隠密の少女と強襲の少年が為す依頼
またしても死者が関わる任務だった。
だけど今回受け持つ任務は今までに経験してきたような内容とは違い、その対象の死者が死祖である可能性が高いとのこと。
死祖――それは吸血鬼によって死者となり果てた死体が、自らの意識を取り戻す事によって変化した形態。
だが死者とは大きくかけ離れている。
只の死者なら映画に出てくるようなゾンビのように、動きが鈍く噛みついてくるだけのようなものだと思ってもらっていいだろう。
だが死祖には意識があり、戦闘方法も様々。
さらに元々ある異常な身体能力の高さを生かしきれない死者とは違い、自我をもつ死祖は大いに生かしている。
銃弾などは目で視認してから避けるほどに、非常識な力を有しているのだ。
だがそれだけだ。
これくらいなら特殊作戦群だけでも十分に対処できる。
彼らには魔術は扱えないが、魔術なしでも十分に強い。比類なき連携に豊富な銃器に機動力。
――何より連携によって生じる莫大な火力。
確かに死祖は強いだろう。
だけど幾ら個人の強さが馬鹿げていても、戦争そのものの力の前では無力であるのと同じ。
だから、正直に言えば澪次は依頼を断っていても良かったのだ。
なのに参加しようと思ったのは直感によるもの。
勿論自身も死祖であることもそうだが、大半は直感によるものだった。
死者が縦横無尽に放浪している廃華街の高度6000mの上空に澪次と特戦の隊員30人を乗せた大型の輸送機が接近する。
後部貨物扉がモーター駆動音と油圧の作動音を発しながら開放される。
機内無線を通してパイロットの唖然としたため息が聞き取れる。
それはそうだろう。
開かれた扉から見える真下の世界には、黒の点がひしめき合っていたからだ。
黒黒黒黒―――もはや点が集結して一つの形に見えるそれらは全部が死者。
敵は死祖一人と報告されていたが、恐らくこちらがアポイントする前にこの一体の人間を襲撃したのだろう。
初めて目にする死者に隊員達は一瞬戸惑いを浮かべるが、本当に一瞬で、直ぐに準備に入る。
元々過酷といった言葉さえ生温い訓練を積んできた彼らの精神は、狂っているのだ。
澪次もそれを経験してきた。
両手両足を縛られて水中に投げ込まれる。
息が続かず限界と本人が意思表示しても水中から引き上げてもらうことなど適わない。
モニターやセンサーなどを通して、機械視点から真に限界が見えた時にようやく引き上げてもらうのだ。
これは市街地の特殊戦などを想定し、不意打ちといった形で通路の死角から強襲された際、いかにして冷静な判断を持って対処するかの為の訓練だ。
聞くだけでは単純で簡単なように見える人もいるだろうが、もうそれは狂気の域に入っている。
「降下用意!!」
今まで赤だった降下ランプが青に変わり、各隊員が立ち上がって飛行中のC-130の端まで移動し、澪次もそれに続く。
その時、澪次の肩を叩く降下部隊の隊長がグッドラックとサムズアップする。
これは互いを鼓舞する意味も含まれるがそれだけではない。降下開始を知らせるためのサインだ。
その瞬間、時速250キロで飛行する機体から全隊員が一斉に吹き荒ぶ風の中に身を投じた。
(――そろそろ来る頃やな)
腐りかけた建築物の影に身を隠しながら深紅は電波式の腕時計を確認する。
澪次とは別道隊としての任務を与えられ、戦闘のパートナーとしての蒼銀の自衛隊犬、『そうりゅう』と共に外の様子を窺う。
ここに来る前までは、死祖一人くらいなら自分だけで解決できるだろうと思っていた深紅はしかし、予想が外れていた。
相手は一人――そう思っていたのだが、ここから見えるは死者の群れ。
どこに死祖が潜んでいるか分かるわけもなく、そして気配でなく音で感づく死者にいつ気づかれるかも分からない。
だからこそ、あらかじめ空中で待機していた降下部隊に応援を頼んだのだ。
ふと空を見ればこちらに向かって伸びてくる赤い煙が数十本。
(――来た)
深紅はそう確信し、発煙筒を着火させ青い煙をだすそれを転がす。
赤い煙の主達もそれに気づき、そこに向かって落下していく。
高度700mに到達しても、彼らはまだ動きを見せない。高い位置では敵に発見されやすいため、まだ減速するわけにはいかないのだ。
高度300mに到達し、一斉に落下傘が開かれる。
このような技は、一歩間違えると確実に死に至るため熟練した特殊部隊にしか出来ないものだ。
その上に降下しながら地上に向かって小銃を連射し死者を駆逐していく様は流石といえる。
それだけではない。
今度は空から落下傘数本が取り付けられた90式やPX10式戦車が地上に降り立ち、そのまま死者をなぎ倒し進んでいくのだ。
――これが戦争。
人に対しては脅威である死者は、武装した戦争の代理人とも言えるべき軍人には無力と言える。
後のことは彼らに任していいだろう。
深紅と合流し、死祖を抹殺する事が今回の任務である澪次は地上に降り立ち落下傘を取り外すと、無線で示されていた位置で深紅と合流する。
「お待たせ」
「いいや、それほど待ってひんよ。まさに強襲ってな感じの速さやったしな」
澪次の背を叩き笑みを浮かべる深紅。
そして空を見ると、今度は引きつった笑みを浮かべる。
戦車の次には、今度は戦闘バイクに乗った隊員が落下傘で降り立って来るのが目に見えた。
「――ほんま恐いな戦争っちゅうのは」
「まず規模が段違い。魔術師や人外が陰で生きる理由なんてコレだからね」
隠密、偵察、または情報戦が主とする深紅は情報部隊からな為、特戦の実戦を見たことがない。
だからこそ隠密とはかけ離れた彼らの突入の仕方に驚き、呆れ、そして感心したのだ。
そんな彼女の反応に笑いながらしかし、部隊のことを誇りに思いながら深紅に最新の小銃を手渡す澪次。
その彼の胸ポケットの上には、翼を広げた鷲に長剣が掲げられた――特戦の徽章が取り付けられていた。
まだ続きます!