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 ……おや?

 僕の目の前にいるこの血もしたたるいい男は、はてさて一体誰だろう?


「いや、そういう茶番はいらないから」


 そーですか、ケッ。


 さて、僕は今、首をちょん切られて生首状態で少女の両腕に抱えられている。

 そして眼下に見えるこの血まみれの体はまぎれもなく僕の肉体だ。

 火薬で吹き飛ばされた左腕。斧でたたき切られた右腕。チェーンソーで切断された右足。万力でもぎ取られた左足。まさぐられて凍りついた腹。

 嗚呼、こんなにも哀切極まりない御姿になって……、僕のその清らかたる心は、まるで麻縄で締めつけられたかのようにキュウッと痛むよ。


「ボンレスハムです」


 違います。


「だーるまさんが、こーろんだっ!」


 不意に、少女が僕の身体を足でおもっくそ蹴っ飛ばした。おもっくそなんて言葉を思わず使ってしまうほどにおもっくそ蹴っ飛ばした。

 僕の体躯がゴロゴロと回転して、乗っていた台から転げ落ちる。床のひんやりとした冷たさが未だに霜になっている腹と相余って、僕の神経を刺激した。


「だーるまさんが、こーろんだっ!」


 少女が台を回り込んで、再び、今度は開かれた腹をえぐるようにして足を振り抜いた。

 人体が綺麗な放物線を描きながら宙を舞うという神秘を、僕は蹴飛ばした張本人の腕に包まれながら、一種の感動を持ってして見つめていた。


 うわあー。僕の体、もの凄い飛んでるー。僕の口からも、血がもの凄い飛んでるー。うわあー。


「あははははっ! こらぁー、待てー」


 うふふふふ。つかまえてごらガハァ!!!


 そこには、血を吐き続ける生首を両手に持ちながら、必死で人間の身体をドリブルする、一人のあどけない少女の姿があった。


 誰かこいつに『だるまさんがころんだ』はそんな遊びじゃねえって教えてやれよおおおおお!!!



  ◇ ◇ ◇



「うわあ、顔面ぺちゃんこ」


 サッカーのドリブルに飽きると、今度はバスケのドリブルになった。すなわち、僕(身体)を蹴飛ばすことから、僕(生首)を床に叩きつけることへと移ったわけだ。こいつは一度脳みそを洗った方がいいんじゃねえの?


 当然、人間の頭蓋のような重量のある物体を地面に叩きつけたところでバウンドするわけがない。顔が床にめり込んで終了である。

 しかし、何が面白いのか、少女はその『跳ね返ってこなささ』がツボに入ったらしく、馬鹿みたいに笑いながら何度も僕の顔面を床にぶつけていた。

 その度に、僕の額は薄氷にピッケルを打ちつけるかのように割れていき、僕の歯は鯛のウロコを剥がすかのように折れていき、僕の鼻はトマトを壁に押しつけるかのように潰れていった。


「大丈夫? 目、開けられる?」


 そして今、そのバスケのドリブル、もとい一人ドッジボールが一段落着いて、僕は再び少女の両腕に抱かれている次第だ。


「あー、こりゃ無理かなあ」


 僕の両目はまぶたが腫れ上がって眼球を圧迫していた。今、僕は自力で少女の姿を確認することはできない。なかなか遺憾である。


「うん。じゃあ、ちょっと焼くね」


 そう言うと、少女は熱した鉄のようなものを僕のまぶたへと押しつけてきた。

 熱で皮膚をくっつけて無理矢理目が開くようにしているのだろう。ハイパー荒療治である。

 ただ幸いなことに、僕の鼻はひしゃげて血のニオイしか感じないため、皮膚が焼けるときのあの悪臭が分からないのは僥倖だった。やはりタンパク質が焼ける刺激臭というのはどうも好きになれない。

