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 左腕が爆発した。


 血が顔にかかる。

 肉が飛び散る。

 痛みで意識が飛びそうになる。

 少女は笑っている。


 口の中にまで血が飛び散ってくる。

 肉の焦げたニオイがする。

 体が震えている。

 少女は笑っている。


 血がドクドクと溢れ出ている。

 骨がむき出しになっている。

 皮膚がただれている。

 少女は笑っている。


 少女が笑っている。

 少女が笑っている。

 少女が笑っている。

 少女は笑っている。

 

 ……………………。


 ていうかこいつさっきから笑い過ぎだろ!



  ◇ ◇ ◇



「いや、だって……くふふ……腕がバーン! って、バァァァーン! って爆発したから……ふふっ……うふふふ、あははははははははケホっケホケホっ……」


 うわっ。思いっきりぶん殴りてえ。有無を言わさずぶん殴りてえ。


「……んっ、で、でも見事な爆発っぷりだったよ。ほら、潔かったというか」


 お前が火薬詰めたんだろ! ホント左腕が跡形もなく消し飛ぶほど清々しい爆発だったよ!


「まあまあ、右腕が残っているだけ良しとしようよ!」


 何なの、この悲しいまでにポジティブなフォローは。貴様は本当にそれで良しとなるとでも思っているの?


 ……まったく、こいつの行動にはほとほと呆れる。


 いきなり二の腕に火薬巻き付けてきたと思ったら、「はい、10秒前ー! 9、8、7、6、スイッチオン!」と言って『5』の時点で爆発させやがった。

 唐突に爆発物を仕掛けられるだけでも心の準備ができていないのに、さらにカウントダウン無視して起爆させられても、こちらとしてはどういうリアクションを取ればいいのか判断に困るんだけど。呆気にとられて口ポカーンってなってたわ。血が入ってきたわ。


 別にこいつの傍若無人っぷりは改めて言う必要もないことだけど、それに付き合う僕としてはもう少し我を抑えてほしいとはつくづく思う。


「よっし! それじゃあこの芸術的爆発の興奮も冷めやらぬまま、今度は右手に突入するぜぃ!」


 所詮は希望的観測ですか。はいはい。



  ◇ ◇ ◇



 左腕がまだプスプスいってるが、そんなことは気にしない。


 少女の意向によると、左手は一瞬で破壊し、右手の方でじっくりゆっくりもてあそぶつもりらしい。左右の違いに何か理由があるのかと思ったが、特に意味はないとのこと。さすがだ。

 しかし、僕としてはどうも納得できない節がある。

 どうしていつも右手の方にこだわるのか。本当にただの気まぐれなのだろうか。


 ――ずっと手を繋いでいたから?


 いや、わからないな。早合点はいけない。


 そんなことをあれやこれやと考えていると、少女が僕の右手の小指と薬指の股をノコギリでガリガリと切り始めてきた。


 いや、だから、一言くらい声をかけてくれよ。


 指の股がみるみる裂けていく。血が溢れ出る。痛い。痛いのに体が動かせない。動けない。肉を切る音がする。骨を切る音がする。ガリガリガリガリ。耳に響く。うるさい。


 そして切り口が手首のところまで達すると、少女は次に中指と薬指の股を切り始めた。


 中指と薬指がどんどん離れていく。が、切るスピードがさっきよりも遅い。どうやら血で濡れるせいで思った以上に刃が進まないらしい。

 僕的には血液が潤滑油の役割をして、さらに刃の切れ味を倍増させるものだとばかり思っていたが、やはり現実とはどこに行ってもうまくいかないことの方が多いようだ。南無三。


 そして切り口が手首のところまで達すると、少女は次に中指と人差し指の股を切り始めた。


 刃がつっかえる。さっきから何回もガッ! ガッ! て引っかかっている。その度に僕は涙が出そうになるのを堪えている。きちんと少女はノコギリが押すものではなく引くものだと理解しているのだろうか。


 そして切り口が手首のところまで達すると、少女は最後に人差し指と親指の股を切り始めた。


 ガリガリガッ。ガリガリガリガッ。ガリガッ。ガッ。ガッ。ガリガッ。ガッ。ガッ。ガッ。ガッ。このヘタクソっ!



