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オリ短編集  作者: 一夜
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過去への因縁




 ケティが死に、それから世界の隷属者の如く人を殺し、人を生かす事を気が遠くなる程に繰り返してきた澪次は、高層ビルが幾数にもそびえ立ち、その道並みが人で賑わう巨大な都市ーーニューヨークの中心を歩いていた。

 初めて見る世界一の大都市といった壮観な光景に興味深そうにしているが、それでいて手のひらは何時でも武器を具現化出来るよう無意識の内に力が入っている。

 別に澪次は観光目的でこの都市を訪れたわけではない。

 特殊作戦群の内の内閣附0番隊の諜報隊員から、行方を眩ませていた極めて強力な吸血鬼がニューヨークにて捕捉したとの報告が入ったからだ。

 それをその隊員は澪次だけにしか繋がらないよう複雑な周波数にて無線を繋げたのだ。

 場所は米国なのだから、こういった事は『CIA』もしくは米陸軍特殊部隊『グリーンベレー』に要請すれば良かったのだが、その隊員……澪次の部隊『シャドウズ』、別称『影の部隊』の隊員でもある【溶闇(とやみ)アリサ】は、調査の内容が内容だけにどうしても澪次に一言入れておきたかった。


 ーーその死祖は闇から闇へと移動する限定された空間転移を扱う極めて強力であり、そして吸血鬼17祖の第14位【ルーレイ・ブラッディウム】と容姿が似ているとの事。


 その報告を聞いた澪次の表情が一瞬憎悪に歪んだような気がしたが、相変わらずの真剣な表情なため恐らく気のせいだろう。

 だが彼にとって、これは看過出来ぬ問題だった。

 相手が自身と同じ死祖であり、同類の始末はこちらが責任を持たねばならないといった責任感もあったが、ニューヨークがケティの生まれ故郷である点が一番大きかった。


 ≪……何時だったかな。五歳くらいの時、街を歩いていると急に意識が遠くなって、気がつけば路上に倒れていたんだ。何で倒れたのか分からないけど、知らないうちにほら。……首元に誰かが噛みついたような歯形が残ってたの≫


 何時しかケティが呟いた疑問。

 あの時は、それが何を意味するのかわからなかったけど今なら理解できる。

 ……間違いなくケティはそこニューヨークで死祖に襲われ、吸血鬼化したのだ。

 そしてそうとも知らずに、僕に殺されるまで、耐えられなくなるまでずっと……内から囁きかける殺人衝動に抗い続けていたのだ。


 今までは感情といったものを殺して機械のように動き続けてきた澪次だが、今の彼にはしっかりとした意思が現れている。

 いや、今回は感情を殺す事など彼が許せなかった。


 (……皮肉なものだ)


 そう澪次は自嘲めいた笑みを浮かべる。人を殺し人を守り、そして人から罵倒される事から耐え切る精神を持つため、感情を殺す術を身につけた。

 そんな自分が、大切な人の仇を打つ為に今だけ感情の封を解くのだ。

 何て自分勝手な人間なのだろう。きっと自分が殺してきた人達にも大切な存在がいたというのに。それを承知した上で、ケティの仇を打つ時だけはーー。

 ……そんな自分勝手な理由で動くのだ。

 感情を殺して生きていく、それだけならまだ納得する人もいたかもしれない。

 だが一時とはいえそれをやめるのだ。それでは余りにも彼らが報われない。

 澪次はそんな自責の念に押しつぶされそうだった。


 ーーだがそれもそこまで。


 辺りの変化に気づき歩みを止める。ふと、周りを見渡すと至る所から人の気配が消えていた。

 いや消えたのではない。

 全員無意識の内にこの周辺から離れ去っていったのだ。

 

 ーー超広域認識阻害結界


 大都市でそんな化け物じみた方法を取る。そんな事が可能なのは吸血鬼の17祖クラスしかいない。


 無言で手に弓を具現させ闇の中に矢を穿つ。人を刺す事を目的に作られているのが普通であるはずのそれは、澪次による物質、肉体強化からなる魔術によって、銃弾のような威力を放ちながら突き進む。

 何処までも無限に続くかと思われるその闇に向かって、半永久的に飛来し続けるかと思われたその弓はしかし、何処からともなく現れた爪の一振りによって呆気なく弾かれた。


 「私が休眠を取るべく作り出したこの領域に、明確な意思を持った者が入ってきたかと思えば……ふむ、同族が何のようだ?」

 「ーー答える必要も応える意味もない」


 今度は三本弓につがえ、先ほどと同じ威力をもって一息に放つ。

 しかし、眼前の敵はそれを特に気にした風もなく全て避わした。


 ……やはり駄目か。


 いくら個々の矢に威力があっても所詮は一つ一つの軌跡が線に過ぎない。避けられれば対した意味もなく、ならば広範囲に渡る火力を誇る爆撃系兵器の方が効率は良いだろう。

 だがいくら自分が軍に身を置いているとはいえ、そういったものは一人では扱えない為考えるだけ無駄だ。

 考えるより早く弓を捨て長刀を手に、相手に向かって突き進む。

強化された脚力に死祖の身体能力が合わさったその速度は100mを4秒で走り抜ける程。

 一騎打ちでかかれば真っ当な人間など刹那に斬り伏せられるだろう。

 そう。それが人間であれば。


 だが侮るな。敵は伝説に言い伝えられる吸血鬼の祖の一人。

 既に人間の領域を超越した存在だ。


 「いい動きだ。そこらの死祖よりは強さ、そして速度もある。……だがそれではまだ温い」

 

