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銀塩の嘘、現像される愛 〜不器用な父が遺した、世界で一番優しい「ピントの合わない写真」  作者: かーすけ
第1章 銀塩の嘘、現像される愛 不器用な父が遺した、世界で一番優しい「ピントの合わない写真」

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8/20

第8話:鏡の向こうの独白

 手の中にある写真の束が、ひどく重く感じられた。

 物理的な重さではない。

 そこに焼き付けられた「十七年分の祈り」の重みだ。  

 私は、カウンターの横に置かれた丸椅子に力なく腰を下ろした。

 かつて、父が自分の震える指先を見つめながら座っていたという、あの椅子だ。

 冷たい。そして、硬い。  

 父は、こんなにも不安定な場所で、独り、何を待っていたのだろうか。


「私は……何を見ていたんだろう」

 ぽつりとこぼれた言葉が、写真館の天井に吸い込まれていった。  

 私はずっと、父を「冷酷な独裁者」という便利な箱に閉じ込めてきた。

 そうすることで、自分の挫折を父のせいにし、自分の孤独を父の不器用さのせいにできたからだ。

 父を憎んでいる間だけは、私は「被害者」でいられた。

 けれど、現実は違った。  

 被害者は、父の方だった。  

 夢を追う娘を支えられない自分の無力さに打ちひしがれ、病に冒されていく恐怖に震え、それでもなお、娘に「憎まれる」という最も苦しい役回りを自ら引き受けた。  

 私が自由な空を飛ぶために、父は泥を被り、地面に深く根を張るくいになったのだ。


 脳裏に、かつて父に浴びせた罵声が蘇る。

『お父さんのことなんて、死ぬまで許さない!』 『私の人生を邪魔しないで!』

 あの日、父はどんな顔をしてその言葉を受け止めたのだろう。  

 今の私ならわかる。

 父のあの「無表情」は、感情がないからではなく、溢れ出しそうな悲鳴を喉の奥で必死に押し殺していたからだ。  

 表情が崩れれば、震える指先を隠しきれなくなる。

 声を出せば、自分の弱さが露呈してしまう。  

 父は、私を愛するために、鉄の仮面を被り続けるしかなかったのだ。


「ごめん、なさい……」

 謝りたかった。  

 でも、その言葉を届けるべき背中は、もうこの世のどこにもない。  

 私の知っている父は、私が作り上げた偽物の像だった。

 本当の昭三さんは、このレンズの向こう側で、私よりもずっと激しく泣き、私よりもずっと深く私を愛していた。



 私は、震える指で残りの三枚の写真を握りしめた。  

 これまで見てきたのは、父が見つめていた「私の世界」だった。  

 けれど、最後の写真は違う。  

 そこには、死を目前にした父が、最後に「自分」を、そして「私」に何を遺そうとしたのか、その全ての答えが眠っているはずだ。


「陽子さん」  

 白鳥さんの静かな声が、私の思考を現実へと引き戻した。

「昭三さんはね、最期まで、君にこれを見せるべきか悩んでいたよ。でも、私は言ったんだ。『真実を知らないままの幸せなんて、彼女には似合わない』って。……さあ、顔を上げなさい」

 私は涙を袖で拭い、深く息を吸い込んだ。  

 今なら、受け止められる。  

 父が命を懸けてピントを合わせた、その真実を。

 私はゆっくりと、三十四枚目の写真を裏返した。

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