ケティのメッセージ
最近シリアス物の小説見てて、ほのぼの物が思い浮かばないです……。
深紅の義母であり澪次にとっても母のような存在なエリザの家に、今日は変わった客が来ていた。
「――――珍しいね。つぐみがここに来るのは」
遊びの誘いでもなく、真剣な様子で深紅と自分達の前に座っているつぐみに澪次は少しばかり驚きながらも彼女の前に紅茶を注ぐ。
その光景自体は友達をもてなす家の住人そのものだが、澪次とつぐみとの間の空気は張りつめていた。
深紅はその理由を知っているが。
(――政府に依頼されてた暗殺対象がつぐみに目をつけてたっちゅうんは、秘匿を重んじる澪次にとって良くない状況やったからなぁ……)
……そう。
それは澪次がエリザと深紅に日本に連れられて
間もない時のこと。元々日本政府と繋がりがあった澪次は早々に暗殺依頼を受けた。
対象はつぐみとは接点が無かったのだが、ある日たまたま彼女の能力を目にする機会があり、そして彼女を拉致しようとした日が良くも悪くも澪次の依頼決行日だったのだ。
――――――自身を連れ去ろうとした誘拐犯。
――――――そしてその左胸から突き出た月光に煌めく日本刀の刀身。
――――――倒れ伏す誘拐犯。広がる血溜まり。
それを感情の灯らない瞳で見下ろす歳が同じくらいの黒髪の少年。
その時のことを、今でもつぐみにトラウマとして残っていて、それが後に澪次との間に少しばかりの溝が出来るきっかけとなったのだった。
だがそれは澪次を嫌っているわけではない。むしろ助けてくれたことに感謝しているし、良い人だって事も分かる。
――ただ彼のあり方に納得できないだけ。
以来、つぐみは彼にその事を注意してきた。
今回もその事だろうと顔を合わせながら苦笑していた澪次と深紅はしかし、つぐみが切り出した言葉は予想にもよらないことだった。
「ねえ、レイくんってケティって娘……知ってる?」
――瞬間、二人の表情が強張った。
なぜ彼女の事を知らないつぐみからその名が出るのか。
そしてなぜ今その話をするのか。
「……やっぱり知ってるんだね」
「…なんでつぐみがケティを知ってるんや」
ケティという少女は今から一年前に中東の地で死んでいる。
その最期を看取ったのは澪次のみであり、つぐみが彼女の事を知っているはずがないのだ。
二人の中でもあからさまに動揺している澪次に、つぐみは決意したのか静かに切り出した。
それは一昨日の事。
つぐみは血筋柄の都合上、巫女という仕事についていて、霊が集まりやすい場所に行き供養させるよう祖母から頼まれていた。
今回は霊に危険な者はいないらしいので、別に一人だけで行く必要はないと判断したつぐみは、あろう事か同行者にみなもを選んだのだ。
――決して怖かったから……というわけではない。
だが何かが間違えている。
「はうぅ夏なのに何か寒気がするよぅ……」
そう……明らかに人選を間違えている。
何故知り合いの中でも自分と同じでホラーが苦手なみなもを選んだのか。
二人そろって足並みは誰が見ても分かるほどに遅かった。
だがそれもそこまでだった。
――――ヒヤァ。
「ひゃあぁぁぁぁぁ!!??」
「え、なになに!?どうしたの!!?」
気配もなく首筋にヒンヤリしたものを感じたみなもが悲鳴をあげ、つられてつぐみも慌て出す。
そして一斉に後ろに振り返る。
「やっほ♪ 今晩は」
何時の間にいたのか、金髪碧眼の無邪気そうな少女がそこに立っていた。歳は一つか二つばかり上かも知れない。
そんな彼女はつぐみ達を微笑みながら見つめていた。
「奇跡……なのかな?もう時間がないから君達に会えただけでも」
「えっと、貴女は?」
驚いているこちらに気づいていないのか、ほんわかと手を重ねて笑みを浮かべる少女にみなもはおずおずと尋ねた。
