第4話:アーカイブの真実
神野さんと別れた後、私は突き動かされるようにして、地元の市立図書館の郷土資料室へと向かった。
神野さんが教えてくれた「三十五年前の県展」の記録を探すためだ。
古いマイクロフィルムを回し、当時の新聞記事を探る。
埃っぽい部屋に、リールの回転音だけが虚しく響く。
やがて、画面に一枚のモノクロ写真が映し出された。
『県展・大賞、白川佐和子氏。彗星のごとく現れた天才女流画家』
そこには、授賞式で緊張した面持ちで立つ、若き日の母の姿があった。
その横で、誇らしげに、けれどどこか硬い表情でカメラを構える父の姿も写っている。
しかし、その輝かしい記事の数ヶ月後、別の小さな記事が私の目に飛び込んできた。
『白川氏、大賞辞退と画壇引退を発表。一身上の都合により』
一身上の都合。
その言葉の裏側を、私は必死に探した。
母の古い日記、父が遺した領収書の束、それらをつなぎ合わせていくうちに、一つの残酷な事実が浮かび上がってきた。
それは、私の出生と、母の「体」に起きた異変だった。
母は私を身籠った際、重度の妊娠中毒症を患っていた。
命に関わるほどの状態の中で、医者からは「出産後は、長時間の細かな作業や、油絵具の強い溶剤に触れる環境は控えるように」と宣告されていたのだ。
母にとって、絵を続けることは、私を産み育てることと相反する「毒」になりかねなかった。
「……そうだったの」
資料室の冷たい空気の中で、私は震えた。
父が母に筆を置かせたのは、母の才能を嫉妬したからでも、家事に専念させたかったからでもない。
母の命を、そして、これから生まれてくる私の命を守るための、血を吐くような「決断」だったのだ。
父は母から筆を奪った。
その代わりに、自分がカメラを持ち、母が描けなくなった「続きの景色」を一生かけて記録し続けるという、目に見えない誓いを立てた。
あのピンボケの写真は、ただの失敗作ではない。
それは、失われた母の色彩を、必死にこの世に留めようとした父の「代筆」だった。
私は、カバンの中の絵の具箱をそっと撫でた。
そこにある原色は、三十五年の時を経て、今ようやく私の手の中で、再び混ざり合おうとしている。




