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 いきなり下ネタの話になって恐縮千万なんだが、ここでいよいよ金的の痛みというものについて語っておかなければなるまい。

 男性諸兄ならば一度は体験したことがあるだろう、あの理不尽な鈍痛を。


 ではまず、その痛みをここで叙述するにあたって明記しておくことがある。

 それは男の股間にぶら下がっている、かのゴールデンボールは内臓であり、かつその内臓はたった一枚の薄皮だけで守られているという、あまりにも嘆かわしい事実だ。


 従来、内臓とは骨に囲まれ、脂肪に包まれているべき器官である。なにせ身体に不可欠な要素なのだ。体の奥底に隠れてなければならない。

 ところが、睾丸の場合、それを保護する骨や脂肪が一切存在しない。情けない程度の皮がベローンと引っ付いているだけで、常に最前線にその身を置いている。

 最悪だ。どう考えてもこの采配は創造主のミスだ。世界を一週間ぽっちで創ったりするからこんな肝心なところでケアレスミスをするんだ。神なんて死ね。


 そしてそのように、皮一枚を隔てた先に臓器があるということはつまり、その部位にダメージが加わるとモロに内へと刺激が伝わるということだ。

 この痛みが、筆舌に尽くしがたいほどの激痛なのだ。

 まるで自分の股間の中で除夜の鐘を打ちつけたかのような重たーく響く痛み。脂汗だか冷や汗だかわからない液体が背中をつたい、視覚と聴覚にはもやがかかり、呼吸は著しく乱れる。

 頭にあるのはただただ神への懺悔のみ。ごめんなさいごめんなさいさっきは神なんて死ねって言ってごめんなさいもう許してください、という懺悔だけが頭の中をぐるぐると駆け回る。

 その後、数十分置いてようやく苦痛は引いていく。残るのはとてつもない切なさとどうしようもない恥ずかしさ。


 悶絶と疼痛と慟哭と絶望と悔悛と慚愧。

 これが金的を受けたときに男が感じる痛みの全てである。


 さて、前座が長くなってしまった。いよいよ本題に入ろう。


 少女は何を思ったのか知らないが、突如大振りの木槌を持ち出してきて頭上高々と振り上げたかと思うと、全身の力をふんだんに込めた一撃を、息つく暇もなく、僕の股間めがけて、盛大に振り下ろした。



  ◇ ◇ ◇



            

     

            

          


   

   

             


     

     

  

   

            

              

    

              

    

           

   

         

               

             

    

             

             

           

     

        

    

            

     



  ◇ ◇ ◇



 僕の下腹部は恥骨ごと粉砕し、性器もぺしゃんこに潰れてしまった。周りには粘り気のある血が垂れ流れている。


 白状すると、僕は木槌が振り下ろされる瞬間、死を覚悟していた。僕の体は死ぬどころか気絶さえしないと頭の中で十分理解している上でなお、死を覚悟した。

 それはとてつもない恐怖だった。

 身の毛がよだつ、血の気が引く、背筋が凍りつくなど、恐れ怖じ気を示す表現は数あれど、そのどれにも当てはまらないような、死ねない上で死ぬ痛みを受けるという恐怖感が僕の心を支配していた。

 そして同時に、たとえ痛みには慣れても、恐れに対しては決して慣れることがないのだということを僕は改めて認識した。


「うわっ、なにこのニオイ! くっさ!」


 僕が未だに引かない苦痛とそのあまりにも巨大な恐怖とで、身も心も押し潰されているのに対し、当の少女は僕の悲嘆な心中なんて歯牙にもかけず、ふてぶてしくも文句を垂れてきた。


 いやいや、股間を破壊したんだからこれは仕方のないことだ、僕のせいじゃない。むしろリアル性を伴わせた少女の方に原因はあるだろう。


「あー、またそうやって君は責任転嫁するー」


 はい? いや、ちょっと待て。責任転嫁は完璧にお門違いだろ。さすがにそれは違う。むしろそっちの方こそ責任転嫁してんじゃねえか。


 僕は珍しく少女の言動にイラッときていた。普段なら見事な紳士っぷりで受け流すのに。まあ、おそらくはさっき募った恐怖感とやらで、いつになく心がかき乱されていたためだろう。


「なんでよ? なんで私に責任あるの?」


 少女も少女でいつになくむすっとしている。僕の錯乱による余波だろうか。あー、不穏な空気。


「ニオイをまき散らしてるのは君でしょ? 私に全部責任を押しつけるのはおかしいでしょ?」


 おいおい待て待て。だって少女がそうなるようにしたんだから、こうなるのは当然だろ? 僕にはどうこうすることもできないんだし、たとえできたとしても僕だったら多分こうならないようにするだろうから、やっぱりこれはそうなるように仕向けた少女が原因だろ?


