血縁の出会い
あれはまだ、そう――。
僕の街に核爆弾が落とされる前の話だった。
僕には妹が一人いた。
一卵性ではないけど、双子としての……大切な妹だ。
子供の遊びとはいえ、妹とは昔から竹刀をとって競い合っていた。
僕の家は、一般と呼べるものではなく広大な敷地に屋敷を持つ退魔師の家系だ。
だから父は子供の遊びにも等しい僕達の遊びから才能を見いだし、妹には双刀としての戦法を、僕には長刀としての戦法を教え始めた。
そして僕達が8歳になったとき、唐突に別れは訪れた。
父は妹をスウェーデンの教会の代行者が集まる機関に預けることにしたのだ。
その先はユースライト家――悪魔を消滅させる代行者の一族としての家系であり、その長であるリズラウシュ・ライン・ユースライトと退魔師の家系である夜瀬家の長であり僕の父である夜瀬輝閃は知り合いだった為だ。
僕はそれを聞いた時は衝撃を受けたが、どうにもならない事を知っていたため割り切っていたが妹は違った。
彼女は最後の最後まで僕の袖を掴んで離れようとしなかった。
僕はどうにかして妹に説得を試みた。
妹は泣きながらもようやく手を離し、僕にあるものを手渡す。
――それは三日月型のアメシストが吊り下げられたネックレスだった。
「これは私やお兄様の夜瀬家の色を象徴とするネックレスなの。もう、会えないかもしれないから……二人で持っておきましょう」
「うん。――でも、これを持ってたらいつかきっと……僕達はまた会える気がするよ」
妹はその言葉に嬉しそうに頷く。
そして最後に後ろに振り返って
「――行ってきます、お兄様」
別れの言葉を告げたのだった。
それはあたり一面に雪が散っている日の事。
――北欧を拠点に活動を続けていた澪次と深紅はスウェーデンまで辿り着いた所で一休みする事にし、宿を探していた。
が、見渡す限り見えるは白銀の雪世界。建築物は愚か人工的に作られた物でさえ視認出来ない。
「……ん?」
そこで何かに気づいたのか、澪次は歩みを止めある一点を見つめる。
深紅は澪次の様子に何を思ったのか彼の視線の先を見るが、見えるのは雪世界のみ。
「どうかしたんか澪次」
「――狙われてる。いや、スコープ越しに見られてるのかな?」
「見られてるっちゅうことはこっちへの敵意はないんか?」
澪次は頷く。
瞳に魔力を通して視力を水増ししさらに遠方まで見渡すと、1.5キロ先にライフルからこちらを観察している黒髪の少女が確認できた。
少女は澪次とスコープ越しに目が合った事に驚くが、すぐに観察に戻った。
相変わらず敵意は感じられない。
澪次も驚いていた。しかしそれは目が合った事に関してではなく何か、懐かしい感覚に――
「……試してみるか」
そう呟くと、澪次は小銃を具現化し視線の先に銃口を向ける。
――刹那、澪次の頬を銃弾が掠めていった。
「………いきなりやな」
「――まあ…好戦的なようだね」
深紅は呆れ、澪次は苦笑いしながら頬から滴る血を指で拭う。
死祖特有の性質故か、拭った後の傷痕は完全に塞がっていた。
「今回は僕に任せてくれないかな。どういうわけか、彼女の戦い方は非常に僕に似ている」
遠距離からの狙撃戦を得意とするタイプ。それは澪次も好む戦法だった。
手榴弾を具現化させると澪次は20m先に投擲する。
――瞬間、爆発とともに積雪がカーテンを作った。
それは一時的に少女の視界から二人の姿が隠れ、爆風が消えるとそこに澪次の姿はなかった。
「――っ!!?」
油断なくスコープから索敵する少女の瞳が驚愕に見開かれる。
爆風から視界が晴れるまでに5秒。
その短時間に澪次は100mの距離を詰めていた。
――人間に出せる速度じゃない!
