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「出かける? オッケー、ハイこれスタンガン!」「お兄物騒‼︎」




 ――――ニコハさんが配信を始めました――――



 そんな文字が画面に踊ると共に、可愛らしく整った少女の顔がどアップで映り込む。

 それと同時に、コメント欄に大量のコメントが流れる。



「やあやあ皆さま、ご機嫌よう! 五分後に配信開始で〜す! 画面はそのままでお待ちなされ!! 絶対絶対変えないでね!!」



 >ニコちゃん、やっほ〜!

 >五分後開始とか言いつつ、すでにカメラ回ってるの相変わらず

 >必死の形相草

 >今日はニコちゃんのお部屋配信か。久々だな

 >最近ずっと外だったもんね



「ん〜、なんか角度気に入らないな……まぁいっか。えーと、マイクマイク……あったあった、よし。あーあー、マイクテストちゅー、マイクテストちゅー。いろはにほへとのちりぬるを〜」



 >お、恒例のいろは歌だ

 >謎の“の”が入ってるアレね

 >本人気づいてないんじゃね?

 >しかし可愛いからヨシ

 >同じく

 >同じく



「この先〜、いぬいぬわんわんパーク〜ねこねこにゃんにゃんパーク〜。れっつぅ、ぷりっキョアぷりっキョア♪ たんたたんっ♪」



 >なんて??

 >極々自然な流れで動物園案内に走って、それから幼女アニメのテーマソングに行ったな

 >それなんて爆速はちゃめちゃランニングターボウーマン??

 >これぞニコちゃんねるの醍醐味の一つ

 >なるほどわからん



「カメラよーし、マイクよーし、ニコちゃんのビジュよーし。時間もヨッシヨシのごろにゃんにゃん。じゃあそろそろ配信始めよっか!」



 ずっとバタバタと準備に走っていた少女は、ようやく落ち着いてカメラの前に座る。

 丁寧に編み込まれた柔らかな長髪を耳にかけて、その場がパッと華やぐような笑みを浮かべた。



「さよなら前世、おはよう今世、また来る来世は日本が良い! お久しぶりだねリスナーさんたち! 元気だったかな? ニコちゃんは超元気!」



 朗々と響く高い声は、不思議と聞く人間に不快感を与えない響きを持っている。

 長い睫毛に縁取られたアーモンド型の瞳が、ぱちんっと綺麗にウインクする。



「こちら異世界! ニコちゃんねる、配信始めます!」



 少女の名前はニコハ。

 有名動画サイトで今大注目な、()()()()()()()()





 △▼△▼△▼△▼





二仔葉にこはちゃ〜ん、ご飯できたよ〜」

「待っておにぃ。あとここ編集したら行くから!」

「ほいほーい」



 兄の羅壱らいちが階段を降りていく音を聞きながら、二仔葉は高速でキーボードを叩く。

 現在十八歳の二仔葉は、某動画サイトで配信者をやっている。

 配信するのは様々。話題のゲームをしたり、歌ってみた動画だったり、なんてことない雑談会だったり。

 週二で撮った動画を編集してサイトに上げる。そんな風に活動を始めてから、はや二年。

 現在の二仔葉は、登録者八十万人という、紛れもなくトップクラスの人気配信者の座まで登り詰めている。



「よし、投稿……っと」



 カチ、とマウスをクリックすると、画面に《投稿されました》の文字が表示される。

 それを確認してすぐにパソコンを閉じて、リビングに降りる。実はさっきからずっとお腹が鳴りっぱなしなのだ。くぅきゅぅと寂しく鳴く腹の虫に、早く食べ物を与えてやらねば。