「いや、何言っているのかよく分かんないんだけど」


 そして次の言葉を皮切りに、僕と少女の口喧嘩が幕を開ける!


「ていうかなんで怒ってるの?」


 僕はため息をつきたかった。


 いや……、…………、……怒ってるわけじゃねえんだよ。ただ指摘してるだけだろ、責任転嫁はお前の方だって。


「ほらぁ、怒ってんじゃん。いつもは『お前』とか使わないのに」


 そこはどうでもいいことだろ。今言ってるのは責任の話だ。


「どうでもよくない! 私にとっては重要なことなの! 話をすり替えないでよ!」


 …… 話を すり替え ないでよ ? どっち が ?


 いきなりですが、ここで僕プッチン来ちゃいましたー。


「私はなんで君が怒ってんのかって聞いてるの!」


 お前自身が話をすり替えてるからだろうが! なにが『話をすり替えないでよ』だよ! 僕はさっきから責任転嫁の話しかしてないのに、お前が勝手に僕が怒っていることに対してぐちぐち言ってきたんじゃねえか! 話をすり替えてんのはどっちだよ! 自分の方が言ってること矛盾してるって分からねえのか!?


「そっちこそ言ってること分かんないんだけど! もっと簡潔にモノを言えないの!?」


 はらわたが煮えくり返るような怒りという表現は、本来こういう場面で使われるべきだと僕は主張したい。


「どうしてわざと難しく言おうとするの!? 自分だけ理解できても相手が理解できなきゃ意味ないんだよ!?」


 全然難しくねえだろうが! 責任を押し付けてるのもお前! 話をすり替えてるのもお前! それなのにまるで僕からそうし出したように言うから違うって否定してるだけじゃねえか! 難しいことなんて一つもねえよ!


「お前お前って、だからそんな風に私に全部押し付けないでって、さっきから言ってるじゃない! そうっ! 押し付けないでよ!」


 ほんとーに、お前はそうやって自分の都合の良いときだけ、取って付けたように話を元に戻すよなあ! 『さっきから』? 責任の話から僕の怒りに話変えて、果てには僕の口調の話までコロコロと論点変えやがった奴は一体誰だよ! 適当に喋ってた言葉が運良く元の意見につながったからといって、お前の主張が矛盾していることには変わりがねえんだよ!


「っもう! ホント何言ってるのか分かんないっ!」


 そして自分の手に負えなくなったらあっさり持論を放棄ですか! 頭ごなしに他人の意見を否定することしかできねえのかよ! 自分の意見にはきちんと責任を持てよ! これだから、女ってやつは! 


「あああああああっ! 屁理屈! 意味分かんない! うるさいっ! 死ねっ!」


 とうとう少女は両目に涙を浮かべながら、どっかに行ってしまった。


 ……勝ったな。



 ◇ ◇ ◇



 思ったよりも早く少女は帰ってきた。ただし全体に無数の釘を打ちつけたバットをずりずりと引きずりながら。おっかねえー。

 そして少女はそのまま僕の足元(まあ無いんだけどあったとすればだ)に立った。


 影を帯びた少女の顔が僕と相対する。凍てつくようなまなざしに反して、口元だけは狡猾な笑みを浮かべていた。

 けれども、その微笑は張り付いたように動じず、依然として少女は無言のまま。なんだか暗澹とした憤怒が体全体からにじみ出ているかのように見えた。


 少女は変わらず視線を僕の顔に向けたまま、釘バットを両手で握り直すと、もったいぶるように振り上げた。

 まあ、どうせ打ちつける目標は決まってる。

 僕は先ほど抱いた恐怖なんてなんのそのといった心情で、ただ呆然とその怒りの矛先を見つめていた。


 三拍、静止。


 その後、風を切るようにバットが振り下ろされた。ついさっき木槌で叩き潰したのと全く同じ、股間に、ピンポイントで。

 しかも少女はそれを何度も繰り返した。自分の怒りを鎮めるために、何度も何度も何度も何度もバットを振り下ろした。


 その度に僕のハラワタがバットの釘に引っかかった。

 バットを振り上げると腸がずるずると出てくる。大抵途中でブチンと切れる。巻き付いた腸を振り払うかのように少女が再び叩きつける。また釘に腸が引っかかる。

 そんな負のサイクルが意にそぐわず完成していた。自分の大腸が上下しているのを目で追っていると、なんだか情けなくて面白かった。


 そんなこんなで僕の腰がいよいよ綺麗になくなりかけた頃、少女はやっと手から釘バットを離した。


 くあーっ! 体中から嫌な汗が大量に吹き出して、鋭い痛みが五臓六腑にまで染み渡ったぜ! かーっ! 生きてるって素晴らしー!

