライミッツは不思議の塊だ。
澪次やルミナリアが何処にいようと、どんなに距離が離れていようとお使いでも頼まれたかのようにフラッと現れ、双方の伝達役をこなしている。
「前々からルミナリア様とべったりだって思ってはいたけど、そういうことか」
ニヤニヤした秀久に澪次は苦笑で肯定する。
「けど大丈夫か?あのお姫様に限って無いとは思うが、仮にもお前の仇の国の姫様だぞ」
「そうだね。でも大丈夫」
それはまだ澪次とルミナリアが8歳だった頃。
ルミナリアは澪次に指輪を手渡してこう言ったのだ。
『これから先、何が起こるか分かりません。今は休戦中ですが、私の国イフリートは帝国主義。必ずレイジ様の御国をも占領しようとするでしょう。ですがこれだけは信じてください。ーー例えそうなったとしても私は私の持てる全てを使ってでも貴方をお守りします』
「うん。ルミナリアが僕に戦うなんてこと・・・あるわけないから」
幼い頃から、世界の平和を願い続けるような優しい娘が、イフリートの方針に賛同出来る筈が無いんだから。
澪次は笑いながら左手の指輪にそっと触れる。
「ーーそっか。まあお前が言うんならそうなんだろろうな」
秀久は納得したように頷くと、澄み渡る海を見渡す。
何処までも続く地平線はこれからの旅の長さを物語っていた。
・・・何故杉崎さんを入れる気になったのでしょうか?