「あ、自己紹介がまだだったね。私はケティ 、ケティ・アルウォリア。君達にお世話になっているレイジの姉にして師の存在」
「……姉?」
「そ。まあ血は繋がってない義理の姉弟だけどね。あと深紅とは幼なじみ」
何事もないように話してるが二人にとっては驚きの連続だ。深紅とは幼なじみということは、その義母であるエリザも当然彼女を知っている。
「君達の前に姿を現したのはレイジに言伝をしてほしいんだ。きっと私を殺した事に今でも自責の念を抱え続けている筈だから」
「……え?」
「こ、殺した…?」
そこでつぐみは気づく。
いや、気づかないほうがどうかしていた。ケティという目の前の少女からは存在感が感じられない。
豊かな表情を見せるものの、生きている人にある何か――それが欠落している。
「そ、私は亡霊。一年くらい前に命を落とし、未練を抱えたまま宛て所のない亡霊」
「ちょっと待って!いくら何でも澪次くんが人殺しなんて――」
思わず反論しようとしたみなもの唇をケティの指が優しく塞ぐ。
その指は亡霊のように冷たかったが、すごく温かかった。
「話を最後まで″聞きなさい″ 確かにレイジは私を殺した。だけどね、それが望んでじゃない事だけは断言するよ。……私はね、暴走したの」
「暴走?」
つぐみの問いにケティは頷く。
「――私の中にある人ではない狂気に押し負け、心に響く囁きに導かれるままに殺戮を続け、街一つを壊滅させた」
「街を……」
「心の深層の中から、人々を殺して悦びを感じているもう一人の私を見る。なのに何も出来ない自分に絶望したよ」
そこでつぐみは気づいた。
気づいたからこそその表情は苦痛に満ちたものだった。
「もしかして殺したって……」
「これ以上なる犠牲者を出さないため。私一人を切り捨てることによって一万の人の命を救った。――とても酷な選択だっと思うよ。胸に刀を突き立てた時のレイジ……泣いてた。多分私と出会ってからの初めての涙だと思う」
運命というのはここまで残酷なのかと二人は思った。
ケティは内なる人外の衝動によって意思と反して殺戮を始め、澪次はそれを阻止するために最愛の義姉を殺す。
家族という者を失っていた二人にとって初めての姉弟。どれだけ幸せなことかは誰にも分からないだろう。
――それが壊されてしまった。
「今はかのお姫様や深紅がいるから大丈夫だとは思うけど、レイジのあり方が変わったわけじゃない。こればかりは私からは教えられない教える必要は無い」
事実そうなのだろう。
つぐみは一旦話を止め、澪次を見たが彼はただ微笑むだけでケティの言ってたあり方について何も語ろうとはしなかった。
ならばと深紅を見ても、彼女も静かに首を横に振るだけ。
これ以上深く追求する事をつぐみは諦め、話を戻すことにした。
「今回はレイくんにケティさんから伝言を伝えに来たんだ」
つぐみからその言葉を聞いた澪次の目から涙が幾筋も流れ落ちる。
だが、その表情は穏やかで、そしてつぐみに対してか、ケティに対してか、それとも深紅を含めた全員に対してか、遠くを見つめながら呟く。
「――――安心した。おかげで胸のつかえが取れた。でも大丈夫。すべき事を変える気はないけど、今はもう一人じゃないから」
澪次は右耳の雫型の銀のイヤリングにそっと触れる。
それはケティの形見であり、彼女が肌身離さず身につけていたものだった。
それを見たつぐみは時間が近づき姿が霞み始める前にケティが最後に残した言葉を思い出す。
それはとても見惚れるような笑顔だった。
「私が君にかけた呪いはもうおしまい。もう君が人助けに縛られる必要はないし、好きなように生きなよ。 ――――――それじゃバイバイ、レイジ」