一瞬の判断で澪次が人外であることに気づいた彼女は、ライフルを連射する。
それを澪次は多方の角度へと走り回り彼女の的に姿を捉えさせなかった。
86秒の時間を経て二人の間にあった1キロ半もの距離はないものになる。
距離を詰めた澪次は大太刀刀身の村雨を具現化させ振り下ろし、少女は欧刀で受け止める。
「近距離戦での戦い方までとはいいねぇっ!!」
思わぬ展開に澪次は喜悦の表情を浮かべる。彼は戦いに愉悦を感じるような性質ではないが、それでも自分と同じ戦闘スタイルを持つ敵と戦う事など生涯に三度とないかもしれない。その事に愉しみを感じずにはいられなかった。
さらに眼前の少女は、自分が全霊を込めた剣戟を二刀を交差させて耐えている。
深紅と同じくらいの身長とはいえ、女性であるからには体格差と共に筋力の差も明確な筈。
それを耐えきってる事は彼女が才能や師に恵まれているからだろう。
(まさか戦法こそ違えど深紅ほどの腕を持つ女性がいるなんてね。……それにこの感覚――。いや、今はいい。それはともかくこの戦い……人間としてなら決着はつかなかったかもしれない。――そう、“人間”ならね)
――己に宿る死祖の力を開放し、澪次の瞳が紅く輝く。
「――ァアッッ!!」
気合いと共に澪次の腕に魔力が行き渡り、爆発的な力が欧刀を拮抗させている少女に襲いかかった。
それでも耐えていた少女だが澪次の力が強烈で彼女の足元に亀裂が走り、吹き飛ばされる。
身体を地に打ちつけ、痛む全身に鞭を打ちながらも尚起き上がろうとする少女に村雨の切っ先を突きつけられる。
「これで詰みだ」
日本刀を突きつけられた少女は、呆気なく欧刀を手放し、雪が積もっているにも関わらず仰向けに倒れ込む。
「あーぁあ。“また”負けちゃったか」
「いや見違えたよ。強くなったね、“レイナ”」
清々しい程の降参に澪次は呆れつつも頬を緩める。
彼女が妹であることは、戦いを始める前から双方共に分かっていた。
二人の懐からは、アメシストのネックレスがゆらゆらと煌めいていたから。
「その人は誰なんや澪次?」
澪次の肩からひょっこりと顔を出した深紅はレイナを見て尋ねる。
深紅を見たレイナは驚くも、スカートの裾をつまんで礼をする。
「初めまして、私は夜瀬レイナ。正式にはレイナ・ライン・ユースライトですが今はお兄様の妹として名乗らさせてもらいます」
「ほー確かに雰囲気とかよー似とるな~。あ、わっちは神埼深紅。澪次とは一緒に世界を回ってる相棒や。どうぞよろしゅうな」
レイナは二人を見比べる。
「もしかすると兄さんの恋人?」
その質問に澪次と深紅は苦笑いしながら首を振る。
「それはよく聞かれるけどさ…」
「分からひんねん。そんな感じのような気もせんでもないし、かといって家族っちゅう感じもする」
曖昧な返事にレイナは気にした風もなくふ~んと呟く。
「ま、積もる話は室内でしようよ!こんな所だと二人は慣れてないだろうしね」
「室内って……どこ?」
「私の屋敷。案内してあげるよ」
そう言ってくるりと背を向けるレイナ。しかし一向に歩き出す気配がない。
「どうしたんや?」
「……歩けない」
「「は?」」
突然の事に澪次と深紅の声が重なる。一方レイナは本当に歩くことが出来ないのか、そのままへたへたと地に座り込んでしまった。
「さっきの戦闘……特に最後に吹き飛ばされたダメージが酷かったみたい。全身が痛んで足に力が入らないよ…。ねえ、どうしようか兄さん?」
「いや、確かに僕が悪いけど…どうしようと言われても」
「――おんぶして」
「なるほどなるほどその手があったか。…………………………ん?今なんて?」
流れで納得しかけた澪次だが、何かがおかしいことに気がつき首を傾げる。
「だから私をおんぶして連れてってって言ってるの。それなら道案内も出来るでしょ♪」
「言ってることはめちゃくちゃだけど、まあいいか」
そう言って膝を屈める澪次の背中にレイナは笑顔でおぶさる。
「じゃ!そのままユースライト家にゴー! あ、その道はひとまずまっすぐだから」
「分かったから暴れないで。流石に疲れるよ」
「気にしない気にしない♪」
ぐちぐち言いながらも微笑みながら足を進める澪次に、天真爛漫に行き先を指差して澪次に言葉を交わすレイナ。
まさに兄妹の光景に深紅は頬を緩めてついていくのだった。