 まあ、その代わりというわけではないが、歯も全部折れてしまっていたため、食いしばって痛みに耐えるということができないわけだが。


 僕はただ黙々と時間が経過することだけを頭の中で反芻していた。


「よし! しゅじゅちゅかんりょう! うんうん、男前になった」


 ……僕がなんにでもツッコミいれると思うなよ、このボケナスが。


 開かれた僕の瞳がようやっと少女の顔を視認した。

 と同時に、ある違和感に気づく。


「そうです! まぶたをひっつけたから、君はまばたきができないんです! はははっ! ざまーみろ!」


 なんでや。



  ◇ ◇ ◇



 僕の左眼球に釣り針が刺さった。ぐりぐりと回されながら針が進んでくる。

 腰曲げの部分まで深々と突き刺さったのを確認すると、少女は一気に針を引っ張った。

 先端のかえしが引っかかって、ぐいっと眼球が持っていかれる。

 やたらかえしが大きいのか、見事針は外れることなく、僕の眼球をずるりと引きずり出した。


 次に少女は糸鋸を取り出して、僕の視神経を削り始めた。

 釣り針で眼球を引っ張ったまま、そこから伸びている視神経を一本一本ゆっくりと切り裂いていく。

 まるで音楽でも奏でているかのように、少女は優しい目つきで糸鋸をヒいていた。


 引っ張られる感覚がなくなったかと思うと、いつのまにか僕の眼球は少女の手のひらの中に収められており、むにむにと少女の細い指でいじくられていた。

 僕は視神経をちょん切った目玉がなんだか貝柱を切り取った牡蠣のように見えて、図らずも美味しそうだなあとか考えていた。


「………………」


 最後に少女は僕の目玉を噛み潰して、中に詰まっている房水を含めて、全部飲み込んでしまった。



  ◇ ◇ ◇



 僕の右眼球に釣り針が刺さった。ぐりぐりと回されながら針が進んでくる。

 腰曲げの部分まで深々と突き刺さったのを確認すると、少女はじらすように針を引っ張った。

 先端のかえしが引っかかって、じわじわと眼球が持っていかれる。

 やたらかえしが大きいため、無論針は外れることなく、僕の眼球をぬるりと引きずり出した。


 次に少女は同じく糸鋸を取り出して、僕の視神経を削り始めた。

 が、今度は、釣り針で眼球を引っ張ったまま、そこから伸びている視神経を一振りでそぎ落としてしまった。

 まるで動物の骨肉を細かく断ち切るかのように、少女は力強い目つきで糸鋸をヒいていた。


 引っ張られる感覚が一気になくなると、いつのまにか僕の眼球は少女の手のひらの中に収められており、ぷにぷにと少女の細い指でいじくられていた。

 僕は視神経をちょん切った目玉がなんだか貝柱を切り取った牡蠣のようだとさっきから思っており、図らずも美味しそうだなあとかさっきから考えていた。


「………………」


 僕は視神経をちょん切った目玉がなんだか貝柱を切り取った牡蠣のようだと、さっきから激しく思っており、図らずも美味しそうだなあと、さっきから真摯に考えていた。


「………………」


 僕は! 視神経をちょん切った目玉が! なんだか! 貝柱を切


 最後に少女は僕の目玉を噛み潰して、中に詰まっている房水を含めて、全部飲み込んでしまった。


 ……………………。


 ふふふ。やるね、君。



  ◇ ◇ ◇



 目が見えなくなったため、少女が今なにをしているのかは触覚と聴覚でしか推し量れないのだが、おそらくこの左耳の痛みとガリガリという音からして、耳を糸鋸で切り取っているのだろう。

 いや、最初の『目が見えなくなったため』という表現は正鵠を得ていないな。正しくは『目玉がバラバラになって、かつ少女の体内に光が入ってこないため』であろう。まあ、結果として僕の視界が真っ暗なのには変わりがない。まったく、少女も腹黒いな、なんつって。


 ブチッという音がした。

 叫びたくなるような激痛が顔中を駆けずり回った。


 こいつ! いきなり左耳をもぎ取りやがった! 痛えーんだよ! 怖えーんだよ! 相手の行動が見えないという恐怖がどれほどのものか知っての狼藉なのかァ!? ああん!?


