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短編

私の婚約者は幼馴染が好きみたいだから、私はマチルダと結婚したい

作者: 御仕舞
掲載日:2026/07/04





「あ、の、おとこぉぉぉぉ!!」



 三日連続である。

私という愛らしい婚約者からの「お昼、一緒に食べよ?」の誘いを断り、よりにもよって別の女のところに行きやがったクソ浮気男!

世が世なら不貞を咎めて首をはねてしまうところだ!



「不貞で男性が首をはねられた世などありません」

「でもマチルダぁ!それくらい腹立つんだよ!やってよ!」

「やりません、わたしの首が物理的にとびます」

「えーん!じゃあどうすればいいの?婚約破棄したいけど、父様は聞く耳を持たない頑固親父で、学生時代の浮名は許せって言うんだよ!浮気爺の言い分じゃん!男性不信になりそうだよ!マチルダ、結婚しよ!?」

「お断りします」



 マチルダに振られて撃沈する。

あーあ、今頃婚約者であるイアンの馬鹿は、幼馴染の病弱なアレシア嬢とイチャイチャしてるんだろうな。

婚約者のいる身でありながら、毎朝自室までアレシアを迎えに行ったり、人目のつかない中庭の薔薇園の奥で密会していると噂されている。

私も、2人揃って学園の廊下を歩いているのを何度も見た。

私よりも婚約者同士みたいで、疑わしくなった私は、本当に私とイアンが婚約してるのか実家に尋ねたくらいだ。

本当に婚約していた、クソが。



「よし、マチルダにフラれたし、暇だし、二人の様子でも見に、薔薇園でも行ってみるか。キスの一つや二つしてるかも!」

「いってらっしゃいませ」

「マチルダも一緒に行こうよ!」

「行きません」



 追い出されるように自室から出る。

学園の寮だが、私は昔からの大親友で侍女のマチルダと王立学園の寮の一室に住んでいた。

仮にも成金貴族と呼ばれたお父様のことだから、娘に金を惜しまないでほしいが、ドがつくほどのケチだからこそ成り上がったのか、侍女一人だけだし、学園生活は制服だからか必要ないと判断されて、ドレスは最低限しかない。



「リアナちゃん!」



 とにかく薔薇園へ向かおう。

私は行く手を阻もうとするクズ男をなぎ倒しながら、中庭へと向かう。



「待ってって!リアナちゃんってば」

「煩い邪魔あっち行って」

「口悪いなあ。そんなんだから浮気されるんじゃない?」



 堪らずうずくまる。

思ってもみないところからの攻撃力高い口撃を無防備な状態で受けてしまった。

ニコニコしてる鬼畜生。



「…でも、私、女たらしのあなたが嫌いなので話したくない」

「オレは女たらしじゃないんだって何回も言ってるのに信じてくれないんだね」

「いつも女性ばかり周囲に侍らせているのを見てるのに何をどう信じてほしいのやら」

「女友達が多いだけ、付き合ってる子はいないよ。君の婚約者君と違ってオレは一途だしね」



 どの口がそんな事言うんだか、と呆れ果てる。

私の周囲の男はこんなんばっかか、私って男運なさすぎ?