  ◇ ◇ ◇



 ようやく少女は僕の右手からノコギリを離した。真っ赤な血が噴流し、真っ赤な肉が露顕した僕の指は、まるで宇宙人のようなひょろ長くていびつな形となって完成を迎えた。


「キャー。キミノユビ、ナガクテカッコイイー」


 褒められた。地球外言語で褒められた。ここまで意味の分からない褒め言葉は生まれて初めてだ。


「さて、次はどうしようか」


 あ、もう指に関してはそこで終わりなんですね。こんな、おそらく世界一長い指になったであろうこんなユニークな右手に対して、思った感想がたった一言だけなんですね。僕としてはもう少し話の種にして欲し「よし! じゃあ皮を剥ごうかなっ!」いえ、何でもないです。


 少女はまたどこからともなくメスを取り出していた。見るからに切れ味鋭そうな刀身がいつの間にか僕の方に向いている。


 さて、皮剥ぎだ。痛い痛い皮剥ぎの時間だ。

 皮膚を剥がされるという行為は人が感じる苦痛の中でも極度に痛覚が強いものだと聞いたことがある。神経がどうだとか痛点がどうだとか言っていたが、そんな理屈を抜きにしても確かにこの痛みは想像を絶するものがある。


 少女のメスが僕の手首に添えられた。

 刃が前腕に沿ってなめらかに滑る。

 手首から肘にかけて皮膚だけがぺろりとめくれた。

 血は出なかった。


 ……はっきり言ってこいつの皮を剥ぐ技術は称賛に値すると思うんだが。

 爪を剥ぐ腕前やノコギリの扱いはお世辞にも上手いとは言えないが、いわゆる刀子の使いこなし方に関しては目を見張るほどの才腕だ。まあ昔っからナイフ系の刃物には慣れ親しんでいたからな。当然と言えば当然か。


 そして少女は、またたく間に右腕の皮膚全て、それこそ肌色の部分がなくなってしまうほど、前腕から上腕にかけてまで、皮膚全てをきれいに剥ぎ取ってしまった。


 僕の顔は涙で濡れていた。



  ◇ ◇ ◇



「男なんだから泣かないの!」


 だって痛かったんだもん! 半端じゃなく痛かったんだもん! 尋常じゃないほど痛かったんだもん!


「めそめそしないっ!」


 少女がメスを突き刺した。研ぎすまされてギラギラに光るメスを、筋肉があらわになった僕の右腕前腕部分に深々と突き刺した。

 いや、突き刺したところで余計痛いだけだよ? 僕の涙は治まらないよ? なに考えてんの?


 少女はそれで気を落ち着かせたのか、はたまた最初から僕の慟哭になんて関心なかったのか(おそらく後者)、今度は興味の対象を僕の腕に走っている筋繊維に向けてきた。


「筋肉って直で見るとやっぱり気持ち悪いよねー」


 態度の豹変ぶりが凄まじいなあ、おい。山の天気のようにクルクルと機嫌が変わる。


「あ、すごーい。こりこりしてるー」


 少女の華奢な指が僕の腕の中へと潜り込んできた。とろけるような手つきと容赦のない刺激が僕の神経を襲う。


「わあ! これでいろいろ遊べそう!」


 何を言い出すかと思えば、相変わらずのサディズム発言である。僕の諦観もむべなるかなである。


 それから数時間、少女は僕の筋繊維を伸ばしたり、曲げたり、ねじったり、つまみ出したり、からめたり、結んだり、引きちぎったり、つぶしたり、舐めたり、噛んだりして気が済むまでもてあそんだ。