「お兄! ごはーん!」

「今日はクリームシチューですよ〜!」

「いえーい! お茶運ぶね!」



 食卓に並べられた皿に、にこにこで兄の手伝いをする二仔葉。愛しい妹が嬉しそうで、兄もにっこにこだ。

 羅壱はさらりとした黒髪に、優しげに整った顔立ちをしている。非モテ人間が血涙して羨む容貌だ。さぞかしモテることだろう。


 両親は二人がまだ一桁の年齢の頃に他界している。だから二仔葉は、現役大学生の彼と二人暮らしをしている。

 そんな生活が辛いかと問われれば、二人は口を揃えて「否」と答えるだろう。

 二仔葉は両親の記憶がほとんどないから寂しさは感じないし、優しい兄がいるので毎日が楽しい。

 そしてそんな兄の方は。



「ねぇお兄、好きな人できた? 彼女くらいいるでしょ? モテるんだし」

「いないいない。俺は二仔葉ちゃんがいればそれで良いから!!」

「出たシスコン。あーあぁ、ニコちゃんのお義姉さん仲良し計画が……」



 シスコンなので全くもって問題ない。以上である。


 夕食を終えた二仔葉は、風呂に入ろうとしてハッとあることを思い出した。



「アッ、そういえばシャンプー切れてたんだった! すっかり記憶スッポンしてたや」

「マジかぁ。この時間なら、駅前のモールならまだやってるかな……。二仔葉ちゃん、お兄ちょっと買ってくるよ」

「んー……ヤ、私が買ってくるよ」



 少し悩んだのちに言った妹に、羅壱は慌てた。



「駄目だよ! こんな時間に二仔葉ちゃんみたいな超絶美少女が出歩いてたら……ナンパか誘拐か路地裏に連れ込まれるかの三択だよ!!」

「出たシスコン。世の中そんなに物騒じゃないってぇ」



 力説する羅壱にカラカラ笑う二仔葉は、確かに羅壱の妹なだけあってとても可愛い容姿をしている。

 二仔葉自身もそれを自覚しているが、流石に被害妄想が過ぎるというものだ。

 さらに言えば駅前のモールまで家から約十分。そこまでの道のりは人通りも多くて夜でも明るい。そんな状況で誘拐なんてことを起こす馬鹿はいないだろう。

 しかし生粋のシスコンにはそんなこと言っても通用しないことは、生まれた時からの付き合いでわかっている。

 そして、どうすればこのシスコンを説き伏せることができるのかもわかっていた。



「お兄ー、どうしてもダメ……?」



 うるうるお目々で上目遣いに兄を見上げる二仔葉。題して『可愛さで落とせ作戦』だ。つまりは色仕掛け。あるいはぶりっ子作戦である。

 案の定妹大好き人間には効いた。うっと言葉を詰まらせている。



「ぅ……で、でも、何かあったら……」

「大丈夫! 足速いの知ってるでしょ?」

「…………でも、お兄心配……」

「だいじょーぶだって! それに……もうすぐお兄の誕生日だから、プレゼント買いたくて……ね、だめぇ?」

「良いよ!! でも早めに帰ってきてね!!」

「わーいわーい! お兄大好き!」



 うるうる上目遣いと甘え声のダブルコンボに、シスコンは無事陥落した。しかしちゃんと条件を付けるあたりはさすがである。

 しかし二仔葉が勝利したことに変わりはない。

 二仔葉は嬉々として出かける準備をし始める。

 これでもそれなりに顔の割れている有名人なので、軽い変装もしている。大きめのつばが付いたキャップを目深に被り、大きめの黒いマスクで顔を隠す。出歩くときによくするスタイルだ。



「二仔葉ちゃん、これ持っていきな!」

「……一応聞くけど、これ何?」

「催涙スプレーとスタンガン」

「物騒!! 却下!!」



 まあ当然である。

 なんとか兄に物騒な物を引っ込ませた二仔葉は、そうして夜の街に繰り出した。





 ◇◆◇◆◇◆





 真夏の夜の街は意外なほどに涼しい。

 これなら上着を着てくればよかったなあ、と二仔葉は二の腕をさする。

 街灯に照らされた明るい大通りにはまだまだ人がたくさんいる。仕事帰りのサラリーマンに女子高生、幸せそうなカップルもいる。ご馳走様です。



(私も彼氏欲しいなー……ニコちゃんって結構可愛いし、いけるんじゃ……)



