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銀塩の嘘、現像される愛 〜不器用な父が遺した、世界で一番優しい「ピントの合わない写真」  作者: かーすけ
第2章 重なり合う色彩(レイヤー)

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13/20

第2話:未完のブルー

 絵の具箱を見つけた翌日、私は実家の離れにある物置を漁っていた。  

 母の絵の具があれほど使い込まれていたのなら、描かれた「画布キャンバス」がどこかに残っているはずだ。    


 埃を被った古い扇風機や、私が幼い頃に使っていた浮き輪を退けると、一番奥の隙間に、キャンバス布を保護するためのカルトン(画板)が立てかけられていた。  

 それを引き出した瞬間、指先にざらりとした感触が伝わる。

「……これだ」


 カルトンの中から現れたのは、数枚の風景画だった。  

 どれも驚くほど力強く、厚塗りの油彩が独特の立体感を持っていた。


 描かれているのは、この街のどこにでもある風景――海沿いの防波堤、夕暮れの踏切、そして、街を一望できる小高い丘。

 その中の一枚に、私の目は釘付けになった。  

 空を、狂おしいほどの「青」で塗りつぶした風景画。  

 けれど、その絵の右下だけが、下地の白い布を晒したまま「未完成」に終わっていた。


「……あ」

 私は、カバンの中から父が遺したあの写真を数枚取り出した。  

 あのピンボケの失敗作たち。

 その中の一枚、父が激しく震える手で撮ったであろう、丘の上からの景色。    

 重なる。  

 絵の構図と、父が最後に写そうとした景色が、完璧に一致した。    

 父は、母が描き残した「空白」を、自分のカメラで埋めようとしていたのではないか。  

 母が筆を置いたあの日から、父は母の代わりに、彼女が見るはずだった景色をファインダー越しに追い続けていたのではないか。


 気づけば、私は車を走らせていた。  

 向かったのは、絵の中に描かれたあの丘――通称『風の岬』。  

 幼い頃、一度だけ父と母に連れられて行った記憶がある。

 あの時、父は不機嫌そうにカメラを構え、母はただ静かに風に吹かれていた。


 丘の上に立つと、絵と同じ、眩しい初夏の海が広がっていた。  

 私は母の未完成の絵を抱え、もう片方の手で父のニコンを構える。    

 レンズを覗き込むと、不思議な感覚に襲われた。  

 母が絵の具を乗せられなかった白い空白の部分に、父のファインダーが捉えた光が、レイヤーのように重なっていく。


「お父さん、お母さん……二人はここで、何を見ていたの?」

 私は、父がいつもそうしていたように、ピントリングをゆっくりと回した。  

 すると、ぼやけた視界の向こう側に、一人の老紳士が座っているのが見えた。  

 使い古されたスケッチブックを膝に乗せ、海をじっと見つめている。

 その人物は、私の気配に気づくと、ゆっくりとこちらを振り返った。


「……おや。そのカメラ、昭三さんのじゃないか」

 それは、白鳥写真館の主人ではなく、また別の、父の過去を知る人物との予期せぬ出会いだった。


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