 澪次の目が驚愕に見開かれ、振り切らんとしていた村雨を静止しさせ、左手を防御に回そうとする。だが相手の方が速く、左手をすり抜けた攻撃が澪次の腹部に直撃し、衝撃で後方に飛ばされる。

 

 「ゴフ…ッ!?」


 宙で回転し衝撃を軽減させながら着地するも、口にこみ上げてきた血を吐き出す。

 あれ程の蹴りを防御も間に合わずまともに受けたのだ。恐らく内臓の何処かが損傷したのだろう。

 ……だがそれがなんだ。

 そんな傷などいままでに数えきれない程負ってきた。

 そんな(もの)より最も優先すべき

目的が目の前にいるだろう?


 刀を構え直し、そのまま走り出す。


 今の戦闘だけで分かる。敵の力は自分を遥かに凌ぐ。

 力も速度も能力も桁違いな程に。今の自分ではあの吸血鬼に勝てる可能性など無い。

 けど、これで確信がいった。

 間違いなくあいつは吸血鬼の第14位、ルーレイ・ブラッディウム。道理で力が桁外れなわけだ。

 



……ああ、 それでも敵が…そう、あいつがケティの仇である限り諦める理由がない。

 可能性が低いなら戦い方を変えればいいだけだ。

 頼みとしていた速度は見切られている。だったら瞬発だけの速さでもいい。

 澪次はルーレイに肉迫する。


 「…無駄な事を」


 ——先ほどの焼き直し。その無様さにルーレイは落胆する。

 だが、澪次とてもう五年に渡って戦場の中を生き、数多の経験や戦闘技術を習得してきたのだ。

 再び蹴りを放とうとしていたルーレイの視界から澪次の姿が消える。


 「——ムッ!?」


 何処へ消えたのか、そんな事を考えるよりも早くルーレイは殺気を感じた方向に爪を振りかぶる。

 感じた感触は硬質な金属を弾いた物だけ。

 即座に視線を向けるが、そこに見えたのは視界の外へ逃げていく影だけだ。


「此奴……まさか…」


 ルーレイは戦慄する。

 相変わらず澪次の姿は常に死角に潜られているため、確認する事が出来ない。だが確認出来なくとも分かる。

 自分の周りを無数に疾駆する、自分からしたらまだ幼い吸血鬼の身体から聴こえる、線が千切れるような断裂音や何かが擦れるような粉砕音。それが何なのかルーレイに分からないはずもない。

 

「——限界を無視して身体能力を上げているのかッ!?」


 自身の内側から響く筋肉の断裂音に骨が砕ける音。

 そんな苦痛を表情に出さずに、それでいてそんな音を他人事のように澪次は感じていた。











 思い出すは、吸血姫と出逢い、そしてそれから後に幾度となく死合ってきた代行者のような力を持つ水色の髪の少女。

 確か……深紅と名乗っていただろうか。

 力も速度も技術もあらゆる点に置いてこちらの方が優勢だった殺し合い。

 なのに、苦戦を強いられたのは恐らく彼女が柔軟さや瞬発力を存分に活かし、常に僕の死角に回り込んで攻撃していたことだろう。

 いくら動体視力が良くても、至近距離になると視野が狭くなる。

 視界の外に逃げる速度がより速く見えてしまうからだ。


 それを澪次は模倣してルーレイに対して活かしている。

 だがそれは深紅のような女性特有の柔軟さがあってこその技術。

 最前戦で戦う事に適応していった骨格を持つ澪次に耐えきれる物ではない。


 幾ら自分を殺す為とはいえ、結果的に澪次本人も死ぬ可能性がある戦闘技術。

 そんな自爆とも言える行為にルーレイは戦慄したのだ。


 目的の為には自身の命をも省みない、真っ当な人間には出来ない破綻行為。

 それを澪次は当然のことのように実行してしまう。


 「そら、どうした!手が届いてるぞ吸血祖!!」


 そんな事も構わずにさらに速力を上げ死角に動き回る澪次の刃は少しずつだが、着実にルーレイの身体に届いていた。

 普通に考えれば戦況が澪次の方に傾きつつあるが、澪次は焦りを感じていた。


 (確かに刃は届き始めている。…けど、何だこの違和感はーー。この程度なら上位の死祖にだっていた。あいつはまだ……吸血祖としての力を出してはいない!!)


