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オリ短編集  作者: 一夜
2/8

吸血姫との出逢い

投稿するか頭に入れたままにしておこうか迷った澪次の裏話


 「ここは……」  

 目が覚めると、石材製の部屋といった自分の知らない場所にいた。

 僕は争いを止めるために紛争が起こってる地区に足を踏み入れ、そしてそのまま倒れたはず。  とすると誰かがここに連れてきた――ということだろう。 側に畳んで置いてあった蒼い外套を羽織り、 痛む全身を引きずりながら部屋を出る。

 扉が開けた先に見えるのは外の全景が見渡せる程の高さに位置する窓。

 「―――城、か」  

 ――そこに入ったことなどありはしないけ ど、きっとこういった所の事を城というのだろう。

 闇が続く通路の中を、特に理由もなく歩き続 ける。ただ……何かに導かれているような感覚が、僕に行き先を教えてくれているような気がした。

 辿り着いたそこは謁見の間。王または主が座する玉座が存在する場所。

 「目が覚めたか?迷い人」

 壇上の上からかけられた声に僕は厳しい視線を向ける。そこにいたのは銀色の大きな獣、そ して玉座に悠然と座る黒い少女。

 見下ろされている……ただそれだけなのに喉がひどく焼けつき、無意識のうちに長刀を具現化させた。

 あの銀の犬…、あれは駄目だ。

 例えるならフェンリル。神話に伝わる神喰らいの魔狼だ。

 あの魔犬と戦おうものなら、何もできずに殺されてしまうだろう。

 ――だけど、それでも僕は折れるわけにはいかない。ケティの願いの為にもまだここで死ぬわけにはいかないんだ。

 無意識の内に村雨を具現化させ、構える。

 魔犬はその戦意を感じ取ったのか、身を起き上がらせ前足を踏み込んだ。

 「――っ…」

 それだけ、ただそれだけで絶対的な恐怖に手が震え、心が屈しそうになる。

 「おやめなさい、リグレイム」

 こちらが敗北するのは定められたこと。だったら最期に悪足掻きくらいはしてやろうと、こ ちらから仕掛けようとしたその時に、漆黒の少女が魔犬に制止の言葉をかけた。

 魔犬は彼女の言葉に死の気配を霧散させる と、忠告の意を込めた視線を僕に投げ掛け、気だるそうに蹲った。

 「――僕を助けたのは…君か?」

 「そんなものを持ったまま話をしようというのかしら、人間」

 「……これでいい?」

 脳内に鳴り響く警鐘を意志で力づくでねじり伏せて村正を霧散させる。 彼女はこの魔犬をリグレイムと呼んだ。魔犬でリグレイムなんて知らない人などいない。

 


  ――リグレイム・オルト。


 吸血種の中で最上位の強さを秘める絶対の王者。 そしてそんな規格外な魔犬を従えている者などこの世でただ一人。

 「――僕を助けたのは貴方かと聞いたんです、 蒼月の吸血姫」

 「ふふ、そういうお前は私がそうであると分かっていて武器を消す大馬鹿者かしら?」

 黒血の姫君アイルレイム・フューノシア。真祖と死祖の混血であり、血の支配者。

 冗談じゃない。そんな相手に刃を向けるほど僕は自殺志願者になったわけじゃないし、出来ることなら今すぐにでもこの場から逃走したい。 それに、戦う理由も通すべき意志も、ここにはないのだから。

 「――何故、僕を助けた」

 「特に理由はないわ。貴方に興味が湧いた、それだけよ。ねえそうでしょう、世界の犬」

 世界の犬、その言葉に僕の顔は無意識に強ばっていた。

 「音に聞こえしお前の呼び名。銃刀の魔術師、 空想具現の使い手、どれもお前の事を指しているのに、それなのにお前の中心から外れている」

 「…………」

 「そうでしょう?世界の臨むままに動かされる者よ」

 思い知らされる。

 この吸血姫は一体どこまでこの世界の事を知っているのか。

 千年の時を生きてきた吸血鬼。その瞳は僕の本質をほぼ正確に捉えていた。

 その通りだった。

 あの日以来、皆に笑顔でいてほしい……そのたった一つの願いから、僕は1を切り捨ててきた。 

 時限式の爆薬を身体に取り付けられた人 質、どうあっても解除不可能であると村人達が理解するや否や、僕は遠くからその人を弾頭で吹き飛ばした。

  ――その時限爆薬ごと……。

 ある旅客機が死者の巣窟と成り果て、一国へと降り立とうとしている。 それを僕は着陸する前にミサイルを撃ち、海へ沈ませた。 他にもそんなことが多々あった。

 ――そう、それはまさしく世界の欲する在り方そのものだった。 そしてそれは決してケティの望んだ在り方ではない。

 ――けど、それでも…

 「…………っ…う」

 思考の濁流が僕を眩ませる。

「その身体では立っているのもやっとでしょ う。もう休みなさい、お前の傷が癒えたその 時、もう一度この場に来るといい」

 意識を手放す直前、そんな言葉が聞こえた気がした。

 