「そんなことより、どこ行くの?よかったらオレとお茶でも」

「結構です。今婚約者の浮気をデバガメしに行くんで」

「え?たのしそー!オレも一緒に行く!」



 断っても付いてくる気満々のラルフを、邪険にしながらも、中庭に足を踏み入れる。

学生たちの憩いの場として開放されているのでちらほらと姿は見える。

なのに、薔薇園では婚約者殿と幼馴染が二人っきりなのは、浮気性で傲慢男が独占しているからだ。


 ずんずん歩くと、甘く重苦しい薔薇の香りの向こうから、笑い声が漏れ聞こえてくる。

紛れもなくアレシアの華奢な声であり、答える低い声は間違いなくイアンのものだ。

垣根越しに覗けば、アレシアの銀髪が柔らかな風に揺れている。

青白い肌と潤んだ瞳は確かに同情を誘う美しさだ。

それを愛しいものを見るような目で見ているイアンの阿呆面ときたら、呆れてものもいえない。


 突然、イアンが顔を上げた。

私の存在に気付いたのか、キッとこちらを睨みつけ、恨めしげな表情で近付いてくる。



「浮気者!!」



 私が言ったにしては、低すぎる怒鳴り声だ。

私は相手の正気を疑った。



「は?誰が?浮気者はあんたでしょうが」

「その男!」



 歯ぎしりまでしながら、ラルフを指さす。

まるでラルフに弄ばれた女子生徒のようだ。

私はまさかのBL展開と複雑な人間関係に頭が混乱する。

ラルフも、え?オレ?と困惑顔である。



「ボクという婚約者がいながら!」

「私の台詞を取らないでよ」

「絶対に許さない!」

「私があんたを?」

「イアン、どうしたの」



 アレシアまで心配そうにやってきた。

先程までの狂犬のような顔を一変させ、まるで紳士のようなお上品さを気取るイアンの二面ぶりには呆れ果てる。



「大丈夫だよ、アレシア、心配することはないんだ」

「でもイアン」

「リアナが今何処かの馬の骨と来ててね、それを問い詰めてるだけなんだ。リアナはただの婚約者で、いずれ結婚するだけなんだけど、浮気者となると将来設計に関わるだろ?ボクの子どもだけを産んでほしいから、今言い聞かせるか、監禁するしかないんだ」

「さらっと何言ってんの?私と同じ国の人だよね?倫理観どうなってんの?人権って言葉知らなそう」

「君のことは大事だけど、ボクにはこの浮気女と結婚する義務がある。監督責任から逃れることはできないんだ」

「ちょっとちょっと?!自分のこと棚上げで、私を浮気者扱い?!私が令嬢じゃなければ罵詈雑言浴びせてるところなんですけど!」

「黙れ!男と二人きりでこの薔薇園にきて、愛でも囁くつもりだったんだろ!残念だったな、ボクたちが先にいて!」

「言ってることおかしいって理解できる?そっちが先に二人っきりだった事実は正当化できるものなの?」



 ラルフは面白がるようにヒュー、と口笛を鳴らす。

私は、本当に馬鹿なのかとイアンに抗議しようとするが、アレシアの悲鳴に遮られた。



「もうやめて!違うの!」

「そうだ!君たちのような欲望まみれの恋や愛と違うんだ!ボクたちはもっと崇高な」

「そうじゃないの!あなたを傷つけると思って言えなかったけど、わたし、もうこんなことやめてほしいって言いたかったの」

「リアナに気を使ってるのか?さすがアレシアだ、リアナは見習え」

「違う!わたしだって婚約者を見つけたいのに、あなたとの噂がそれを邪魔しているの!朝の迎えも何もいらない。しばらく放っておいてほしいの!あと、あなたのマザコンなところも嫌い!」

「ききき嫌い?!誤解だ!ボクはマザコンじゃない!」

「リアナ様が婚約者になってからあなたは変わったわ。毎回毎回反抗期の息子みたいな態度をとりながら、私にはリアナ様の話を嬉々として」

「違う!」

「さっきなんて、片親だった母が連れてきた再婚相手が気に食わなくて反対する息子みたいだったじゃない!」



 イアンは完全に凍りついた。

アレシアは勇気を振り絞ったように、震える手を握りしめ、泣きそうな目でイアンを見据えている。

私の聞き間違いじゃなかったら、私がイアンのママ的な立ち位置で話されてない?気の所為かな?