 刹那だった。

 斬撃の嵐を繰り出している澪次は、背筋に猛烈な悪寒を感じて即座に首を横にずらす。

 そして首があった場所を黒い霧に包まれた拳が通り過ぎていた。


 やはり……。

 澪次の頬に一筋の汗が滴り落ちる。

 敵は今までに全力を出していなかった。それどころか澪次が吸血祖である自分に対して何処まで迫れるかを楽しむかのように、ようやくペースを上げてきたのだ。


「訂正しよう、お前の力は私の予想を超えている。いやなに、ここまで楽しませてくれるとは思わなかったぞ」

「趣味が悪い!弱者を痛ぶるなんて淑女のすることではなく悪女のする事だ!」

「おや?それは失礼。だがこんなにも楽しい舞踏だ。最後までエスコートしてくれるのが其方紳士の務めであろう」

「っ…五月蝿い!」


 ルーレイの遊戯はさらに苛烈さを増し、優勢を決めていた死角からの攻撃も見切られ始め、澪次が押されてくる。

 甘かった。

 17祖は特殊部隊で対処できるどうこうの問題じゃない。

 彼らは一個師団規模でも動き出さない限りには絶対に勝てない。

 戦況の不利を覚った澪次は鉄の塊のような物を投擲して目と耳を塞ぐ。

 ルーレイは次はどんな事をしてくれるのかと楽しみで仕方なかった。

 ーー瞬間。辺りが閃光と轟音に包まれルーレイの悲鳴が木霊する。さらに酸素を必要としなくとも摂氏3000度以上の温度で燃え続ける焼夷弾を投擲し、その隙に澪次は自身の全てをルーレイにぶつけようとしていた。


 「Full(フル・) thermal(ターマル・) all(オール・) |immobilization(インビリゼーション)(総合火力全固定化)ーー」


 宙に右手を上げ、呪文とも取れるような詠唱を呟いた澪次の背後の空間から現れたのは小銃、機関銃、重機関銃、RPG等20を超える射撃兵器。

 

 「full(フル・) ballel(バレル・) all(オール・) fire(ファイア) !! (全弾一斉射!!)」


 そして右手が振り下ろされると同時に、ルーレイに向かって全銃火器が火を吹いた。

 正に小規模な戦争とも言える嵐を叩き込む澪次だが、彼にとって究極の一手である奥義の準備を始めていた。

 本能が警鐘を鳴らし続けている。

 “手を緩めるな。この技をもってしても、あの祖を打倒するには至らない” とーー。


 故に、澪次は周囲のあらゆる所から暴食なまでに魔力を取り込み始める。

 奥義を発動させるには、自分の貯蔵魔力量だけでは圧倒的に不足している。

 ならばこそ周囲から取り寄せているのだ。


「ーー鬱陶しい鉛玉よのう……」


 夥しい粉塵の中からそんな声が聴こえてくる。

 そしてそこから閃光が走り、展開している銃が一丁、また一丁と粉砕されていく。


 ーーこのままでは発動までに殺される。


 そう直感した澪次は、全銃火器に強化をかけ更に威力を上げた。

 だが、それでもルーレイに決定打を与えるには至らない。確かに動きは鈍くなったが、それでも一丁、一丁と粉砕されていく。

 だが時間稼ぎとしてはそれで十分だった。

 既に魔力は充填した。


 『ーー黒血(シャドゥブラッド・)の雪原(ガーデン)


 その言葉によって世界が塗り変わる。

 天は蒼い月が儚げに浮かぶ闇の夜空、地は辺り一面雪原に成り変わっていた。


 「ーー空想世界…?」


 ルーレイは信じられない物でも見るように澪次を睨みつける。


 「莫迦な。これ程の大禁呪…私達吸血鬼の祖でも無ければ不可能だ」


 そこでルーレイは天に浮かぶ満月の存在に気がつく。


蒼い月(アイルレイム)だと。まさか其方…死祖の姫一派の者か?」

「その通り。契約によって力を供給し創り出した『現象』。僕一人では絶対に作れない禁呪。朽ち果てる運命だった所を救われ、それからは彼女を護るために生きると誓った、護衛の一人だ!!」


 積雪の中から、そしてルーレイの周囲の空間の至る所から無数の鎖が現れ、彼女を拘束する。

 唯の鎖ではない。

 遥かに太く、そして氷に覆われて強度が増している。


 「終わりにしようルーレイ。君を討ち、ケティとの過去に終止符をうつ!」


 居合いの構えを取った長刀が赤色の赤雷を帯び始める。

 今までの比ではないその重圧に、ルーレイは拘束を解こうとするが、自身を縛る鎖がそれをさせない。

 吸血祖でさえ直ぐには逃れられない程の強度を誇っていた。

 

 『永遠に(エターナル・)破れぬ(ブラッド・)血の契約(アイルレイム)!!』


 放たれるは赤雷の極光。

 血の如き紅色の唸りを上げる閃光は、周囲の空間を焼き尽くしながらルーレイを呑み込んでいった。





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