 蒼い月を眼下に常夜の城の庭園にて僕は言葉を交わす。目の前に置かれた琥珀色の紅茶、対面に座る大人の姿をした死祖の姫 、アイルレイム・フューノシア。

 そこにはあの白い獣も居ない、二人っきりの逢瀬。

 僕にはこの吸血姫が僕に会おうとする理由が分からない。それでも僕は今こうして顔をあわせている。

 慣用的な挨拶を交わした後、僕の何が楽しいのか一挙手一投足を眺めて楽しそうに微笑むアイルレイム。

 そして間を置いて開かれた口から出た言葉に、僕は自分自身でもはっきりと分かるほど間の抜けた表情をしていた。

 「僕が、吸血鬼に?」

 「ええ、そうよ」

 優雅にそして飲み込むように紅い目が僕を穿つ。

 「お前の傷は確かに癒えた。ですが理解しているのでしょう? このままいけばお前は近いう ちに死ぬ事を」

 「………そうだね」

 確かに傷は癒え、全身を苛む痛みも今はな い。だけど、代わりに全身に淀みのような倦怠感が僕を蝕んでいた。

 魔術による全身の強化、人間の出せる範囲を越えた力の行使。

 …その反動によるものだろう。

 この身体は、もう長くない。

「世界の犬よ。お前は人の身などには拘らぬ 筈。ならば死祖になりなさい。そうすれば『貴方』は生きられる」

 「でも僕は、人を脅かす存在になんて…」  

 「ならば、耐えなさい。貴方には目的があるのでしょう?それに貴方が迷いはそんなものではないはず」



 ……どういう事?彼女は何を言っている?



「貴方はもっと別の事で迷ってる。貴方は何を考えないようにしてる」

 「何、を…」

 ――言っている。

 そう言おうとしたところで言葉が止まる。






 …■■と出会って■■もう■年が経つん■■。  

 …そ■■ね。

  今■■こんな関係に■■■■けど初■■出会った時って■■■はボロボロだったよね。  

 

 ――それが■■■の事を言ってる■■■、冗 談■■済■■■■から。

  …うん。分か■■■よ。

  冗談に■■■■のなら許■■ね。

  だけど■■出逢■■無■■■ら、今の私達 ■■■■のも事実■ん■■ら。  

 ――■ん。




――その時は迷■ずに私を殺してね。



 「――ッ!」

 

 それは記憶の洪水。それは僕の意識を蝕む。








 ――でもね、でもね。私、貴方と出逢えて本当に良かった!








「あ、ああ……ケ、ティ」

 無意識的に僕の思考から除外してきたこと、 それが僕を――

 「お前は人だったか」

 アイルレイムがどこか諦めたような声色で、 その雪のように白い指で僕の頬へと伸びる。 そこでやっと気づいた。

 僕の頬を伝う一条の涙。

 「間もなく逢瀬の時は閉じる。それでどうする?このまま人として死ぬか それとも人の心を持ったまま死祖となり生き永らえるか」  「――――なるよ、吸血鬼に」

 その言葉を受け取ったアイルレイムは――そ う、と優しく微笑み、僕の首筋へ唇を重ねたのだった。

 「これは私からの貸し。その報酬は、今後の貴方の在り方の観察としましょう」

 そう言ってアイルレイムは僕の手を取り、そのまま外へと引いていく。

 何時の間にいたのか、扉の前には銀の魔犬が座り込んでいた。

 城の前に出ると、彼女は振り返り、微笑ん だ。

 「では強く生きなさい。『世界に隷属される者』よ。そして覚えておきなさい、貴方が『一 人』で戦う事をやめたその時、初めて『世界の敵』となる事でしょう」

 「うん、分かった。色々と、本当に世話になっ たよ」

 「ではまた何時のしか逢いましょう。頑張りなさい、【澪次】」

 古城の輪郭が歪み始め、陽光が辺りを照らし始める。

 そしてそれが完全に晴れた時には、そこは僕が倒れていた紛争地帯だった。

 恐らくあの古城は幻ではなく、彼女の固有結界に限りなく近い空想具現化によって作り出された物だったのだろう。


 





 未だに答えは出ないけれど、それを胸に秘め戦いを続けよう。








 ―――それが僕に課せられた定めなんだか ら。 そして吸血姫の予言通り、少年は少女と出逢い、初めて世界の輪より外れた。





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