イアンには立派な母上がいるし、その地位を脅かしたくもない、なりたくもない。



「イアン。朝の迎えも、薔薇園での逢瀬も、本当はリアナ様に構ってもらいたくて、わたしを利用していただけなのよね」

「ちちちがう!リアナなんかどうでもいい!誤解しないでくれ!ボクはただアレシアと…!」

「ごめんなイアン。お前のママ取っちゃって」



 笑いながら私の肩を抱くラルフに、誰がママだ!私に同級生の子どもがいてたまるか!と突き放そうとすると、ラルフの体が視界から消えた。

イアンの右ストレートが彼の顎に炸裂したからだ。

鈍い音と共に、ラルフは芝生に叩きつけられる。



「リアナに触るな」

「ラルフ!?」



 私は慌てて、薔薇の棘が刺さるのも構わず駆け寄り、倒れたラルフの傍らに跪こうとして、イアンに腕を引っ張られる。



「何処に行くつもりだ。まさかボクよりその男を選ぶわけじゃないよな」



 背筋がぞくりとするような強い力だった。

イアンの瞳孔が開き、血走っている。

燃えるような瞳がどこか恨めしげだが、何をそんなに怒っているのかがわからない。


 出会った時から意味不明な男なのだ。

仲の良い幼馴染がいるのに、週一で私の屋敷に来ては、不機嫌そうな顔で贈り物を渡してくる。

そもそも、私は親から相手側の強い要望で婚約したと聞いてたのに、蓋を開いたら浮気男だったわけだし、最初から意味がわからなかった。

かといって、それを咎めてもアレシアの素晴らしさを語るし、皮肉げに私を貶しながら、一緒にピクニック、美術館、植物園、買い物にも付き合ってくれる。

私以外に友達いないから暇なのだろうか。



「だけどラルフが」

「リアナ、わかるだろ?」



 一転はちみつのような甘ったるい声音で、子どもを懐柔するように、ぎこちなく微笑む。

やってることと仕草のギャップに、怖気が走る。

イアンは掴んだ腕を離さずに、今度は私の頬に手を伸ばしてきた。

少し乾いた手のひらで両頬を包まれる。

ぞわりと鳥肌が立つ。

覗き込む。目と目が合う。

深淵のような瞳に吸い込まれてしまいそう。



「ボクを拒まないでくれ」



 声は低く掠れていた。

冷たい手が頬を這う感触に、喉の奥から呻き声が漏れた。

覗き込む瞳は、底なし沼のように濁っている。


 パンッ!!


 乾いた音が薔薇の匂いで充満した空間に響いた。

反射的に右手が動いていた。

平手打ちなんて人生で初めてだ。

頬を押さえて、イアンは呆然としている。

自分が頬を叩かれたこと信じられなくて、受け止めきれないように。

でも、これは駄目だ。



「ラルフに謝りなさい」

「リアナ!そいつをとるの?ボクがいるのに?」

「取るとか取らないとかじゃないの!人を殴ったら謝りなさい!」

「…リアナだってボクを叩いた」

「早く!謝れ!」



 芝生に座り込んでいたラルフの元に手を繋いで、イアンを連れて行く。

口の端が切れ、血が滲んでいるラルフが苦笑している。

怒ってないとか、聖人か?

同級生なのに、精神年齢が離れすぎてない?

子どもみたいなイアンに呆れながら、イアンの頭を右手で抑え、下げさせる。

抵抗もなく、大人しく頭を下げるイアンと一緒に、私も頭を下げる。



「イアン!」

「…悪かった。でもリアナはお前のものじゃない」

「こらっ!」

「ハハ…まあ冗談を言ったオレも悪かったよ。イアンくんって意外と情熱的なんだねえ」



 痛みに歪む顔で冗談を飛ばすラルフに感嘆する。

イアン、ラルフを見習いなさい、女好き以外は。

アレシアはいつの間にか、ハンカチを濡らしてきてくれていて、ラルフに濡らしたハンカチを渡していた。



「ありがとう」



 ラルフが礼を言うと、アレシアは小さく首を振る。

そして、うつむきながらポツリと言葉をつぶやいた。



「…前はこんな人じゃなかった。やっぱり、イアンはリアナ様と出会ってから変わってしまったのね」



 私と出会ってから変わったって、でも私に責任の一欠片もないよね?



「アレシア?」

「ごめんなさい。もう、付き合いきれないの。さよなら」



 逃げるように、アレシアは走って去っていった。

追いかけることもせず、茫然自失となっているイアン。

なんか恋人同士の別れ話に居合わせてしまった気まずさ感じるんだけど、私一応婚約者なのに。

何にも関係ないラルフはもっと居た堪れないだろうな、と横目で見るものの、頬にハンカチを当てながらニコニコとイアンを見ている。楽しんでるわ。



「うええぇぇ~~~ん!!アレシアぁぁ~~~!」



 イアンは膝から崩れ落ち、本格的に号泣し始めた。

さっきまでの威圧的な態度はどこへやら、顔をぐしゃぐしゃにして泣きじゃくっている。

見ているこっちが恥ずかしくなってきて、赤面してしまう。

なんで17歳にもなって、こんなに子どもっぽいの?

