第8話:鏡の向こうの独白
手の中にある写真の束が、ひどく重く感じられた。
物理的な重さではない。
そこに焼き付けられた「十七年分の祈り」の重みだ。
私は、カウンターの横に置かれた丸椅子に力なく腰を下ろした。
かつて、父が自分の震える指先を見つめながら座っていたという、あの椅子だ。
冷たい。そして、硬い。
父は、こんなにも不安定な場所で、独り、何を待っていたのだろうか。
「私は……何を見ていたんだろう」
ぽつりとこぼれた言葉が、写真館の天井に吸い込まれていった。
私はずっと、父を「冷酷な独裁者」という便利な箱に閉じ込めてきた。
そうすることで、自分の挫折を父のせいにし、自分の孤独を父の不器用さのせいにできたからだ。
父を憎んでいる間だけは、私は「被害者」でいられた。
けれど、現実は違った。
被害者は、父の方だった。
夢を追う娘を支えられない自分の無力さに打ちひしがれ、病に冒されていく恐怖に震え、それでもなお、娘に「憎まれる」という最も苦しい役回りを自ら引き受けた。
私が自由な空を飛ぶために、父は泥を被り、地面に深く根を張る杭になったのだ。
脳裏に、かつて父に浴びせた罵声が蘇る。
『お父さんのことなんて、死ぬまで許さない!』 『私の人生を邪魔しないで!』
あの日、父はどんな顔をしてその言葉を受け止めたのだろう。
今の私ならわかる。
父のあの「無表情」は、感情がないからではなく、溢れ出しそうな悲鳴を喉の奥で必死に押し殺していたからだ。
表情が崩れれば、震える指先を隠しきれなくなる。
声を出せば、自分の弱さが露呈してしまう。
父は、私を愛するために、鉄の仮面を被り続けるしかなかったのだ。
「ごめん、なさい……」
謝りたかった。
でも、その言葉を届けるべき背中は、もうこの世のどこにもない。
私の知っている父は、私が作り上げた偽物の像だった。
本当の昭三さんは、このレンズの向こう側で、私よりもずっと激しく泣き、私よりもずっと深く私を愛していた。
私は、震える指で残りの三枚の写真を握りしめた。
これまで見てきたのは、父が見つめていた「私の世界」だった。
けれど、最後の写真は違う。
そこには、死を目前にした父が、最後に「自分」を、そして「私」に何を遺そうとしたのか、その全ての答えが眠っているはずだ。
「陽子さん」
白鳥さんの静かな声が、私の思考を現実へと引き戻した。
「昭三さんはね、最期まで、君にこれを見せるべきか悩んでいたよ。でも、私は言ったんだ。『真実を知らないままの幸せなんて、彼女には似合わない』って。……さあ、顔を上げなさい」
私は涙を袖で拭い、深く息を吸い込んだ。
今なら、受け止められる。
父が命を懸けてピントを合わせた、その真実を。
私はゆっくりと、三十四枚目の写真を裏返した。




