第7話:斜光の証言者
白鳥さんの店内に置かれた古びた木製カウンターの上に、三十六枚のプリントが並べられた。
それは一般的な写真のような、鮮明で美しい記録ではなかった。
どの写真もひどく手ブレし、ピントは背景に逃げ、光は乱反射して真っ白に飛んでいるものも多い。
けれど、私はその「失敗作」の山を、一枚ずつ、祈るような心地で捲っていった。
「……あ」
三枚目。
そこには、私が通っていた美術大学の赤レンガの正門が写っていた。
日付は、十一年前の三月。私の卒業式の日だ。
あの日、私は父に「来なくていい」と言い放ち、一人で式に臨んだ。
父からも「忙しい、勝手にしろ」と素っ気ない返事があっただけだった。
写真は、門から遠く離れた街路樹の陰から撮られていた。
大きく斜めに傾いたフレームの中に、小さく、卒業証書の筒を抱えて笑う私の後ろ姿が写り込んでいる。
ピントは私の背中ではなく、手前にある枯れた街路樹の幹に合っていた。
「お父さん……来てたの?」
捲る手が止まらない。
五年前、銀座の小さな画廊で開いた私の初個展。
そこには、画廊の入り口に貼られた私の名前のポスターが写っていた。
夜の雨の中。街灯の光が、激しい手ブレによって光の糸のように伸びている。
父はこの時すでに、カメラを真っ直ぐに構えることすら困難だったのだ。
写真の隅には、自分の震える指を抑えつけようとしたのか、不自然に歪んだ革のストラップが写り込んでいた。
「どうして……どうして言ってくれなかったのよ」
どの写真の中の私も、父に背を向けていた。
私が新しい世界へ一歩踏み出すたびに、父は影のように、けれど確実に私の背中を追いかけていた。
一度も声をかけず。一度も隣に並ぼうとせず。
ただ、失われていく自分の筋力と闘いながら、全身の力を指先に集めて、一瞬の火花を散らすようにシャッターを切っていた。
白鳥さんが、背後から静かに呟く。
「彼はね、君の個展に行った帰り、この店に寄ってこう言ったんだ。『陽子の絵には、光があった。俺の目はもう霞んでいるが、あの子の描く光だけは、このレンズよりずっとはっきりと見える』ってね」
写真の中の風景が、涙でぼやけていく。
私は、父が遺した「不器用な視線」の中に生かされていたのだ。
私が「自分の才能だけでここまで来た」と傲慢に笑っていた時間、父は暗い書斎で、あるいは街の片隅で、私という光が消えないように必死にレンズを磨き続けていた。
束の最後、残りはあと三枚。
それまでの風景写真とは明らかに毛色の違う、暗い場所で撮られた写真が現れた。
そこには、見覚えのある書斎の壁と、鏡が写っていた。
父が亡くなる数日前、おそらく人生で最後に切り取られた、自分自身の姿。
「……っ」
私はその写真を見た瞬間、嗚咽を堪えることができず、崩れるように膝をついた。