学年一位の成績優秀者として、掲示板で名前が書かれているけど誰かと間違えてない?

私は泣いているイアンにハンカチを差し出すも、泣くことで精一杯で気付いてもらえない。

仕方なく、泣いているイアンの顔を代わりに拭いてあげる。

それでも、泣き止まないので、イアンを抱きしめて、背中をトントンと優しく叩く。



「ぐすっ、アレシア、ボクの何がダメなんだ〜」

「原因はわりかしはっきりしてるような。そういう自覚のないとこじゃないの?よしよし」



 早く泣き止んでほしいな。

私の胸元に顔を押し付けて、グズグズしているイアンを見下ろす。

両腕で力強く私を閉じ込めて離さない。

困惑する私に、ラルフがニヤつきながら言った。



「リアナちゃんって、お母さんみたいだね。弟妹いる?」

「いない。お母さんでもない。こんな子どもがいてたまるか」

「黙れ」

「イアン、黙れはないでしょ!」

「リアナじゃないよ、その男に対して黙れって言ったんだ」

「その男でもこの女でも、人に黙れなんて言っちゃ駄目」

「リアナちゃん、黙れぐらいだったら別に」

「ラルフは黙ってて!」

「リアナ、こんなボクじゃ駄目だよね…。アレシアにも見捨てられて、友達もいなくて」



 友達いないことだけは自認してたんだ。



「両親も使用人もボクに無関心で、唯一の取り柄といえば、頭脳明晰なことと、老若男女を惹きつける美貌で儚げな美青年だけど、いざという時に発揮させる男らしさというギャップしかない」

「次からは自己紹介で自己肯定感の高さだけが取り柄って言えば?」

「皆に見捨てられてる可哀想なボクを、リアナは絶対に見捨てたりしないよね?人道的にも許されないよ?ボク以上の美貌と頭脳の持ち主はいないから、他の人間を好きになる余地なんてないよね?あと、ボクの家が君の家に貸しているお金は返さなくていいからね?だって結婚するんだから」

「脅しに来てやがる」

「ねえねえ、気になってるんだけどさ、君はリアナちゃんと子作りできるの?」



 ここここ…意識が一瞬飛んだ。

ニコニコと顎にハンカチを当てながら、何言ってんのこいつ。

好感度の標高差で世界一でも目指してんの?

そして、私の胸に顔を埋めて表情は見えないが、イアンの耳たぶが、真っ赤に染まっている。



「当たり前だろ、ボクたちは結婚するんだ!子作りくらい毎日する!」

「ひえ〜聞きたくなかった!ちょっと、まじで離れてほしい!気持ち悪い!毎日なんて無理無理無理!」

「なんで気持ち悪いなんて言うんだ!何も恥ずかしいことじゃない!」

「恥ずかしいわ!処女の潔癖さをなめんな!」

「しょ、処女とかそんな堂々と言うものではないぞ。だけど…優しくする」

「気持ち悪い〜!」

「だよね~、だって他の女とイチャついてたくせに、子作りはできるって即物的で動物みたいな浮気男は気持ち悪いよね〜」



 ん?



「その点オレは他の女に手を出したことないし、好きでもない女に愛の言葉を囁やけるほど不誠実でもないし、恋人には一途で、浮気はぜっったいにしないよ。リアナちゃんが寄ってくる羽蟲すら嫌なら婚約者になってくれたら、皆排除するよ。そのかわり、リアナちゃんの周りの羽蟲どもも排除させてもらうけど」



 未だに抱きついていたイアンを引き剥がし、ぐいっと肩をつかまれ、引き寄せられる。

ニコニコしてるのに、よく見れば目に光がない。

やっぱりイアンのせいで静かにブチ切れてたんだ!

気まずくなって、イアンを見ると額に青筋を浮かべてる。

こっちも、怒ってますね…。



「リアナ、その男から離れろ」

「浮気男から永遠に離れるんだよね?」



 方や怒髪天、方や笑いながらブチギレてる男たちに挟まれ、私はこの先どちらかに監禁されそうになる未来に怯えるしかなかった。


やっぱり、マチルダ、結婚してくれぇぇぇぇぇ!!










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これは結婚したくないだろうけど、貴族は多少の事は・・・無理かな。
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