 いや、もしかしたら現実では数分しか経っていないのかもしれないが、しかし、僕の体感ではこのオアソビは何時間にも何十時間にも感じられた。


 あるところで少女はふと思いついたように僕の右腕を離した。

 どうしたのだろうと思っていると、少女はこれまたどこから持ち出してきたのか、小型の機械装置を手に持っていた。二本のコードがぶら下がっている。


「むき出しの筋肉に直接電流を流したらどうなるんだろうね?」


 少女はいやらしくニンマリと口角を上げた。僕はこのときどんな顔をしていたのだろう。



  ◇ ◇ ◇



 少女が持ってきたのは変圧器だった。いやー、こんな女の子の両手に収まるサイズの機械で電流を自由自在に操れるようになるなんて、全くもってありがた迷惑な時代になりましたなー。


「やっぱり電極を刺す部位の定番と言えば、二の腕だよね!」


 いったいどこの世界にそんな定番が存在するのかはいささか不明だが、確かにそういうイメージは無きにしもあらずっぽい感じの可能性っぽいものがないこともないっぽい気がするっぽいぽい。


 そして少女は僕の上腕にコードを二本ぶっ刺すと、いきなり変圧器のつまみを最大値までひねり回しちょっ、待て。


 電流が流れた。

 脳がスパークした。目がひんむいた。舌が飛び出た。右腕が跳ね上がった。背中がのけぞった。


 電流が流れる。

 脳がスパークしている。目がひんむいている。舌が飛び出ている。右腕が跳ね上がっている。背中がのけぞっている。体が痙攣した。

 脳がスパークしている。目がひんむいている。舌が飛び出ている。右腕が跳ね上がっている。背中がのけぞっている。体が痙攣している。口から泡を吹いた。

 脳がスパークしている。目がひんむいている。舌が飛び出ている。右腕が跳ね上がっている。背中がのけぞっている。体が痙攣している。口から泡を吹いている。タンパク質の焼けたにおいがした。

 脳がスパークしている。目がひんむいている。舌が飛び出ている。右腕が跳ね上がっている。背中がのけぞっている。体が痙攣している。口から泡を吹いている。タンパク質の焼けたにおいがしている。電極から湯気が出た。

 脳がスパークしている。目がひんむいている。舌が飛び出ている。右腕が跳ね上がっている。背中がのけぞっている。体が痙攣している。口から泡を吹いている。タンパク質の焼けたにおいがしている。電極から湯気が出ている。どうして僕は気絶しないのだろう?


 どうして僕は気絶しないのだろう?


 どうして僕は気絶しないのだろう?


 どうして           ?



  ◇ ◇ ◇



 どれくらいの時間が経ったかはわからないが、気付けば変圧器のつまみはゼロの位置まで戻されていた。人肉の焼け焦げたニオイがやたらと鼻についた。

 見ると上腕の筋繊維はグスグスにただれていた。電極の周りは特に黒々と焦げている。


 頭がぼーっとしていた。何も考えられない。ショックで記憶でも吹き飛んだんじゃないだろうか。


 放心状態にひたっていると少女がコードを外してくれた。抜くとき少々痛みが走ったが、さっきのスパークに比べたら、こんなのはなんてことない屁のカッパだった。

 と同時に泡が吹きこぼれていた僕の口も丁寧に拭いてくれた。なんだか意味もなくドキドキした。


 さて、これで僕の両手は完全に使い物にならなくなったわけだ。

 左手は上腕から先が爆発でどっか行っちゃったし、右手は人体模型よろしく中身が丸見え状態で晒されている。

 手のひらに至ってはズタズタに切り開かれていて、直視できないほどむごたらしい有り様だ。これが自分の体躯の先に付いていると考えるだけでも不快感を催す。


「もしかして、君は今、こんなグチャグチャな右腕なんて見たくないと思ってる?」


 なんだか含みのある言い方だが、確かにここまで酸鼻を極めた肢体からは目を背けたいと思っているのは事実だ。なにより傷口がたまらなくイタい。


「よしっ! それじゃあこの私が、その願いを叶えてやろう!」


 大仰なことを言ったかと思うと、少女はおもむろに取り出した大振りな片刃斧で僕の右腕を肩からバッサリと叩き切った。


 ……!?


 こうして僕の腕は両方とも意外にあっけなく失われた。


 右腕から溢れ出た深紅の血液が、僕の周りでぬるい水たまりを形成していた。




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