 と一瞬思ったが、そうなれば漏れなくシスコンモンスターにしごかれて終わるだろう。

 シスコンな兄を持つ美少女の恋愛は前途多難だ。

 ハァ、とため息を吐いて信号が青に変わるのを待つ。

 青信号って青よりあおだよなあとどうでも良いことを考えていると、近くで同じく信号待ちしている女子高生たちの会話が耳に入ってきた。



「ねえねえ、この間『ニコハちゃんねる』に上がってヤツ見た!?」

「見た見た〜! あれでしょ、“生まれ変わって異世界だったら何したい?”ってやつ!」



 まさかの自分の話題に、思わず耳をダンボにして聞き入る。リアルなリスナーの声は大事だ。



「あれ超面白かったよね〜! 私ずっと笑いっぱなしだったよ」

「わかるー! てかニコハちゃんの動画は全部面白い!」



 先日の異世界ネタは正直言ってノリだったのだが、思ったより楽しんでもらえたみたいだ。よかったよかったと頷く二仔葉。

 ちなみに二仔葉は自らの問いに「ニコちゃんは生まれ変わったら異世界配信者になりたい! なる絶対に!! 神様脅してでもなるからっ!」と力説した。神様脅し回とか面白そう、なんて考える彼女はそのうち神様に頭をはたかれることだろう。



「ていうかニコちゃんって可愛いよね」

「それな。お肌綺麗だし目はぱっちりだし。それでノーメイクだって言うから、もはや嘘なんじゃないかと疑うよね」

「あれ、ホントにノーメイクだよ。実は私、ニコちゃんと同中だったから知ってる」



 一人がそう言って胸を張ると、友人達が目を丸くする。二仔葉もこんなとこで会うとは、と内心ちょっとびっくりしている。



「えー、マジ!? どんな感じだったの?」

「すっごい人気者の優等生って感じだったよ。明るくて面白くて、可愛い上に頭も良かったし。先生も結構頼りにしてて、先輩にも後輩にも好かれてた」

「うわあ、イメージある〜。どこの高校行ったの? 進学校?」

「それがわかんないんだー。突然いなくなったから、誰も知らないんだって」

「そっかあ。残念」



 ちょうどその時、信号が青に変わった。ワイワイ喋りながら進んでいく女子高生たちを、二仔葉は一歩後ろから眺める。

 実は二仔葉は高校には行っていない。

 中三のある日に配信者になると決めてから、高校への進学は諦めたのだ。

 それに後悔は微塵もないし、それが自分の生き方だと胸を張って言える。



(元々勉強は好きじゃなかったしねぇ。ま、これが一番良かったんだよ。私は自分の好きなことを仕事にできて、お兄は私と一緒にいられる上に私の学費を稼がなくて良い。そしてみんなは私の動画を見てハピッピー! まさに一石四鳥! むふふ、ニコちゃんってばてんさーいっ)



 マスクの下でニヨニヨしながら内心で自画自賛していた時、ふと勢いよく走ってくる自動車が目に入った。

 赤信号なのに全く減速せず、女子高生たちの方へ突き進んでいる。だが、彼女たちにそれに気づいたような素振りはない。



「は、やばっ……」



 “交通事故”の四文字が脳内に踊った瞬間、二仔葉はかつて陸上部だった脚力を活かして、全力で走り出した。

 彼女たちがそれに気づいたときには、二仔葉は彼女たちに体当たりしていた。

 次の瞬間、二仔葉の全身に鈍い衝撃が走る。


 甲高い急ブレーキ音に混じって聞こえる女子高生たちの悲鳴。

「救急車を呼べ」と慌てたように叫ぶ通行人の声。

 二仔葉の正体に気づいた観衆が「あれって配信者のニコハじゃ……」と呟き合うざわめき。


 それらを纏まらない思考の中で聞きながら、二仔葉は迫り上がってくるソレを道路上に吐き捨てる。

 なんともまあ鮮やかな紅が、アスファルトの上で花咲開く。



(うそ、血、血をはい、て……ないぞーが、そんしょうしてる……? てか、体痛い、熱い、燃えてんじゃないのこれ……)



 迫り来る死の気配に恐怖を感じる。

 まるで炎に焼かれているかのような熱と痛み。

 もはや声すらも出なくて、はくはくと無意味に口を開閉する。



(痛い、いたい……たすけて、おにぃ……いたいよ、こわいよぉ……)



 とてつもない激痛と共に意識が遠のいていく。

 そしてふつっと、まるで部屋の照明のスイッチが突然切れたみたいに、あっさりと二仔葉の意識は途絶えた。



 そうして二仔葉は死んだ。

 超人気配信者だった宮戸みやと二仔葉は、この世を去ったのだ。



 そして次に生まれたのは、この世ではない―――()()()()()()

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