 などという冗談もつかの間、すかさず少女はメスを取り出すと、今度は僕の腹を、正確に言えばへそからみぞおちまでを、下から上へ一直線に切り開いた。


 ふむふむ、なるほど。どうやら少女の怒りはまだ収まっていない、と。



  ◇ ◇ ◇



 自分の開かれた腹の中は首が動かないため見ることができないが、推測するに肝臓や胃ぐらいまでがさらけ出ているのではないかと思う。

 僕の腹の皮は左右にむりやり押し広げられており、少女から見ればハラワタまで丸見えだろう。それに羞恥心を覚える僕は未だに人としての心を持っているのか。


 少女は手に金属製のボトルを持っていた。両手で抱えるほどのサイズがある。

 まあ大方予想はつく。少女が両手にはめている革手袋が大きなヒントであろう。


 そして少女はそのボトルの栓を手際よく外すと、僕の腹の上でゆっくりと傾けた。

 白い煙を上げながら無色透明の液体がふちに沿って垂れ流れてくると、そのまま雫となって重力に従い、落下を開始する。


 ――液体窒素。


 腹の中へと落ちた瞬間、僕はその液体を『痛い』と感じた。『冷たい』や『熱い』といった冷温覚ではなく純粋な痛覚として。


 さらに内臓の隙間を縫うように、液体窒素が奥へと染み込んでくる。

 想像を絶するような気持ち悪さだ。この鳥肌が、体温を奪われているために出ているのか、はたまた体内に液体が流れ込むという不快感に対して出ているのか判別つかないほどに。


 少女がボトルの傾斜を上げた。液体窒素がドボドボと音を立てながら溢れ出る。僕の腹の中からは真っ白な湯気が、地を這うように立ちこめてきた。


 体が狂ったように震える。僕の本能が熱を求めている。



 まるで腹の中にある、小腸と大腸と十二指腸と膀胱と肝臓と胃と胆のうと脾臓とすい臓と腎臓が、全て溶けて凍って固まってくっついているかのようだ。

 下はそんな惨烈極まる内臓を覆い隠す乳白色のヴェール。上は勢い絶えない極低温の大瀑布。それを操るは手に持つ液体窒素に勝るとも劣らないほどの冷酷な視線を、未だに向ける一人の少女。


 ガちガチがチガち、と僕の歯が踊っている。



  ◇ ◇ ◇



 凍りついた僕の臓器を次々と握りつぶすことで、ようやく、本当にようやく少女の怒りは収まった。とんだ憂さ晴らしだ。


「あー、すっきりしたっ!」


 僕のおなかもすっきりしましたがね。ははは。ここ笑うところな。


「さて、と。まあ、そうだよね。君だってたまには怒ったりもするよね。うんうん、しょうがないよ。今回のことは私に免じて許してあげましょう」


 あくまでも自分は悪くないということですか。我の強さもここまでくると頭が下がりますなあ。


「なにか言った!?」


 言ってませーん。てか言えませーん。


 僕は逃げるように少女から自分の腹部へと視線を移した。


 血と霜で紅白に彩られた腹。その周りではまるで赤ん坊がオモチャを散らかしたかのように、かつて僕の内臓だったモノが四散していた。


「ふーん。オモチャ、ね……」


 少女は僕の腹にへばりついていた内臓の成れの果て(色から判断するにおそらく肝臓の一部)を興味深そうにつまみ取りながら言った。


「オモチャっていうのは上手い例えだね、うん。要するに、赤ん坊の気が済むまで遊ばれる、ただそれだけの存在。そしてもちろん、オモチャは主人に逆らうことはできない」


 おいおい。いきなり哲学的なこと言い始めたぞ、こいつ。どうしたん? 倦怠期?


「だけど、『この』オモチャはその御主人様に平気で反論してくるし、ぐちぐち文句まで言ってくる。あーやだやだ。誰がこんな子に育ててしまったのか」


 ここで普通は『お前だ!』とツッコミを入れるのが本筋だろう。しかし、あえてこのボケのボケを聞き流すあたり、僕は出来る子であると言える。


「へー、そんなこと言っちゃうんだ。へえぇー」


 少女は柔らかい笑みを満面に浮かべながら、手でにぎにぎと遊んでいた僕の内臓の残骸をボトリと床に落とした。

 すでに血管も筋肉も神経も僕から切り離されて、今となってはただのタンパク質の塊でしかないモノのはずなのに、そのモノが床へと落下した衝撃で自然と僕の身体もビクンと波を打つ。


「悪い子にはおしおきが必要だよね! ほらっ! きちんと反省しなきゃ!」


 そう言うと少女は床に落ちたオモチャを足で踏み潰した。


 血が、出た。




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