「……はむっ」


 反対の耳を甘噛みされた。


 いやー、まったくしょうがないなあーもう。ついカッとなってやってしまったんだね、うんうん。誰にだって魔が差すことはあるよ。わかるわかる。


 ブチブチブチィという牛肉のスジを噛みちぎるような音が響いた。


 なんなの、この人。なんで耳を取るの? 誰が勝手に他人の耳を取っていいと言いましたか? ふざけんなよ? あ、ふざけてるのか。あはは。


 少女は噛みちぎった右耳をわざとクチャクチャ音を立てて咀嚼していた。少女の小生意気にほくそ笑む顔が目に浮かぶ。


「耳介ノこのコりこリは、やッパり絶品ダよねー」


 そうなの? 知らないけど。


 一応、両耳とも鼓膜は健在なので、若干音の感知に違和感はあるが、声自体については問題なく聞き取ることができた。でもどうせこれも「ヨーし! そレジゃあ、最後ノお楽しミ、いっテミよー!」すぐに潰されちゃうのだろうけれど。


 目から、鼻から、口から、耳から、首から、僕から、一向に血は止まらない。



  ◇ ◇ ◇



 両耳。同時。


 最初は耳の中に何か液体を入れられたな、と感じただけだった。至って平常心である。

 しかし、当然静けさの後は嵐、突如、激痛が両耳の奥からのし上がってきた。


 溶けていた。耳の中が溶けているのが実感を持って理解できた。


「きこ ル? コ えキ  かセイそ だ」


 今にも朽ち果てそうな僕の鼓膜は、それでも確かに『苛性ソーダ』という単語を知覚した。


 苛性ソーダ。いわゆる水酸化ナトリウム。

 タンパク質を腐食する強塩基性を示す。人体に暴露すると、火傷を引き起こしながらさらに皮膚の深部へと浸透していく特性があるため、肉を溶かすという点のみで見れば、塩酸や硫酸よりもタチが悪い化学薬品だ。


 自分でも顔が青ざめていくのが分かった。間髪入れずにさらなる苦痛が両耳を飲み込む。


 鼓膜を突き破った先にある中耳。そこが溶け出していた。

 ただれた肉が血と混じって耳の穴から垂れ流れている。


 熱い。顔の中が焼けるように熱い。

 そして気持ち悪い。ドロドロとした物体が頭の左右で蠢いているのが最高に気持ち悪い。


 再び、両耳に液体を注がれる感触があった。

 今度は大量に入ってくる。溢れんばかりの液体苛性ソーダがドボドボと耳の奥へと押し込まれていく。


 行き場を失ったその強塩基の劇物は、とうとう中耳と喉を繋ぐ耳管を溶かしながら口の中へと洩れ始めた。

 耳から口へ、肉と血のぐしょぐしょに絡まり合った粘体が、容赦のない激痛とともに運ばれてくる。

 それらを口から吐き出すにつれて、頬の肉が次第に薄くなっていくことに、僕は戦慄を覚えた。


 そして漸次的に溶かし続けるその液体は、ついに咽頭を逆流して鼻腔にまで達した。

 いびつにへこんだ鼻も、お構いなしに肉の溶解液へと変えてしまう。もはや鉄のニオイさえも僕の嗅覚細胞は感じ取れなくなっていた。


 少女はそんな、口から鼻から、果てには涙腺を通って目からも液体を噴射し、まるで溺れているかのようにあえぐ僕を見て、さぞかし大きな笑い声を立てて嘲弄していることだろう。

 だけどそれでも僕は、痛みに耐えることができた。

 そしてそれだけが、僕の痛みに耐える唯一の支えだった。



  ◇ ◇ ◇



 先刻、針を二本刺された。

 大きさからして細い注射針で、口角の皮下に薬剤を注入される感触がしたが、今のところ変わったところはない。

 いやもちろん『変わったところはない』と言っても、顔面の溶解は依然として進行しており、脳から送られてくる痛覚信号ものべつ幕なし続いている。

 むしろ疑問視すべき点としては、今もって痛覚が麻痺していないことにあるだろう。僕の顔からは夏場のアイスクリームのように、皮膚と筋肉と神経が垂れ落ちていく。


 少女は今、何をしているのだろうか。

 笑っているかもしれない。怒っているかもしれない。泣いている……のは考えにくいが、万が一ということもあり得る。


 僕は途端に少女の顔が見たくなった。少女の声が聞きたくなった。

 眼球は喰われ、鼓膜は溶かされ、何も見えず、何も聞こえず、ただ痛みと向き合うだけの時間は、ひたすらに寂寥感だけを募らせていく。

 その外界から遮断された世界の中で、僕は永遠の一秒を連綿と積み上げることでしか自我を保つことができなかった。


 ――苦しかった。


 二本の注射針を打たれてから4437秒後、ようやく何かが皮膚に触れた。

 どうやらまた注射針のようだった。それでも僕は、この無間地獄になにかしらの変化が加わったことに無上の喜びを実感していた。


 最前とは別に、今度は眼窩の奥へと刺すつもりのようだ。電撃のような痛みを伴いながら、柔らかくなった肉塊を押しのけ押しのけ、針が進んでくる。

 そして脳幹か小脳か側頭葉か、もうここまで来ると違いを認識することは不可能だが、いずれにしても脳に直接針を打ち込まれ、中の薬剤がチュウッと排出された。


 脳の中に射精されたような感覚がした。


 何を打たあ゛あ゛あああああああああああ痛い痛い痛い痛い痛い痛い何だ痛い注射何を打たれた脳に何を打った痛い痛い痛いあああああああああああああああ痛い痛い一番痛い今までで一番痛痛い痛み今まで感じてきた痛みが痛い全て極楽に思えるほど痛い痛い痛あああああああああああああああ注射痛み痛直接打った痛み発痛物質発痛物質神経毒痛い発痛物質直接投与あああああああああああ発痛物質何を打たれた痛いカリウムわからないヒスタミン痛発痛物質どれだ痛痛い痛あああああああああブラジキニンだブラジキニンを打たれた痛い痛い少女だったらそれを痛使う痛いあああああああああああああああああああああその前に打ったのは痛い痛いなに痛い発痛増強物質痛みを増強増強物質増強痛いあああああああああああ発痛増強物質痛PGE2痛いわからないPGI2PGE2痛い痛いわからないあああああああああああああああああああああもう一本は痛わからないわからないセロトニン痛い痛違うわからないああああああああああああ脳内麻薬除去痛い麻薬麻痺わからない拮抗痛痛ああああああああああ痛い痛みが抑制されない麻痺しない痛痛わからない鎮痛作用除去痛い痛麻薬拮抗剤麻薬痛拮抗剤ああああああああああああああエンドルフィン抑制痛いμ受容体わからない痛ナロキソンあああああああああああああ時間空けた痛間隔どうして痛い症状が現れるまでわからない痛い痛痛あああああああああああああ痛い痛痛ナロキソンだエンドルフィン除去わからない痛わからないナロキソン痛いああああああああああああ痛い痛発痛物質地獄死にたい死にたい痛い死にたい地獄死にたいああああああああああああああああああああああ助けて助けて助けて助けて助けて助けて助けて助けて助けて助けて助けて助けて助けてああああああああああああああ痛い死にたい殺して殺して痛い助けて死にたい殺して痛い助けて痛い助けてああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああ針針針針針もう一度痛い痛い脳に殺して刺さってる助けて痛い痛い痛やめてやめてやめてやめてやめてやめてやめ














て。




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